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記憶喪失、アーネスト視点
⑨
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陽は既に高くなっていた。
シャワーを再度あびたアーネストは、シャツにスラックスと簡単な装いに着替えリビングの窓辺で紅茶を飲んでいた。久しぶりに堪能できる紅茶の香りと味に、アーネストはほっとしたような優しい笑みを浮かべた。さすがに少しの空腹を覚えショーティの手料理を食べたいなと思うが、無理だろうなとも元凶である自分を自覚する。実際ショーティが気を失ってくれて助かったというのが、本音だった。アーネスト自身も知らなかったが、ショーティが記憶を取り戻したことが望外の喜びだったのだ。それに引きずられるように、身体が彼を欲した。彼の満足より自分の欲求を優先したのだ。ショーティの体の負担や危険になるとわかっていて、彼の中で何度果てただろう。………彼の喘ぎ声が、嬌声が、あの時とは違う涙が、よりアーネストを興奮させた。
アーネストは茶器をテーブルに置くと、ワインとチーズがあったかと思い台所に行こうとした時だった。玄関の鐘が来訪者を告げた。その音につられたように、子犬が自分の部屋から出てきてアーネストの足元にじゃれてくる。空中の画面をみると、玄関先の人物は事の起こりの元凶のカナン・フィーヨルドであった。玄関先でいつもの凶器の笑みを覗かせ、手をひらひらと振っていた。
「ショーティ、いる?」
ナチュラルブロンドの綿帽子のような髪に大きな青い瞳。相変わらずの美貌で部屋に入ってくるなり、甘い笑顔を満面に浮かべて尋ねた。
「…………いるけれど…」
それこそ月学園で同期のしかも同い年の人物であったが、相変わらず同年とは思えない雰囲気の人物であった。その人物の依頼であっても、あの状況で出てこられるのかははたまた疑問である。
「あ!お前!元気かぁ?」
しかしアーネストのそんな思惑はよそに、お目当てを見つけたらしいカナンは、子犬を抱き上げるなり叫んでいた。その美貌に似合わない雑な言葉遣いも相変わらずであった。
床に座り込んで子犬とじゃれるカナンは、アーネストを見上げながら
「なんか迷惑かけちゃってごめんな。で、なんとかなりそう?」そう告げてくる。
「ショーティに聞いてみるよ」
ショーティからの電話でカナン・フィーヨルドから犬を預かる由の話を受けたのは5日ほど前であったが、もしショーティにここ数日の記憶がなければ、昨日の台詞からすると覚えてなさそうだったが、彼はつい昨日のことと思ってしまうだろう。
アーネストは思わず苦笑を漏らした。
カナンと自分の茶器に紅茶を注ぎいれていたが、ふとアーネストは視線を感じカナンへと向く。
「カナン?」
お茶を差し出しながら、アーネストは聞く。
カナンはきょとんとしながら、
「何?」
「なんかさあ、アーネスト、すっげえ色っぽいの。オレが言うのもなんだけど、どきどきすんなあ」
ふんわりと柔らかな笑みを浮かべながら伝えるカナンに、アーネストは一瞬耳を疑った。おおよそカナン・フィーヨルドとは結びつかない台詞だったのだ。虚を突かれたが、次にふっと笑みをこぼした。
「じゃあ、ショーティには会わせられないな」
「え?」
金茶の瞳を細め満足そうに答えるアーネストに、カナンは意味を解せずに問い返す。
アーネストは衣服を整えていたが、髪は半乾きであった。リビングに差し込む日差しがアーネストの金茶の髪を煌めかせる。普段のアーネストならこんな半端な状態で客と相対しないのだが、気の置けない間柄である(と思っている)カナンにはまあいいか程度には考えていた。
「まあ、男に色っぽいって言われても嬉しかないよな」
そんなことはないのだけれどと思うが、そこには答えず笑みを返した。カナンはというと、一人納得したようにうんうんと頷いている。それから時計に視線を走らせた瞬間
「やべっ!」と叫ぶ。
「カナン?」
「オレ、12時からミーティングあるんだ、また来る。ショーティによろしくな!アーネスト!」
来る時も突然であったが帰る時も突然のカナンを呆れたように見送ったアーネストは、おもちゃを無くして急に物寂しくなったのか新たなおもちゃを発見したのか定かでないが、子犬がアーネストの足元にじゃれついてきた。
「とりあえず…お前は食事かな?」
「ウワン!」
ショーティから念のためと頼まれていた子犬用のドッグフードの箱をようやく開けることとなり、アーネストは安堵の笑みを浮かべたのだった。
記憶喪失編 アーネストver. END
~・~・~・~・~・~
記憶喪失編は、アーネストverにて終了!お付き合いいただきありがとうございます。
また『月について~』も書いてみたいこといっぱいあります。ぜひぜひ、またよろしくお願いいたします。
シャワーを再度あびたアーネストは、シャツにスラックスと簡単な装いに着替えリビングの窓辺で紅茶を飲んでいた。久しぶりに堪能できる紅茶の香りと味に、アーネストはほっとしたような優しい笑みを浮かべた。さすがに少しの空腹を覚えショーティの手料理を食べたいなと思うが、無理だろうなとも元凶である自分を自覚する。実際ショーティが気を失ってくれて助かったというのが、本音だった。アーネスト自身も知らなかったが、ショーティが記憶を取り戻したことが望外の喜びだったのだ。それに引きずられるように、身体が彼を欲した。彼の満足より自分の欲求を優先したのだ。ショーティの体の負担や危険になるとわかっていて、彼の中で何度果てただろう。………彼の喘ぎ声が、嬌声が、あの時とは違う涙が、よりアーネストを興奮させた。
アーネストは茶器をテーブルに置くと、ワインとチーズがあったかと思い台所に行こうとした時だった。玄関の鐘が来訪者を告げた。その音につられたように、子犬が自分の部屋から出てきてアーネストの足元にじゃれてくる。空中の画面をみると、玄関先の人物は事の起こりの元凶のカナン・フィーヨルドであった。玄関先でいつもの凶器の笑みを覗かせ、手をひらひらと振っていた。
「ショーティ、いる?」
ナチュラルブロンドの綿帽子のような髪に大きな青い瞳。相変わらずの美貌で部屋に入ってくるなり、甘い笑顔を満面に浮かべて尋ねた。
「…………いるけれど…」
それこそ月学園で同期のしかも同い年の人物であったが、相変わらず同年とは思えない雰囲気の人物であった。その人物の依頼であっても、あの状況で出てこられるのかははたまた疑問である。
「あ!お前!元気かぁ?」
しかしアーネストのそんな思惑はよそに、お目当てを見つけたらしいカナンは、子犬を抱き上げるなり叫んでいた。その美貌に似合わない雑な言葉遣いも相変わらずであった。
床に座り込んで子犬とじゃれるカナンは、アーネストを見上げながら
「なんか迷惑かけちゃってごめんな。で、なんとかなりそう?」そう告げてくる。
「ショーティに聞いてみるよ」
ショーティからの電話でカナン・フィーヨルドから犬を預かる由の話を受けたのは5日ほど前であったが、もしショーティにここ数日の記憶がなければ、昨日の台詞からすると覚えてなさそうだったが、彼はつい昨日のことと思ってしまうだろう。
アーネストは思わず苦笑を漏らした。
カナンと自分の茶器に紅茶を注ぎいれていたが、ふとアーネストは視線を感じカナンへと向く。
「カナン?」
お茶を差し出しながら、アーネストは聞く。
カナンはきょとんとしながら、
「何?」
「なんかさあ、アーネスト、すっげえ色っぽいの。オレが言うのもなんだけど、どきどきすんなあ」
ふんわりと柔らかな笑みを浮かべながら伝えるカナンに、アーネストは一瞬耳を疑った。おおよそカナン・フィーヨルドとは結びつかない台詞だったのだ。虚を突かれたが、次にふっと笑みをこぼした。
「じゃあ、ショーティには会わせられないな」
「え?」
金茶の瞳を細め満足そうに答えるアーネストに、カナンは意味を解せずに問い返す。
アーネストは衣服を整えていたが、髪は半乾きであった。リビングに差し込む日差しがアーネストの金茶の髪を煌めかせる。普段のアーネストならこんな半端な状態で客と相対しないのだが、気の置けない間柄である(と思っている)カナンにはまあいいか程度には考えていた。
「まあ、男に色っぽいって言われても嬉しかないよな」
そんなことはないのだけれどと思うが、そこには答えず笑みを返した。カナンはというと、一人納得したようにうんうんと頷いている。それから時計に視線を走らせた瞬間
「やべっ!」と叫ぶ。
「カナン?」
「オレ、12時からミーティングあるんだ、また来る。ショーティによろしくな!アーネスト!」
来る時も突然であったが帰る時も突然のカナンを呆れたように見送ったアーネストは、おもちゃを無くして急に物寂しくなったのか新たなおもちゃを発見したのか定かでないが、子犬がアーネストの足元にじゃれついてきた。
「とりあえず…お前は食事かな?」
「ウワン!」
ショーティから念のためと頼まれていた子犬用のドッグフードの箱をようやく開けることとなり、アーネストは安堵の笑みを浮かべたのだった。
記憶喪失編 アーネストver. END
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記憶喪失編は、アーネストverにて終了!お付き合いいただきありがとうございます。
また『月について~』も書いてみたいこといっぱいあります。ぜひぜひ、またよろしくお願いいたします。
応援ありがとうございます!
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