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ショーティの大誤算
③ 謝罪
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ショーティは————その後のことをほとんど覚えていなかった。
無自覚にキスを嫌がるショーティを諭すように触れるアーネストが、その昂ぶりを解放するために抱きしめてくれたこと。……もっと、……激しく、……奥まで、とその望むままに付き合ってくれたことなど……知る由もなく……。ただひたすら熱を発散したことだけが躰の奥に残っていて……。
~~~~
ニューヨークの朝は早い。時間的にはまだ午前4時を回ったくらいだろうが街は既に目覚めており、防音が完璧な室内にも活気を含んだ空気みたいなものが流れ込むかのようだ。
生きている街。これは古今東西変わらない気がする。
ショーティはいつになく硬く強張った身体に言うことを聞かせるように必死の力を持ってして目を開けた。意識は覚醒しているのに、瞼が重く呼吸が浅い。口の中はカラカラに乾いていて、喉がひきつれている。目を開けたことによってなのか、眦から後頭部に掛けて頭痛が生じ、二日酔いなど滅多に経験しないがこの状態はそれに似ているのだろうかと、考えながら視線で周囲を探った。そして————。
「………ごめん……」
薄暗い室内の中、滑らせた視界の先に人物を認め、咄嗟に謝罪が口から滑り出た。声は喉に張り付いたままの乾いたもので、枕もとほど近くの椅子に腰掛けていたアーネストは薄闇の中、深いため息を一つこぼし、
「…水を」とすでに準備していた水差しからコップに注ぐとすっと差し出す。
一瞬、躊躇したショーティだったが、声のしゃがれ具合に飲まないという選択肢はなく、ここは持ち前の根性でベッドに縛り付けられているかのような身体の重みを振り切り、ゆっくりと身を起こす。
そして、水を飲んでいる際にもじっとみつめてくる視線にショーティは、
「ほんとに…ごめん」ともう一度、先ほどよりは潤んだ声音で謝罪を口にした。
金茶の髪が今薄闇に色濃く映り、それゆえにか顔色があまり良くないように見える。そして、
「それだけ?」とやや俯き加減のまま問いかけられた。
「……え…っと……友人に、頼まれて…それで…」
ミスった、と口内でつぶやくとアーネストは再び深いため息をこぼした。金茶の髪が薄闇の中さらりと揺れたのは軽く首を振ったせいか。
「ニューヨーク市警のデイブ・ギルソンからの伝言だよ。待っている、と。そう伝えてくれればわかると。あと、ルシードからも連絡があって戻っているか、と聞かれたから答えておいた。どういうことなんだい?市警がらみの本格的な犯罪だったらもう少し」
「そうじゃない……なんでデイブかわかんないけど。……僕は、犯罪を追及してたんじゃない」
だからこそ危機管理が疎かだったなど言いたくないが、やや鷹をくくっていたことは否めない。
「ショーティ…」
ふわりと頬を撫でる感触がひどく心地よく、それゆえに強い罪悪感が心を苛む。心配をかけて悪かったと心から思う。思うけれど、
「1日。……1日だけ見逃して。アーネスト」
「ショーティ……例えば、逆の立場だったとしたら?」
「え?……」
「例えば逆の立場だったとしたら、君は見逃せるのかい?」
「そ、れは…」
まっすぐに見据える視線が、射抜くような視線が痛かった。そんなことになったら、自分は絶対に反対するはずだ。なんなら乗り出していって自らが解決に動く。けれど、このくらいの危険はつき物だった。昔ならば。
それを止められたくはない…。
止められたくはないが…。
「そういうことだよ。ショーティ」
「え?」
「とにかくもう少し休んで。それからゆっくりと」
「アーネスト!」
髪を撫でるアーネストの指先に奇妙な感覚を知り、ショーティは思わずその手をつかんでいた。重い腕が瞬時に動いたことに感謝するよりも先に、アーネストのやや驚いたような視線が脳内に飛び込む。
「ごめん、ほんとに、もう二度とこんなこと…」
「本当に…もう二度とこんな心配は!」
言いかけた瞬間、力強い腕に抱き寄せられ、苦しげな口調が言葉を叫ぶ。どこか冷やかな体温は眠っていなかったためだろうと思え、ずっとそばにいたことにショーティはもう一度、ごめんと謝罪を口にし、その身体をしっかりと抱きしめるのだった。
~~~~
「う~ん」
唸っているのは必需品が見当たらないからだった。
抱きしめられた後、安堵するかのように寝入ってしまい、1時間強すっかり目が覚めたショーティは、重だるい身体と頭を引きずりながらベッドのサイドテーブルをいつものくせで探った。しかしそれは見当たらず、ようやく身を起すに至る。
それ、とはもちろんデバイスだ。着ていた服も気になると言えばそうだが、着ていた服はランドリーの中だとしても、デバイスは…。
『例えば逆の立場なら?』
問われた内容に、僕なら出さないと、監禁するね、とあの場で言えるはずもなく、アーネストもそうだったのかは聞くにも聞けず、監禁一歩手前のデバイスを取り上げられたかとも思うがそういう実力行使に出るタイプだとは…思わない。多分。
枕元にないのなら自室だろうかと、ショーティは這うようにベッドサイドに行くと足を床へと下ろした。そして立ち上がろうとした瞬間、かくん、と膝が折れたようにその場にぺたりと座り込む。
「え」
足というか腰というか、身体の中心に力が入らなかった。それは行為も然ることながら、薬によるものなのかと思案する。しかし………とショーティはゆっくりと額に手を当てた。
アーネストが相手をしてくれたのならば……ショーティ自身の歯止めが利かなくなったとしてもなんの不思議もない。薬よりも————その行為自体なのだとしたら……。
「……怖い」
思わずこぼした言葉は何を指しているのかをぼやかしたままこくんと飲み込み、ショーティはぐっと足に力を込めた。それでも覚束ないまま自室へと向かう。が、ようやくそこで気づいた。
アーネストがいないこと。さらにいうならば、愛犬かなんの姿もない。
散歩…?
問う心に、否と突きつけられるのはなぜか。
さっきの今でアーネストがかなんの散歩に出かけるということが、しっくりこなかった。いや、散歩にのみ出かけることが、と言い直すべきだろうか。
そこで、ショーティはアーネストの言葉を思い出す。
『デイブ・ギルソンからの伝言で』
ニューヨーク市警勤務の昔馴染みだ。
『市警がらみの本格的な事件なら』
『なんでデイブかわからないけど…』
心配するアーネストの問いに、思わず否定したことがアーネストの何かに引っかかったのではないか。
そして、『待っている』との伝言。
もしかしてアーネストはデイブのところだろうか。
何かを確認するためにアーネストが出かけて行ったとしても、おかしくはない。というよりも、ショーティだったらそうするだろうと思う。
そしてデバイスは…。自室にも、リビングにも部屋のどこにも見当たらなかった。
無自覚にキスを嫌がるショーティを諭すように触れるアーネストが、その昂ぶりを解放するために抱きしめてくれたこと。……もっと、……激しく、……奥まで、とその望むままに付き合ってくれたことなど……知る由もなく……。ただひたすら熱を発散したことだけが躰の奥に残っていて……。
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ニューヨークの朝は早い。時間的にはまだ午前4時を回ったくらいだろうが街は既に目覚めており、防音が完璧な室内にも活気を含んだ空気みたいなものが流れ込むかのようだ。
生きている街。これは古今東西変わらない気がする。
ショーティはいつになく硬く強張った身体に言うことを聞かせるように必死の力を持ってして目を開けた。意識は覚醒しているのに、瞼が重く呼吸が浅い。口の中はカラカラに乾いていて、喉がひきつれている。目を開けたことによってなのか、眦から後頭部に掛けて頭痛が生じ、二日酔いなど滅多に経験しないがこの状態はそれに似ているのだろうかと、考えながら視線で周囲を探った。そして————。
「………ごめん……」
薄暗い室内の中、滑らせた視界の先に人物を認め、咄嗟に謝罪が口から滑り出た。声は喉に張り付いたままの乾いたもので、枕もとほど近くの椅子に腰掛けていたアーネストは薄闇の中、深いため息を一つこぼし、
「…水を」とすでに準備していた水差しからコップに注ぐとすっと差し出す。
一瞬、躊躇したショーティだったが、声のしゃがれ具合に飲まないという選択肢はなく、ここは持ち前の根性でベッドに縛り付けられているかのような身体の重みを振り切り、ゆっくりと身を起こす。
そして、水を飲んでいる際にもじっとみつめてくる視線にショーティは、
「ほんとに…ごめん」ともう一度、先ほどよりは潤んだ声音で謝罪を口にした。
金茶の髪が今薄闇に色濃く映り、それゆえにか顔色があまり良くないように見える。そして、
「それだけ?」とやや俯き加減のまま問いかけられた。
「……え…っと……友人に、頼まれて…それで…」
ミスった、と口内でつぶやくとアーネストは再び深いため息をこぼした。金茶の髪が薄闇の中さらりと揺れたのは軽く首を振ったせいか。
「ニューヨーク市警のデイブ・ギルソンからの伝言だよ。待っている、と。そう伝えてくれればわかると。あと、ルシードからも連絡があって戻っているか、と聞かれたから答えておいた。どういうことなんだい?市警がらみの本格的な犯罪だったらもう少し」
「そうじゃない……なんでデイブかわかんないけど。……僕は、犯罪を追及してたんじゃない」
だからこそ危機管理が疎かだったなど言いたくないが、やや鷹をくくっていたことは否めない。
「ショーティ…」
ふわりと頬を撫でる感触がひどく心地よく、それゆえに強い罪悪感が心を苛む。心配をかけて悪かったと心から思う。思うけれど、
「1日。……1日だけ見逃して。アーネスト」
「ショーティ……例えば、逆の立場だったとしたら?」
「え?……」
「例えば逆の立場だったとしたら、君は見逃せるのかい?」
「そ、れは…」
まっすぐに見据える視線が、射抜くような視線が痛かった。そんなことになったら、自分は絶対に反対するはずだ。なんなら乗り出していって自らが解決に動く。けれど、このくらいの危険はつき物だった。昔ならば。
それを止められたくはない…。
止められたくはないが…。
「そういうことだよ。ショーティ」
「え?」
「とにかくもう少し休んで。それからゆっくりと」
「アーネスト!」
髪を撫でるアーネストの指先に奇妙な感覚を知り、ショーティは思わずその手をつかんでいた。重い腕が瞬時に動いたことに感謝するよりも先に、アーネストのやや驚いたような視線が脳内に飛び込む。
「ごめん、ほんとに、もう二度とこんなこと…」
「本当に…もう二度とこんな心配は!」
言いかけた瞬間、力強い腕に抱き寄せられ、苦しげな口調が言葉を叫ぶ。どこか冷やかな体温は眠っていなかったためだろうと思え、ずっとそばにいたことにショーティはもう一度、ごめんと謝罪を口にし、その身体をしっかりと抱きしめるのだった。
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「う~ん」
唸っているのは必需品が見当たらないからだった。
抱きしめられた後、安堵するかのように寝入ってしまい、1時間強すっかり目が覚めたショーティは、重だるい身体と頭を引きずりながらベッドのサイドテーブルをいつものくせで探った。しかしそれは見当たらず、ようやく身を起すに至る。
それ、とはもちろんデバイスだ。着ていた服も気になると言えばそうだが、着ていた服はランドリーの中だとしても、デバイスは…。
『例えば逆の立場なら?』
問われた内容に、僕なら出さないと、監禁するね、とあの場で言えるはずもなく、アーネストもそうだったのかは聞くにも聞けず、監禁一歩手前のデバイスを取り上げられたかとも思うがそういう実力行使に出るタイプだとは…思わない。多分。
枕元にないのなら自室だろうかと、ショーティは這うようにベッドサイドに行くと足を床へと下ろした。そして立ち上がろうとした瞬間、かくん、と膝が折れたようにその場にぺたりと座り込む。
「え」
足というか腰というか、身体の中心に力が入らなかった。それは行為も然ることながら、薬によるものなのかと思案する。しかし………とショーティはゆっくりと額に手を当てた。
アーネストが相手をしてくれたのならば……ショーティ自身の歯止めが利かなくなったとしてもなんの不思議もない。薬よりも————その行為自体なのだとしたら……。
「……怖い」
思わずこぼした言葉は何を指しているのかをぼやかしたままこくんと飲み込み、ショーティはぐっと足に力を込めた。それでも覚束ないまま自室へと向かう。が、ようやくそこで気づいた。
アーネストがいないこと。さらにいうならば、愛犬かなんの姿もない。
散歩…?
問う心に、否と突きつけられるのはなぜか。
さっきの今でアーネストがかなんの散歩に出かけるということが、しっくりこなかった。いや、散歩にのみ出かけることが、と言い直すべきだろうか。
そこで、ショーティはアーネストの言葉を思い出す。
『デイブ・ギルソンからの伝言で』
ニューヨーク市警勤務の昔馴染みだ。
『市警がらみの本格的な事件なら』
『なんでデイブかわからないけど…』
心配するアーネストの問いに、思わず否定したことがアーネストの何かに引っかかったのではないか。
そして、『待っている』との伝言。
もしかしてアーネストはデイブのところだろうか。
何かを確認するためにアーネストが出かけて行ったとしても、おかしくはない。というよりも、ショーティだったらそうするだろうと思う。
そしてデバイスは…。自室にも、リビングにも部屋のどこにも見当たらなかった。
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