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契約 アーネストver. ③

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 その翌日、沈黙を守っていたサリレヴァント・カンパニーが探索協力をすると、全世界に向けて発信した。同時にアメリカ政府からも土星付近での開発をサリレヴァントと行う予定であった(実際は既に行っている)こと、そのためその付近に人材や資材がありそれらを使用して探索することが発表された。

 サリレヴァントが協力するに至った真実を知っているのは、ただ一人だった。

 3日後にスイの姉の意識が戻ったこともあり、アーネストは約束通りニューヨークへと向かった。

 それは、当然アーネストの母親であるエメラーダ・サリレヴァントと、今後の契約について確認するためだった。

 ニューヨークの風は日本と違い、降り立ったアーネストはほっとした。
 7月であり温暖化は進行し地球の気候は上昇しているためニューヨークも暑かったが、それでも日本より過ごしやすかった。
    ただアーネストは一人くすりと笑ったが。
 何しろ彼は日本の暑さばかりにやられたわけではなかったので。さすがにそれは認めないわけにはいかなかった。

 ……あの熱さだけで、アーネストは十分だった。

 世界はさすがはアメリカ、さすがはサリレヴァントと褒めたたえていたが、双方が考えていた時期よりも早く公表した裏にある真実を知るのは、ただ一人だけであった。

 昨夜スイの姉のことを学園の代表に報告した後に。
 ショーティから、電話がきた。

『………アーネスト、何したの?』

 いつもの一般用に向ける柔和そうな表情ではなく、真面目に聞いてきた。
 どこから情報を引き出したのだろう…。ショーティを見て思ったのはそれだけだったが、メテナリオかなとも思う。

『………何を?』

 鎌をかけて言ってみると

『じゃあなんで、サリレヴァントが急に動くわけ?』

 ショーティは、普段の駆け引きも何もなく、率直に聞いてきた。

『もう独占インタビューかい?』

 今回のことは、誰にも知られずに行われたことだと思っていた。
 なのに……気付いた者がいたとは。
 彼の回転の速さに、本当に感嘆したかった。これに関しては完敗だなと、両手を挙げそうになった。

『何を笑っているのさ?今までお母さんとのこと公表してなかったよね?嫌だったんじゃないの?』

 いつの間にか、顔は笑っていたらしい。こちらは本当に感動しているのだが。しかし内情を知っているなら、別に隠す必要もなかった。この時にはショーティの中の、本質のようなものを掴みかけていた。彼は、他人に話せること話せないことを、自分にちゃんと課している者だった。

『母が家を出てから他人だったからね。親権も簡単に放棄されたよ』
『会長に何を唆したの』
『唆したは正確じゃないな、ショーティ。ただ今年から5年はサリレヴァントに勤めると言っただけだよ』
『伯爵家だって会社経営してるじゃないか。伯爵家継がないっていうこと?』
『ショーティ、僕は別に伯爵になりたいと思ったことはないよ?』
『けど、嫡男って』
『それは…生まれた時から決まっていただけだよ』
『じゃあ、カンパニーの会長になるの?』
『———どう答えれば、君の好奇心は埋まるのかな』
『違うよ!僕の好奇心じゃない。今まで距離を取っていたのに…』

 そうだね、と自身でも思う。
 それでも………。

『今回は…さすがに時間がなかったかな………』

 その答えに、ショーティは口を噤んだ。

 サリレヴァントが今回どうしても動かねばならない理由はなかった。土星付近の話を公表することが数年後でよければ、今見捨ててもその時に冥王星まで飛ばされた学生がいたことなど誰も気に留めないだろう。
 むしろアメリカの方が人道的に焦っていただろうが、それでもまだ時間はかかっただろうと踏んでいた。
    けれどその間に飛ばされたシャトルのエネルギーがゼロになったら?宇宙空間で何かしらの事故に巻き込まれたら?
 さすがに…できることがあるのにしないのは、後悔しそうだった。

 『でも……だからって、他に何にか……』
 『エメラーダが欲しいのは、大統領でもこの世の賛辞でもない。今は僕だけだったんだ』
 ここまで彼に言ってよかったのか。こんな舞台裏の話を、ショーティも誰も知る必要はないのにと思いつつ、言葉がでてきてしまう。

『ミドリだけでなく、カナンのためでも、みんなのためでもあると思って決めたことだし…。まあ大企業の経営にも興味があるし』
『今の今まで興味がなかったのに?』
『………人間なんて、そんなものだろう?』
『……違う。言いたいことはそうじゃないんだ、僕は……。……きっと皆は知らないままだろうから…僕が代表して言わしてもらう。本当にありがとう』

 ショーティは、いつも核心をついてきた。
 それが好ましく思える時もあるし、また苛立つ時もあった。



『イヤならやめればいいんだよ。なんでそこまでするのさ!?』

 社長就任の件で、悩んでいた時のことだった。
 母であるエメラーダの手腕は、見事だった。
 年の功もあるのだろうが、最初からアーネストには大きな仕事を与えてきた。とは言っても、その年の新人には同様に与えはしたのだ。その中で頭角してくるだろうアーネストを見越して。
 あくまでも一新人として扱いながら、周囲に実力を認められた時に自分の息子であると公表したのだった。

 けれど、それは前触れだった。
 大学院卒業と同時に、

『どう?アーネスト、社長やってみない?』
『僕の生活をメチャクチャにしておきながら、よくそんな台詞が言えますね。だいたい親子とはばらさないそういう約束でしたよね?」
『あら、お酒の席で息子を誉められて、嬉しくない母親がいると思って?』
『あなたはそういう人間だと思っていましたが?』
『………まあ、当たらずとも遠からずってところかしら』

 軽い口調でそう告げる。アーネストは、ほらやっぱりとため息交じりに思う。

『でも、あなたのことは忘れたことはなかったし、本当に気まぐれでもここに来てくれて嬉しいのは事実よ?』

 ………どうして、と思う。
 なぜ、今、ここで、そんなことを言うのかと。

 偽りも含まれているのだと自分に言い聞かせても、自分の中の何かが満たされてゆくのが手に取るようにわかって、ただくやしかった。

 そしてもう一つ。ドイツに設立した研究所に勤めるようになったスイとコンタクトを取るには、このグループは最適なのである。今のスイとのつながりと言えば、それくらいだった。自分がスイの友人などと思えないし、こうでもしなければスイから承諾を得られることもないだろう。

 どうしようもなく自分自身が乱れており、複雑であった。
 ショーティの一言は、そんな時のものだった。

『いいの?アーネスト、本当にいいの?
 ………それもスイのため!?』
『君には関係ないことだ!ショーティ!!』

 苛立っていたとは言え、そう突き放すように言ったのだ。
 それから、ショーティの方から連絡は一切なかった。当然だと……アーネストは思った。自ら約束をしておきながら、彼の気分を害すことを言ったのだ。


 どれだけ血がつながっていようと、どれだけ肌を重ねようと…切られる時は切られるし、終わる時には終わるのだ。

 わかっているからこそ、決して深みに嵌らないようにと自分に言い聞かせたのも事実であった。
 常に。誰といても。




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