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騒がしい彼らの日常

~話をしよう

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 抱きしめる腕はいつもより弱く、けれど少し濡れた髪越しに伝わるアーネストの体温が心地良い。何よりも香りが、アーネストの香りがショーティを包む。ふんわりと僅かに残る茶葉の香りもまた相まって部屋に戻ってきたことを改めて嬉しく思った。けれど、

「トレイシーが良かったんじゃないの?楽しそうだったけど?」

 天使、とか、薔薇、とかこちらが赤面しかできないことをさらりと言ってくれたよね、と暗に仄めかす。

「『彼女』は君だったし…。久々にエスコートという形が出来て楽しかったけれど、君の髪に触れられないとか、『ショーティ』を抱き締められないとか…制限があったから。やっぱり君がいいね」

 そう言えば、ずっと髪が、と言っていたことを思い出す。容姿に感慨はないが、アーネストが気に入ってくれている髪は、少しだけ大事にしようと今さらながらに思ってしまうショーティだった。

 それに、『トレイシー』ではダメなのだと言われて、ショーティは自分の姿に戻ったことも相まってにやけてしまいそうだった。しかしすぐに、だめだめと流されそうな自分にストップをかけた。

「じゃなくて、アーネスト!聞きたいこと!」
「……君に、言わなかったこと?」
「そう。なんで脅されてるって言わなかったのさ。そんなの僕は平気だよ」
「うん、そう……。君はね…平気だと…言われてしばらくして思ったんだけど、言われた瞬間…すぐに返答できなくてね。そこを彼女に突かれてしまった。僕の甘さが原因だよ。
それにそれを君に知られたくなかったんだ」
「僕は気にしないよ?」
「僕は気にする」

 ははっとショーティは笑う。

「そこはアーネストの秘密主義じゃない?」
「それも秘密主義?それは違うと思う。それに…僕は本当に君の仕事への姿勢とか…文章とか好きなんだ。それを邪魔すると言われて、一瞬頭にきて…判断が遅れた」

 アーネストは辟易としてそう告げるが、ショーティはうわぁと思う。
 そんな風に思ってくれてたんだ……、と。

 初めて聞く自分の評価に、思わず自分を褒めたくなる。しかしはっとしてまたもそこで気を引き締めた。ここで甘い顔をしては、アーネストの思惑通りになってしまう。いや今の称賛が計算で出たものとは思わないが、アーネストが一石何鳥も狙っていることは否定できないのだ。

 だから……。

「————…けど、こう言われた、くらいは言って欲しかったな」
あえて、そう告げる。

「聞いたら、どうしてた?」
「記事書きまくりだよ!特におばさんのこと調べて、今までキナ臭かったものをどんどん出すかな」

 ———さすがショーティ。思わずアーネストは吹き出した。そんな手で追い込もうとは。事なかれ主義でどうにかしようとした自分にはない発想で、なるほどと思った。

「何?」
「いや…これは君に頼ればよかったなと……」
「そう!そこ大切!ちゃんと話して二人で解決すればいいんだよ」

 ショーティが、嬉々として返す。アーネストも素直に秘密主義(?)の弊害を認めざるをえなかった瞬間だった。

 そして、もう一つ。

 これは秘密というよりも、アーネストの中でもさっき会場で形がはっきりしたのだが…ショーティは何か察したのだろうか?と思う。しかし今ご機嫌なようなので、これで話が終わりならそれでいいかな…とも思う。ああ、でもまた秘密主義と言われるのかな……。次から次にとりとめなく、そう思っていた時に。

「今日は、逃がさないって決めたんだ。……ねえ、アーネスト。何か、パーティの時に決めたよね」

 え?

 アーネストは、本当に心底驚いた。そんな言葉をかけられるとは、全く考えていなかったのだ。

「…………」
「やっぱりそうなんだ」
「ショーティ?」
「—————あの時さ、僕がおばさんと対峙してた時、近づこうとするアーネストを僕が止めて。そして静観している間…どのタイミングかな…なんか一人考えこんでたよね。みんながこっちを見ているのに、そんな時にその場を無視するアーネストじゃないよね?
何か…一瞬だけどすごく考えてた。それは、何?」

 ショーティが、下からまっすぐにアーネストを捉えていた。

 あれは、そんなに長い間のことではなかった。まさしくショーティの言葉通り『一瞬』だ。

 ほんの一瞬。かの女性に疲れて、今のクライアントに疲れて…、それに頭を押さえつけられるように俯いた。

 けれども、それは言葉にも態度にも示していない。

 なのに、それに気付いたショーティ。

 この瞳の前では、もう嘘はつけなくなった。それはいつからだったか…。そう考えれば、ずいぶんと自分はショーティに話すようになっていた。ショーティの言う秘密主義も返上したいくらいだ。

 そして、ショーティは静かに僕を待っていた。何一つ、見逃さないように。

「………………参ったね、君にそこまで悟られるなんて」 

 大きなため息とともに、そんな言葉が出た。このまましらを切り通すには、どう考えても自分に分がない。ここまではっきりと追い詰められては。

「—————————……ショーティ…。僕は、少し…この街に、疲れた、みたいなんだ……」

 だから、ためらいがちにそう告げた。

 僕にとっては一世一代の告白のようなつもりで言ったのだが、

「今度は疲れたって言えるんだね…」

 ショーティは満面の笑みで、僕の肩頬に手を添える。

「よかった。本当によかった、アーネスト」

 そう言って、胸の周りを抱き締めてくる。

「よかった………?」
「うん、過去2回くらいそれで倒れたし、静かに突然姿をくらますよりずっといい。アーネスト、言っていいんだ。弱音でも愚痴でも汚い言葉でも。なんでも吐いていいんだ」

 ああ…、と思う。何かが胸にすとんと落ちたように、息がしやすくなったような気がした。まるで爽やかな風に取り囲まれたように。そこで、自分も伝えたかったのだと改めて感じる。

「それで?どうしたい?」

「ニューヨークを———、離れようと思う……」

 アーネストはゆっくりと言葉を紡いだ。

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