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後日談
ジェーンおばあ様.ver
しおりを挟む「それは本当に良かったですわ。ええ、わかりました。お待ちしていますわ」
ジェーン・マクリラールは通話を終えると、隣でたたずむ孫娘に視線を向けた。
孫娘キャサリンは、ふわりと長い金髪を赤いリボンで緩く纏めて、青い瞳でじっと見つめている。そして、
「今の、ショーティよね。何かあったの?」
やや心配そうに尋ねると、腕の中の白い子猫が、
「ミャー」と一声、ジェーンを促すように鳴いた。
子猫はシャムの混じったミックスだ。生後一か月程だろうか。
タイミングよく知人からもらい受け、今朝、届いたばかりだ。
ただキャサリンの腕の中で、子猫はだらりと両足を下げたまま薄青の瞳でジェーンを見上げている。
「あらあら、そんな抱き方をしてはかわいそうよ。ちゃんとおしりを」
手を差し伸べる祖母に言われるまま、慌てて子猫を抱き直すキャサリンは、先を促すように祖母を見つめる。
「記憶が戻ったのですって。夕刻にもご挨拶に寄るそうよ」
「! …記憶…戻っちゃたの…?……私のこと、忘れちゃったかなぁ……」
「あら、キャシーは覚えているでしょう?ショーティさんが知らない彼のことを知っているのよ。それって素敵じゃない?」
祖母のほほ笑む姿を見て、目を二度、三度と瞬かせたキャサリンは、うん、と頷く。
「そうよね、私、教えてあげるわ!ショーティが倒れていたところ。カプセル治療を受けていたとこ!」
「ミャウ」
意気揚々と告げるキャサリンの胸もとで子猫が鳴く。
その声に、ふと我に戻るかのようにキャサリンは肩を落とした。
思い出すのは、雨に濡れて熱を持った頬に、少しだけ潤んだ目元。
揺れる栗色の髪は触れてみたかった。
守ってあげなきゃと思った。けれど。
「……なんだか、あんまり格好良くないわ」
「まぁ。じゃあ、アーネストさんが来た時のお話をしてあげたらどう?」
祖母の提案に、キャサリンは少しだけ首を傾げる。
「あの時は……ショーティが治療受けて……」
そう、来たのだ。
ニューヨークからわざわざ。
なのに、会わずに…いや、カフェで偶然会ったのだが、そう、名乗らずに…帰った。
「ねぇおばあ様。……アーネストさんはどうして名乗らなかったの?」
それだけが不思議だった。
「記憶がないのだから、名前を教えてあげればよかったのに」
「そうね」
ジェーンは孫娘を柔らかな眼差しでみつめる。
当初、見ず知らずの、それも怪我人を拾ってきた、と聞いた時は本当に驚いた。
さらに記憶がなく、どうするべきかと迷ったが、データがショーティ・アナザーだと告げた時、その名に覚えがあり、検索し、照合した結果、問題ないと安心した。
若いながらもジャーナリストである彼は、春前に彼自身が出した記事で、世間を賑わせた。
それゆえ今回は本人と確認できたのだから、芸は身を助ける…。
「違うわね…」
ジェーンは適切な言葉が出てこずに思わずつぶやくが、
「おばあ様?」
キャサリンがやや不思議そうにその顔を覗き込む。
「あら、ごめんなさい…えっと何の話だったかしら?」
「だから、アーネストさんが名前を言わなかった理由」
「そうね……」
家族として、パートナーとして迎えにきたアーネストの対応は早かった。すべてを的確に処理し、連れて帰る算段さえ整っていたはずだろう。けれど、記憶を失くしたと告げた時の反応はまさに自失。
普通ならば名を伝え、関係を伝え、二人揃って自宅へと帰るのだろう。
けれど、彼はそうしなかった。
それは、彼らの関係に寄るところなのか。
ジェーンにはわからない。
酔いつぶれたショーティを送ってきたアーネストに、ニューヨークへ戻る決意をした、と伝えても、わかりました、と短く一言告げられた。
連れて帰らないの、と聞きたかったが、この二人はどこか良く似ている気がした。
性格は、どうやらショーティの方がやんちゃだわ、とジェーンは思う。
事故に逢ったばかりなのに、まさかアルコールを飲みすぎて倒れてしまうなど。
やんちゃを通り越して無謀だ。
「おばあ様ったら」
「あ、」
孫からの催促に、またも考え込んでいたことを知り、思わず苦笑。
「男の子は不思議ね。まるで意地の張り合い。さぞかし苦労するのでしょうね」
二人ともに、自分を認識して欲しいとの裏返しではないか、とそう思えるが、やはりそれぞれ考えはあるのだろう。
その一連のことをどのように話すべきか、と少しだけ思案する。
「男の子?二人とも大人よ?」
ジェーンの言葉に、キャサリンが首を傾げる。
「あら、そうね、ふふふ」
11歳のキャサリンからみると、23歳は確かに大人に見えるのだろう。
こぼれる金の髪に子猫が前足でじゃれついている姿を見て、ジェーンは思わず笑みをこぼす。
そこへ、プライベート回線からコールが鳴った。
「あら、キャシー。お父様からよ」
「え!?」
祖母が回線を開くのとほとんど同時に、
「“キャサリン!”」と力強い若々しい声が響いた。
「パパ!」
映し出された人物は車中にいるらしい。
やや暗い中ではあるが、窓から見える風景はキャサリンにも馴染みのあるところで、それは家の近所であることを示していた。
「あら、今日来るなんて言っていたかしら」
「“ひどいな、母さんが、知らない人を拾ったなんて言うから仕事の都合をつけて休みをとったんじゃないか”」
「知らない人じゃないわよ。ショーティ・アナザーって」
「“わかっているよ、キャサリン!良くみつけたな!”」
心なしか父親の声は弾み過ぎていて、やや興奮気味なのは否めない。
「ミャー、ミャ」
「パパの声で“ショーティ”が驚いてる。もっと静かに話してよ」
「ショーティ?いるのかい?彼が?」
「子猫よ。映像送ったでしょ?さっき届いたの」
画面に見せようとするが、子猫はキャサリンの腕の中でころりと転がった。そのまま肩口によじ登ろうとして、軽く爪をたてる。
「“ああ、そうか、いや、子猫の名前か。とにかく、キャサリン!あのアーネスト・レドモンと顔見知りになったのは、かなりでかいぞ”」
「わ、わ、“ショーティ”、どうしたの」
「あらあら、」
父の言葉もそこそこに、キャサリンの背中に今しも回り込もうとする子猫をジェーンが抱き上げる。しかし、父親も負けてはいない。
「“かのサリレヴァントCoに21歳にして社長就任、その腕前は折り紙付きの……”」
アーネスト・レドモンについて意気揚々と語るが、
「パパ!何を言ってるのかわからないわ!どうせもうすぐ着くんでしょ。それから話してよ」
父親の妙なテンションを娘は一蹴した。
キャサリンにとって、アーネストはショーティのパートナーで、綺麗で、変に……綺麗で。
「もう、もうもう!」
思い出すだけで妙な気分だった。
二人とも素敵だと思う。思うけれど、何か胸の中でもやもやとするものが生まれる。
子猫が爪を立てたのも少しだけショックだ。
そんな訳の分からない憤りを振り切るように、ぷん、とそっぽを向き、祖母の手から子猫を受け取り、ソファへと腰かけた。そして膝の上で子猫の顔をじっと見つめる。
「”……ねぇ母さん。キャサリンは何かあったのかい?“」
そんな親子の、以前の元気なやり取りを久しぶりに見たジェーンは、
「女の子はすぐ大人になるわよ」
ふふふ、とまたも小さく笑みをこぼす。
日々季節は移り替わる。
穏やかな日々がマクリラール邸に訪れるように、彼らにもそれが訪れるといいと思う。
けれど、穏やかな日々を彼らが望むかどうかは…ジェーンにはわからない。
ふふふ、とジェーンはまたも柔らかな笑みをこぼすのだった。
後日談 ジェーンおばあ様 End
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