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昔馴染み
① お世話になったシンガー 2115年10月
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scene. 1
「う~~~」
ショーティはデバイス通話をみつめたまま、小さくうめいていた。むちゃくちゃ帰りたい気分90%。しかし、だがしかし、との思いが10%。
「往生際が悪いな?」
告げる友人のセリフに、
「わかってる」
軽く言い捨て、覚悟を決めるとデバイスに向かった。
「“…ショーティ?”」
しばしの間。そして通話のみではあるが通信がONになった相手の声に深い安堵がこぼれた。
「アーネスト?僕だけど、今日ちょっと帰れそうにないんだ。明日は早めに帰るけど…」
日帰りのつもりだった予定変更に、最愛の恋人は一瞬、間を置いてから頷いた。
「“気をつけて。飲みすぎないようにね”」
先日やらかしてしまったショーティだが、事と行き先さえしっかりとしていれば、アーネストは否とは言わない。どちらかと言うと深夜接待、時には公にできないようなものも扱うこともあるができうる限り話を通しておく。これが一番の近道だとショーティは知った。それでもさすがの近々の出来事だったため、気が引けるのも事実。
さらに言うならば、集まるメンバーに気乗りしないのも事実だ。
「ショーティ、時間」
友人の言葉に、名残惜しそうに通話をオフにした。
「けどさ、日本公演は行ったし義理を欠いたことにはならないかなって…」
「だからって、地元で顔出さないってのは随分と冷たくないか?それも、記念すべきベスト盤」
「ベストねぇ」
「映像付きらしいから、それで絶対に引っ張ってこいって」
「だから、行きたくないんだけどなぁ」
~~~~~
いきなりの呼び出しは馴染みのシンガーからだった。13年目と言う今年ベストを出すと言う。
『“来られるよな?”』
南米系の肌の色と濃い目の青い瞳の男は、断定的な有無を言わさぬ響きでそう尋ねながら、隣に座るドーベルマン種の犬の額を撫でた。
そのらし過ぎる響きに嫌な予感を覚えつつ、ショーティはとりあえずNOをつきつけてみたのだが、
『“ほお”』
15歳以上も年上の彼は冷やかな視線で見据えてきた。
『“じゃあ、いい。お前が来られないのなら、彼、に頼んでみよう”』
『“……スタンリー……?”』
『“お前の代打ってことだな。ふむ…そっちの方がみんな喜ぶか”』
『“スタンリー!”』
『“俺も話してみたいしな。あの頃のショーティ坊やの話とかな。盛り上がるな”』
『“相変わらず~~~!”』
『“相変わらずはそっちだろう?パートナーができた途端、昔馴染みはポイか?”』
『“違うよ。ちょっとヘマしちゃったから……あんまり心配されるようなことはやめとこかなって。”』
『“ずいぶん愁傷なことを。……そういや、隠れ家提供したやったよな?”』
にやりとほほ笑む姿が、無駄に大人の色気を振りまいているようで、
『“それについては本当に感謝しているよ”』
ショーティは軽く肩を竦めた。
そう本当に感謝していた。2年前、全てを投げ出そうとしていたアーネストを引き留めたショーティは、2週間ほど雲隠れするためにこのスタンリー・アドニスに隠れ家を提供してもらった。
誰にも邪魔されずに、あの夏のコテージのような空気でアーネストを包み、その心身を休めさせてあげたかった。
自分にできることがあるならば、どんな手を使ってでも幸せにしたいと、今でも思う。
けれど……今や押しも押されぬ完全復帰だった。アーネストの凄さを自慢したくもあるが……。そもそも彼はそういうタイプではない。
『“ま、お前に許可を貰いたいものもあるしな。来なけりゃほんとに迎えに行くぞ。みんな彼に会いたがってんだぜ?”』
そのどこか百面相にも近いショーティの様子に気づきながらも触れず、スタンリーはどこか宥めるように促す。
『“はは……”』
乾いた笑いは、同業者で友人のルシードの対応でも解ることだった。すでに幾度か自分を飛び越えて“アーネスト”と仕事をする彼はいつになく楽しそうにその話をする。だからこそ、この物見高い悪友たちに、はいどうぞ、と会わせるわけにはいかない。アクが強すぎる。あることないこと吹き込まれるのは避けたいのだ。
『“……そのうち………”』
不承不承の頷きに、スタンリーは年を重ねた精悍な目元に笑みを乗せた。
『“じゃあ、大丈夫だな。楽しみにしているぜ。My boy”』
~~~~
そして冒頭の呻きになるのだが、さすがに覚悟を決めてショーティは友人と連れ立って廃工場を訪れた。
周囲にはすでに荷台用車が止まっており、中はすでにセッティング済みなのだろうと思われる。
あの時も、そうだったな、とショーティは感慨深く思い出す。
14年ほど前。月学園を知らずにいた幼い自分……。
年の離れた友人たちに振り回されるようにして楽しい時間を過ごした。ほんの3、4年ほどのことだったのにずっと長いことそうしていたような濃密な時間。けれど終わりはやってきた。
その幕を引いたのは誰だったか……。もしかしたらショーティ自身だったかもしれない。
あの頃と同じ風景が広がる廃工場地帯。変わらないのは、この辺り一帯が映像用貸出場所として登録されたからだった。まさかそこにまた来るとは思ってなかった。
けれど、彼は今この場所に立っていた。
あの頃の友人たちに再会し、そして現在もまた様々な場面で助けられてもいる。
あの経験は自分のためにも大切な出会いだったのだ、と今なら思える。思えるけれど、それを口に出すつもりはない。そんなことをすれば良いようにこき使われるのは目に見えているのだから。
「もっといい場所でやればいいのに」
なので、わざとらしく悪態をついてみせる。
「そう言うなって。どうせ身内だけなんだから。ってことで、」
ぼそりと零す言葉に友人は口元だけにやりと笑みを浮かべた。そして入り口脇に無造作に置かれていた小さな花束をショーティに手渡す。
「やな、予感」
「ま、ほぼ正解」
「いつまでたっても人をダシにして」
「そこにあるのは愛だと思うけど?」
「もっとわかりやすい愛情ならね。それ以外は返品。それに…」
一番欲しい愛情はこの手にあるのだから。それ以外は掃いて捨てる。
「……?…ま、とにかく先に行ってる」
不意に黙り込んで手元の花束をみつめるショーティに不思議そうな視線を向ける友人だったが、気を取り直したように軽く手を上げた。
「ん」
それに答えるショーティは、しかし視線を向けることはなく夜空を見上げた。上弦の月はうっすらとした姿を見せており、小さく笑みを浮かべながらショーティはゆっくりと扉を開く。
視線の先にいるのはスタンリー。無名のシンガーはここを皮切りに世界を目指す、そう言い、実現させた。今や押すに押されぬトップスターだ。あの頃のバラードが今も変わらぬ響きを持って耳へと滑り込む。室内を満たす。
花束は、ウエディングブーケだった。
『持ったまま真っ直ぐにスタンリーに向かって歩くのよ』
そう可愛らしくウインクを一つして告げた昔馴染みは、今日は来ていないようだった。彼女は今、地球の衛星“月”で仕事をしている。まったく同じことなどないのだと思う。そういう自分だってあの頃よりも大人になった。どんなに幼い顔つきだと言われても守りたいと思う人に出会った。迷子のようにうろうろと町を彷徨うことをやめて、人に振り回されることさえも自分の糧として、逞しくなった……と思いたい。
ショーティは舞台で歌い上げているスタンリー・アドニスをまっすぐに捉えた。そして一歩を踏み出す……。
「う~~~」
ショーティはデバイス通話をみつめたまま、小さくうめいていた。むちゃくちゃ帰りたい気分90%。しかし、だがしかし、との思いが10%。
「往生際が悪いな?」
告げる友人のセリフに、
「わかってる」
軽く言い捨て、覚悟を決めるとデバイスに向かった。
「“…ショーティ?”」
しばしの間。そして通話のみではあるが通信がONになった相手の声に深い安堵がこぼれた。
「アーネスト?僕だけど、今日ちょっと帰れそうにないんだ。明日は早めに帰るけど…」
日帰りのつもりだった予定変更に、最愛の恋人は一瞬、間を置いてから頷いた。
「“気をつけて。飲みすぎないようにね”」
先日やらかしてしまったショーティだが、事と行き先さえしっかりとしていれば、アーネストは否とは言わない。どちらかと言うと深夜接待、時には公にできないようなものも扱うこともあるができうる限り話を通しておく。これが一番の近道だとショーティは知った。それでもさすがの近々の出来事だったため、気が引けるのも事実。
さらに言うならば、集まるメンバーに気乗りしないのも事実だ。
「ショーティ、時間」
友人の言葉に、名残惜しそうに通話をオフにした。
「けどさ、日本公演は行ったし義理を欠いたことにはならないかなって…」
「だからって、地元で顔出さないってのは随分と冷たくないか?それも、記念すべきベスト盤」
「ベストねぇ」
「映像付きらしいから、それで絶対に引っ張ってこいって」
「だから、行きたくないんだけどなぁ」
~~~~~
いきなりの呼び出しは馴染みのシンガーからだった。13年目と言う今年ベストを出すと言う。
『“来られるよな?”』
南米系の肌の色と濃い目の青い瞳の男は、断定的な有無を言わさぬ響きでそう尋ねながら、隣に座るドーベルマン種の犬の額を撫でた。
そのらし過ぎる響きに嫌な予感を覚えつつ、ショーティはとりあえずNOをつきつけてみたのだが、
『“ほお”』
15歳以上も年上の彼は冷やかな視線で見据えてきた。
『“じゃあ、いい。お前が来られないのなら、彼、に頼んでみよう”』
『“……スタンリー……?”』
『“お前の代打ってことだな。ふむ…そっちの方がみんな喜ぶか”』
『“スタンリー!”』
『“俺も話してみたいしな。あの頃のショーティ坊やの話とかな。盛り上がるな”』
『“相変わらず~~~!”』
『“相変わらずはそっちだろう?パートナーができた途端、昔馴染みはポイか?”』
『“違うよ。ちょっとヘマしちゃったから……あんまり心配されるようなことはやめとこかなって。”』
『“ずいぶん愁傷なことを。……そういや、隠れ家提供したやったよな?”』
にやりとほほ笑む姿が、無駄に大人の色気を振りまいているようで、
『“それについては本当に感謝しているよ”』
ショーティは軽く肩を竦めた。
そう本当に感謝していた。2年前、全てを投げ出そうとしていたアーネストを引き留めたショーティは、2週間ほど雲隠れするためにこのスタンリー・アドニスに隠れ家を提供してもらった。
誰にも邪魔されずに、あの夏のコテージのような空気でアーネストを包み、その心身を休めさせてあげたかった。
自分にできることがあるならば、どんな手を使ってでも幸せにしたいと、今でも思う。
けれど……今や押しも押されぬ完全復帰だった。アーネストの凄さを自慢したくもあるが……。そもそも彼はそういうタイプではない。
『“ま、お前に許可を貰いたいものもあるしな。来なけりゃほんとに迎えに行くぞ。みんな彼に会いたがってんだぜ?”』
そのどこか百面相にも近いショーティの様子に気づきながらも触れず、スタンリーはどこか宥めるように促す。
『“はは……”』
乾いた笑いは、同業者で友人のルシードの対応でも解ることだった。すでに幾度か自分を飛び越えて“アーネスト”と仕事をする彼はいつになく楽しそうにその話をする。だからこそ、この物見高い悪友たちに、はいどうぞ、と会わせるわけにはいかない。アクが強すぎる。あることないこと吹き込まれるのは避けたいのだ。
『“……そのうち………”』
不承不承の頷きに、スタンリーは年を重ねた精悍な目元に笑みを乗せた。
『“じゃあ、大丈夫だな。楽しみにしているぜ。My boy”』
~~~~
そして冒頭の呻きになるのだが、さすがに覚悟を決めてショーティは友人と連れ立って廃工場を訪れた。
周囲にはすでに荷台用車が止まっており、中はすでにセッティング済みなのだろうと思われる。
あの時も、そうだったな、とショーティは感慨深く思い出す。
14年ほど前。月学園を知らずにいた幼い自分……。
年の離れた友人たちに振り回されるようにして楽しい時間を過ごした。ほんの3、4年ほどのことだったのにずっと長いことそうしていたような濃密な時間。けれど終わりはやってきた。
その幕を引いたのは誰だったか……。もしかしたらショーティ自身だったかもしれない。
あの頃と同じ風景が広がる廃工場地帯。変わらないのは、この辺り一帯が映像用貸出場所として登録されたからだった。まさかそこにまた来るとは思ってなかった。
けれど、彼は今この場所に立っていた。
あの頃の友人たちに再会し、そして現在もまた様々な場面で助けられてもいる。
あの経験は自分のためにも大切な出会いだったのだ、と今なら思える。思えるけれど、それを口に出すつもりはない。そんなことをすれば良いようにこき使われるのは目に見えているのだから。
「もっといい場所でやればいいのに」
なので、わざとらしく悪態をついてみせる。
「そう言うなって。どうせ身内だけなんだから。ってことで、」
ぼそりと零す言葉に友人は口元だけにやりと笑みを浮かべた。そして入り口脇に無造作に置かれていた小さな花束をショーティに手渡す。
「やな、予感」
「ま、ほぼ正解」
「いつまでたっても人をダシにして」
「そこにあるのは愛だと思うけど?」
「もっとわかりやすい愛情ならね。それ以外は返品。それに…」
一番欲しい愛情はこの手にあるのだから。それ以外は掃いて捨てる。
「……?…ま、とにかく先に行ってる」
不意に黙り込んで手元の花束をみつめるショーティに不思議そうな視線を向ける友人だったが、気を取り直したように軽く手を上げた。
「ん」
それに答えるショーティは、しかし視線を向けることはなく夜空を見上げた。上弦の月はうっすらとした姿を見せており、小さく笑みを浮かべながらショーティはゆっくりと扉を開く。
視線の先にいるのはスタンリー。無名のシンガーはここを皮切りに世界を目指す、そう言い、実現させた。今や押すに押されぬトップスターだ。あの頃のバラードが今も変わらぬ響きを持って耳へと滑り込む。室内を満たす。
花束は、ウエディングブーケだった。
『持ったまま真っ直ぐにスタンリーに向かって歩くのよ』
そう可愛らしくウインクを一つして告げた昔馴染みは、今日は来ていないようだった。彼女は今、地球の衛星“月”で仕事をしている。まったく同じことなどないのだと思う。そういう自分だってあの頃よりも大人になった。どんなに幼い顔つきだと言われても守りたいと思う人に出会った。迷子のようにうろうろと町を彷徨うことをやめて、人に振り回されることさえも自分の糧として、逞しくなった……と思いたい。
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