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はじまり ①
しおりを挟む世界は……いつも無機的な色をしていた。
Scene.1
「スイ!!」
開いた通信デバイスから鮮やかな金髪の青年が現れる。それは友人のカナン・フィーヨルドであるが、いつも笑顔の彼らしくなく慌てた表情であった。
「ショーティが…」
スイとともにバーで飲んでいたアーネストは、その名にえ?と思い画面を見る。
「ショーティが、俺の目の前で攫われた!!」
この3時間前。
2113年、2月。ニューヨーク————。
カラーンカラーンと、教会の鐘が空へ大きく鳴り響いた。それが合図であったかのように白い鳥の群れが一斉に飛び立ち、鳥に付けられていた小さな白い花々のようなものが空から零れてくる。
アーネストは一瞬顔をしかめたが、花びらは映像での演出のようで実際には落ちてこなかった。
花かと思いきや映像だったという演出は絵に描いた様な幸福な門出とやらを語るにふさわしい光景であり、二人を祝福するために来た大勢の人々は盛大な拍手を送っていた。
そんな中、誓約したばかりの新郎新婦がゆっくりと教会の扉から歩いてくる。
2月であったが教会周囲も限定的に温度調整はされており、花嫁もノースリーブのウエディングドレスであるが寒そうな雰囲気はみられなかった。客の女性陣もノースリーブのドレスで参列している。
この幸福への拍手と花吹雪の中で、新郎新婦は見せつけるようにキスをする。
キスに当然周囲は囃し立てる。
「ありがとう!みんな」
はしゃぐ新郎に、こんな性格だったかなとアーネストは苦笑とともに学生時代を憶い起こし、教会の隅から見つめていた。あのメテナリオがねぇと思いながら本当に人間変われば変わるものだと、半ば呆れた様な苦笑したい様な気分で。
新郎のメテナリオ・アシュビーは、月学園での知り合いだった。
月学園。それは衛星 ‟月” に設けられた15歳から19歳までの少年少女が学ぶための学園だ。
現在の月は宇宙開発の足掛かりとなり、研究にも一役買っている場所だった。そのような場所で学べると人気にもなった学園だ。メテナリオとはその月の学園で3年間一緒に学んだ。
けれどあの頃のメテナリオは、目立つ存在ではなく、引っ込み思案でコンピューター操作に長けてはいるが内向的。さらに言うなら密かにスイのファン。それはひっそりと見守るような憧れにも似たもので。
なので、そのメテナリオがこんな式を挙げることに少しだけ不思議な感じがした。
けれど、階下まで降りてきたメテナリオが、アーネストを見つけてわざわざ傍にくる。
アーネスト・レドモンは月学園の同期の中でも一番の出世株だった。学園在籍中からアメリカでも上位の企業であるサリレヴァントに携わり、今や、その企業の取締役。
金茶の髪はいつでも光を弾くように輝き、切長の双眸は微笑みとともに相手を魅了する。特にこのような席のアーネストは本日の主役より目を引いていた。
「アーネスト、忙しいのに来てくれたんだね!」
「メテナリオこそ、おめでとう」
二人は手袋をしていたため、そのまま握手した。
「可愛い奥方だね」
「そうだよね!ありがとう。」
新婚らしく照れながらも、自分の相手が褒められたことに満更でもなさそうだった。
一人閉じこもっていた月時代が嘘のような晴れやかさだった。少し…眩しいなと思う。
「ナリオ、本当にレドモンさんと友達だったのね」
「だからそう言ったじゃないか。あー、でもスイは来れなかったのかな」
「ミドリは直前にトラブルが発生して、少し遅れるそうだよ」
「来てくれるんだ。よかった!じゃアーネストまた後で」
そうして新婦をエスコートして人々の輪の中に戻っていった。
……当初この結婚式は、欠席を希望していた。
新婦がアーネストの勤める会社に関連した大会社の令嬢であり、会社から出席を強要されていたこと。そして……絶対に会いたくない人物がいた為である。
これほどレトロな結婚式は昨今珍しいが、古今東西、こういうめでたい席が社交の場に使われることは変わりない。目的は祝福であっても、誰かと知り合いになるには絶好のチャンスであるし、何より招待客で互いの格が見て取れる。そしてそれが(会社にとっては)一種の宣伝になるのだ。
けれども内向的だったメテナリオに、社交関係の知り合いが多いはずもない。それでもメテナリオが相手の令嬢に引けを取らないのは、月学園の出身であり、今回その時のメンバーや知り合いを招いているからだった。
月学園はエリート集団の一代名詞であり、社会的に地位を認められている人物が多かった。充分に格付けされるという訳だ。実際メテナリオも新しいコンピューター技術を提供しているエンジニアであり、そういう意味では月学園の名にふさわしい人物だった。
実際月学園のメンバーは、今考えても、天才と何かは紙一重のようなきわどい人物が多かった。破天荒で常識を覆そうとする。しかしそんな彼らは今日会っても変わりがなく、思わずアーネストは苦笑をもらした。アーネストがサリレヴァントCoの取締役と知っても、態度は変わらなかった。却ってそれが何?と訊かれそうな勢いである。
これだけ月学園の同期が招待されているのだ。だから…彼も招待されるということは明白だった。
彼、ショーティ・アナザーも。
ただアーネストが今日この式に出席しようと決めたのは、そのショーティが出席できないことを確認したからである。取材があり、アメリカに戻ってこられるスケジュールではないと報告を受けたのだ。
そうでなかったら…来なかった。
アーネストは人の輪から外れ、柱の陰にきて息を潜める。人知れずこんな場所に来たのは、相手側の招待客に辟易としたからである。
そして…翠-ミドリ-が来ないな。…ふとそう思う。
今日、欠席を希望したアーネストがここに来たのは、2つ理由があった。1つ目はショーティの欠席にあったが、2つ目は通称“スイ”こと月学園時代からの友人のミドリ・カミノクラに会うためだった。
メテナリオがスイのファンであったため今日の式に呼ぶことは明らかで、またスイも出席すると(どういう風の吹き回しだ?と考えはしたが)わかったからだ。
そう、ショーティが来られないことは、わかっているのだ。けれどもアーネストは、無意識のうちに会場を見て、そしてそっとため息をこぼす自分に気付いていた。
………会わないと、決めた人物では、ある。なのに自分は何を落胆しているのだろうかと自嘲的に自問した。ミドリが来ないから…、そう言い聞かせるようにまた一つため息をこぼす。
その時、わあっっと言う歓声が沸き起こった。
なんだろうかとふと視線を移し、視線の先の人物に、一瞬、息が止まる。
……それは、あれほどに避けていたショーティ・アナザーだった。
まさか…。驚愕の視線で、アーネストは凝視した。
ショーティは、輪の中心にいた。…どうやら花嫁の幸運のブーケを手に入れたらしい。
何してるんだかと、思わず優しい苦笑がこぼれてしまう。……式に出席するつもりだったのか、ショーティにしては珍しくスーツを着ていた。さらりとした栗色の髪が揺れ、慌ててネクタイを結びながらの姿に、花は似合わないなと思う。皆は口々に、ショーティの大きな瞳と顔の愛らしさ、小柄な体躯から、第2の花嫁かぁと囃子立てているが、アーネストは、君にはもっと別な物が相応しいよと、ふと、呼びかけそうになる。
その時ショーティがブーケを持ったまま、辺りをきょろきょろし出す。
まるで周囲の囃子が耳に届いていないように。
………僕を、探しているのだろうか?
ひやりとしたものが背筋を流れ、一瞬にして、アーネストの顔から笑みが消えた。
けれどもそれが、次には怒りを含んだものへと一転する。
ショーティが、……ブーケをある女性に手渡しているのだ。
その相手の女性を認めるや否や、……君は、僕が好きなんじゃなかったのか!? カッとなってそう思った。ショーティにとってそれがどれだけ理不尽であるとか、そんなことは全く考えられなかった。全身に逆流したように、一気に血が巡る。そんな感覚。
………その時、視線を上げたショーティと瞳がかち合う。……その表情は、驚きに満ちたものだった。
アーネスト自身、今自分がショーティを怒りの眼差しで睨み付けているだろう自覚はあった。ショーティにとって見れば、それはどれ程理不尽なものであろうか。そう考えながらも、嵐の中の狂った波のように、その感情の奔流を止めることはままならなかった。
……どれだけ、互いに見つめ合っていただろうか。
不意に、白い花びらの群れがアーネストの視界を横切る。
再度花びらの映像が流れ始めたのだった。
集まった人々が祝福されたこの一瞬に、歓喜の声を挙げた。
けれどもその美しい光景に、アーネストは思わず片手に顔を埋め俯いた。……タイミングが、悪すぎた。
否応無しに、過去のヴィジョンが蘇る。
光の下に立つ人々。歓喜に振るえる人々の声。……そして、零れる白いかけら。
それらが耐えかねる程の、孤独を誘う。
目の端に駆け寄りそうなショーティの姿を捉えたが、……正直、動けなかった。
その時だった。
「みんな、元気かぁ?」
明るいトーンの声が会場に響き、更には会場を沸かせた。月学園の名物(?)カナン・フィーヨルドの登場だった。23才の同い年のはずなのに、相変わらず少年のように見える風貌。何よりも地球の優しさを形にしたような青い双眸と陰をも包み込むような柔らかな金色の髪。決してその類い稀な容貌が彼を名物にした訳ではないが、彼の人となりはそれらと寸分も違わないものだった。
そして、もう一人。
「カナン!スイもじゃねぇか!!」
そう誰かが声を挙げていた……。
…………ミドリ……。
カナンの横に、今となっては違和感なく立っているミドリ・カミノクラを、会場の外に誘い出したのは3分もしないうちだった……。
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