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turning point
限界 ②
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自宅階へ到着するとほぼ同時に、アーネストはキスの手を緩め、扉が開くと同時にショーティを解放した。
「……僕が…訊きたいのは……仕事のことで…」
息は絶え絶え、頬は上気して赤くなっているだろう。足元が覚束ないことさえも羞恥だった。
少し睨みつけるようにアーネストを見ると、そんなショーティの表情は見て取れるだろうに、
「……部屋に戻って、まずお茶を淹れよう……。それから話すよ」
そうアーネストに淡々と返される。
相変わらず涼し気なまま、迎えに来てくれた時こそ少し辛そうに表情を歪める姿も見られたが、今は常のそれに戻っているようだった。
先ほどのキスだってアーネストにとっては、ほんのつかの間の余興のようにも思えて、
「……アーネスト、性格悪くなったんじゃない!?」
ショーティが嫌味たっぷりで告げると、
「そんなことはないよ、ショーティ。でも廊下は防犯カメラが作動しているし、できれば内密な話は部屋がいいかな」と、またさらりとかわされる。
「………っ!じゃあ、キスで煽るのは録られてもいいわけ!?」
「………良くはないね」
「だったらっ!」
言葉でアーネストに勝てたことはない。もう学生時代からずっと。けれど、聞きたいことは…山ほどあった。良くないのにエレベーターでのキスだとか、今回の騒動とか、どうしてキャサリンのホテルに迎えに来られたか等々…。
—————しかし。
「僕もね…限界だったんだ………」
涼し気に見えていたアーネストの言葉に、ショーティは毒気を抜かれたように一瞬、思考が止まった。そして状況を理解した後、更に顔を赤くしたショーティは、言葉が出ないままアーネストに促されるように玄関へと向かう。
「さあ…ショーティ」
アーネストがまずショーティを中へと誘う。
導かれるままに中に入り、ふわりと僅かに押し寄せる懐かしい感覚に、ショーティは思考を取り戻した。
家の香りだった……。
火星から帰ってきてここに足を踏み入れる間もなく、キャサリンに捕まってしまい戻れなかった場所。
……戻れなかった、か…とショーティはしみじみと思う。
いつの間にかここが『家』として自分の中で落ち着いていたことが感慨深かった。広すぎる室内に整理整頓されすぎた部屋や廊下は、自分にはあまり馴染みのないものだった。部屋なんて寝られればどこでもいいと思っていたショーティが、狭さなど意にも介さないはずの自分が…。
けれどもここが一番しっくりくるのだから……慣れちゃったんだなぁ…。とそう思う。
この部屋に初めて案内された時も初夏の匂いがしていたような気がした。
あの時はアーネストが行方をくらまして、自分が追いかけた。初めてこの部屋にアーネストが迎え入れてくれた時、正直言って嬉しかった。
—————ん?
そう思いながらも、アーネストに促されて入った室内のリビングでショーティは立ち止まった。そこでようやく、本来、駆けてくるだろう子犬の姿がないことに気付いたのだ。いや、あれから5ヶ月も経過しているのだから、もう子犬ではないはずだ。なのに、いない。
ここで思い返すのは、1週間帰れないと言ったアーネストからのメールだ。
——————本当に、アーネストは、どこで何をしていたのだろう。
子犬は、一人で面倒見切れなくなったのだろうか。
リビングで立ち尽くしていたショーティは、アーネストの姿を目で追った。すると彼は本当に紅茶を入れるらしくキッチンに向かっていた。そのままいつもの手際で紅茶を淹れる。今はなんでも機械がやってくれるが、茶葉からこだわりを持って淹れるアーネストの姿は5ヶ月前と変わらず、うん、やっぱり戻ってきたんだ、としみじみ思う。思うのだが—————それとこれとは話が別だ。
5ヶ月前の冬の日、アーネストは母親のエメラーダと再会して、……体調を崩した。あの時だって言ったはずなのだ。
話して、と。
どういえばアーネストに通じるのだろうか。
そんなことを考えているショーティの目の前のテーブルにカップが置かれた。ショーティは仕方なく椅子に腰を下ろすと、一口…口を付ける。
ふわり、と身体の中心の深いところに温かな何かが目覚めるようだった。
ああ、アーネストの味だ—————と、そう思った。
他でどれだけお茶を飲んでも、この味は忘れられなかった。
しかしそこではっと我に返り、違う違うと心中でつぶやく。自分は感慨に浸りたいわけではないのだ。
「……僕が…訊きたいのは……仕事のことで…」
息は絶え絶え、頬は上気して赤くなっているだろう。足元が覚束ないことさえも羞恥だった。
少し睨みつけるようにアーネストを見ると、そんなショーティの表情は見て取れるだろうに、
「……部屋に戻って、まずお茶を淹れよう……。それから話すよ」
そうアーネストに淡々と返される。
相変わらず涼し気なまま、迎えに来てくれた時こそ少し辛そうに表情を歪める姿も見られたが、今は常のそれに戻っているようだった。
先ほどのキスだってアーネストにとっては、ほんのつかの間の余興のようにも思えて、
「……アーネスト、性格悪くなったんじゃない!?」
ショーティが嫌味たっぷりで告げると、
「そんなことはないよ、ショーティ。でも廊下は防犯カメラが作動しているし、できれば内密な話は部屋がいいかな」と、またさらりとかわされる。
「………っ!じゃあ、キスで煽るのは録られてもいいわけ!?」
「………良くはないね」
「だったらっ!」
言葉でアーネストに勝てたことはない。もう学生時代からずっと。けれど、聞きたいことは…山ほどあった。良くないのにエレベーターでのキスだとか、今回の騒動とか、どうしてキャサリンのホテルに迎えに来られたか等々…。
—————しかし。
「僕もね…限界だったんだ………」
涼し気に見えていたアーネストの言葉に、ショーティは毒気を抜かれたように一瞬、思考が止まった。そして状況を理解した後、更に顔を赤くしたショーティは、言葉が出ないままアーネストに促されるように玄関へと向かう。
「さあ…ショーティ」
アーネストがまずショーティを中へと誘う。
導かれるままに中に入り、ふわりと僅かに押し寄せる懐かしい感覚に、ショーティは思考を取り戻した。
家の香りだった……。
火星から帰ってきてここに足を踏み入れる間もなく、キャサリンに捕まってしまい戻れなかった場所。
……戻れなかった、か…とショーティはしみじみと思う。
いつの間にかここが『家』として自分の中で落ち着いていたことが感慨深かった。広すぎる室内に整理整頓されすぎた部屋や廊下は、自分にはあまり馴染みのないものだった。部屋なんて寝られればどこでもいいと思っていたショーティが、狭さなど意にも介さないはずの自分が…。
けれどもここが一番しっくりくるのだから……慣れちゃったんだなぁ…。とそう思う。
この部屋に初めて案内された時も初夏の匂いがしていたような気がした。
あの時はアーネストが行方をくらまして、自分が追いかけた。初めてこの部屋にアーネストが迎え入れてくれた時、正直言って嬉しかった。
—————ん?
そう思いながらも、アーネストに促されて入った室内のリビングでショーティは立ち止まった。そこでようやく、本来、駆けてくるだろう子犬の姿がないことに気付いたのだ。いや、あれから5ヶ月も経過しているのだから、もう子犬ではないはずだ。なのに、いない。
ここで思い返すのは、1週間帰れないと言ったアーネストからのメールだ。
——————本当に、アーネストは、どこで何をしていたのだろう。
子犬は、一人で面倒見切れなくなったのだろうか。
リビングで立ち尽くしていたショーティは、アーネストの姿を目で追った。すると彼は本当に紅茶を入れるらしくキッチンに向かっていた。そのままいつもの手際で紅茶を淹れる。今はなんでも機械がやってくれるが、茶葉からこだわりを持って淹れるアーネストの姿は5ヶ月前と変わらず、うん、やっぱり戻ってきたんだ、としみじみ思う。思うのだが—————それとこれとは話が別だ。
5ヶ月前の冬の日、アーネストは母親のエメラーダと再会して、……体調を崩した。あの時だって言ったはずなのだ。
話して、と。
どういえばアーネストに通じるのだろうか。
そんなことを考えているショーティの目の前のテーブルにカップが置かれた。ショーティは仕方なく椅子に腰を下ろすと、一口…口を付ける。
ふわり、と身体の中心の深いところに温かな何かが目覚めるようだった。
ああ、アーネストの味だ—————と、そう思った。
他でどれだけお茶を飲んでも、この味は忘れられなかった。
しかしそこではっと我に返り、違う違うと心中でつぶやく。自分は感慨に浸りたいわけではないのだ。
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