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消えた……記憶…?
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scene 6
まどろみの中、ふっと、目を覚ましたショーティは、隣にアーネストがいないことを確認すると、やや気だるい身体を引きずるようにして、枕元にある時計を確認した。
しかし、その数字を捕らえることができず、
「何時…」と問いかけると、
『只今、8月27日 18時48分…32秒、33秒、34秒…』とどこか機械的な声が空中で小さく響く。
「……ああ、もうそんな時間…………」
だから部屋が暗いのか、とそう納得しながら、
「はぁ!?」
慌てて身を起こした。
しかし、力が入らずそのままベッドへと倒れ込む。
倒れ込んだまま天井を見上げ、ただ呆然と、なぜ…?と首を捻る。
仕事終了の昨日、突然、月学園での友人カナン・フィーヨルドに子犬を預かって欲しいと言われ、受け取った。
受け取ったのは、ジョージア州。
ニューヨークの自宅まで帰るにはゲージが必要だったし、さらに天候は嵐。
帰宅が遅くなる旨をパートナーであるアーネストへ連絡した。
電話口からこぼれる声に、その主に早く会いたくて、触れたくて…。
けれど、そんなことはおくびにも出さず、駆け引きさえも楽しんで……。
なのに、今ショーティは自宅にいる。
そして、昨夜、いや今朝のアーネストからの珍しいばかりの要求……。
思わず頬が赤く染まる。
「いや、いや、待って待って。違うから」
思わず声を出して否定し、その事実をひとまず脳裏から追い出して、記憶を整理する。
けれどやはり犬を受け取り自宅に帰るまでをまったく思い出せず、自身の切り札でもある腕時計型デバイスに向かってぽそり、と言葉をこぼした。
瞬時、起動音とともに空中に画面が現れた。
「オ久シブリデス。でーたハ全テ自宅PCニ移行サレテイマス。ドチラヲ戻シマスカ?」
「え?」
なぜだ、とまたも首を傾げる。
そもそもデータの移行など考えられなかった。
それは、ショーティではない第3者がデバイスを外した、ということなのだ。
ジャーナリストを生業としているショーティは、仕事上、様々な情報を取り扱うし、データの中には個人情報も入っている。
そのため、不測の事態を慮って、無意識化でデバイスが身を離れた時には回避措置を施している。
それが働いた、というのだ。
そして、自分にとっては昨日の出来事であるはずなのに、カレンダーでは1週間前の話である。
これは確かに不測の事態だ。
ベッドの上でしばらく唸っていたショーティだったが、このままでは埒が明かないと決意し、ゆったりとした足取りでリビングに向かった。
身にまとっているのはガウン一枚で、歩くたびに裾がひらりとめくれる。
そんな足元を思案しながらも見つめ、リビングのドアを開ける。と。
「おはようショーティ」
ふわりと柔らかな笑顔を向けて出迎えられ、瞬時ショーティは息を飲んだ。
今更ではあるが、やはりアーネストの微笑みには気品と言うか優雅なそれが含まれており、ドキリとさせられる。
何しろ、無意識下のことも含めると5年もの間片思いだった相手である。
手に入れて半年、思いの深さと言うものを考えれば、自分の方が大きいだろう。
髪一本さえも性感帯とならんばかりに愛されていても、やはり自分の方が彼を好きなのだ、と思ってしまう。
そして、そう思ういい例が、まさに目の前。
「なに、その犬」
リビングで本を読んでいたアーネストのひざの上で丸くなり、気持ちよさそうに腹を上下させて寝入っている子犬を指差し、ぽそりとこぼした。
今ひとつ事情を飲み込めない目の前で、妙に安心しきってアーネストに甘えている子犬が無性に腹立たしく感じられるのだ。
「たった今寝入ったところだよ。安心したのだろう?」
安心?何に?と言いたそうな視線を向けて、ショーティも定位置に腰掛ける。
反対に立ち上がったアーネストが、やんわりとショーティの膝上に子犬を下ろした。
「コーヒー?紅茶?」
「……紅茶」
彼らしい笑顔で促され、探るように見上げたショーティであったが、諦めたような口調で答える。
そして、手際よくお茶の準備が成されていく中、膝上で眠る子犬の背を軽く撫でてみた。
柔らかな毛並みが手の平にフィットし、規則正しく上下する丸い体が、笑みを誘う。
「黙ってれば、お前もかわいいのに」
「それが名前の由来かい?」
「え?」
「子犬の名前、“かなん”と呼んでいただろう?」
「カナン?」
犬を預けたてきた月学園の友人の名だった。
ふわふわ綿帽子のような金髪にブループラネットの瞳を持つ、一見すると生粋の北欧美人。
しかしながらその中身も同じというわけではないその彼の名前が突然出てきて、ショーティは首を傾げる。
「マクリラール夫人が二度ほどそう呼んだと言っていたけれど」
「………カナンに、犬がうるさい、と言ったような気はするけど……」
つぶやきを聞き、アーネストは小さく笑みを浮かべる
「………なるほど。では、名付けたのはマクリラールの方々、ということになるのかな」
「どういうこと?」
「カナン、犬がうるさい、と言ったのを“かなん(犬)、うるさい”と勘違いしたのでは?」
それだけでよく分かるな、と感嘆するショーティは、手際よく淹れられるお茶の香りにつられるように、そっと子犬に触れた。柔らかな毛並みと温かな体温が手の平をくすぐる。
そして、ふ、と気づく。
勘違い…?
誰が?
………マクリラール……夫人…?
「………それで、僕はいったい何をどうしていたのかも、アーネストは知っているの?」
さらりと、何でもないことのように、けれどごまかしはきかない、と言いたげに問いかけるショーティに、アーネストはふわりと美麗な表情に笑みを浮かべる。
まどろみの中、ふっと、目を覚ましたショーティは、隣にアーネストがいないことを確認すると、やや気だるい身体を引きずるようにして、枕元にある時計を確認した。
しかし、その数字を捕らえることができず、
「何時…」と問いかけると、
『只今、8月27日 18時48分…32秒、33秒、34秒…』とどこか機械的な声が空中で小さく響く。
「……ああ、もうそんな時間…………」
だから部屋が暗いのか、とそう納得しながら、
「はぁ!?」
慌てて身を起こした。
しかし、力が入らずそのままベッドへと倒れ込む。
倒れ込んだまま天井を見上げ、ただ呆然と、なぜ…?と首を捻る。
仕事終了の昨日、突然、月学園での友人カナン・フィーヨルドに子犬を預かって欲しいと言われ、受け取った。
受け取ったのは、ジョージア州。
ニューヨークの自宅まで帰るにはゲージが必要だったし、さらに天候は嵐。
帰宅が遅くなる旨をパートナーであるアーネストへ連絡した。
電話口からこぼれる声に、その主に早く会いたくて、触れたくて…。
けれど、そんなことはおくびにも出さず、駆け引きさえも楽しんで……。
なのに、今ショーティは自宅にいる。
そして、昨夜、いや今朝のアーネストからの珍しいばかりの要求……。
思わず頬が赤く染まる。
「いや、いや、待って待って。違うから」
思わず声を出して否定し、その事実をひとまず脳裏から追い出して、記憶を整理する。
けれどやはり犬を受け取り自宅に帰るまでをまったく思い出せず、自身の切り札でもある腕時計型デバイスに向かってぽそり、と言葉をこぼした。
瞬時、起動音とともに空中に画面が現れた。
「オ久シブリデス。でーたハ全テ自宅PCニ移行サレテイマス。ドチラヲ戻シマスカ?」
「え?」
なぜだ、とまたも首を傾げる。
そもそもデータの移行など考えられなかった。
それは、ショーティではない第3者がデバイスを外した、ということなのだ。
ジャーナリストを生業としているショーティは、仕事上、様々な情報を取り扱うし、データの中には個人情報も入っている。
そのため、不測の事態を慮って、無意識化でデバイスが身を離れた時には回避措置を施している。
それが働いた、というのだ。
そして、自分にとっては昨日の出来事であるはずなのに、カレンダーでは1週間前の話である。
これは確かに不測の事態だ。
ベッドの上でしばらく唸っていたショーティだったが、このままでは埒が明かないと決意し、ゆったりとした足取りでリビングに向かった。
身にまとっているのはガウン一枚で、歩くたびに裾がひらりとめくれる。
そんな足元を思案しながらも見つめ、リビングのドアを開ける。と。
「おはようショーティ」
ふわりと柔らかな笑顔を向けて出迎えられ、瞬時ショーティは息を飲んだ。
今更ではあるが、やはりアーネストの微笑みには気品と言うか優雅なそれが含まれており、ドキリとさせられる。
何しろ、無意識下のことも含めると5年もの間片思いだった相手である。
手に入れて半年、思いの深さと言うものを考えれば、自分の方が大きいだろう。
髪一本さえも性感帯とならんばかりに愛されていても、やはり自分の方が彼を好きなのだ、と思ってしまう。
そして、そう思ういい例が、まさに目の前。
「なに、その犬」
リビングで本を読んでいたアーネストのひざの上で丸くなり、気持ちよさそうに腹を上下させて寝入っている子犬を指差し、ぽそりとこぼした。
今ひとつ事情を飲み込めない目の前で、妙に安心しきってアーネストに甘えている子犬が無性に腹立たしく感じられるのだ。
「たった今寝入ったところだよ。安心したのだろう?」
安心?何に?と言いたそうな視線を向けて、ショーティも定位置に腰掛ける。
反対に立ち上がったアーネストが、やんわりとショーティの膝上に子犬を下ろした。
「コーヒー?紅茶?」
「……紅茶」
彼らしい笑顔で促され、探るように見上げたショーティであったが、諦めたような口調で答える。
そして、手際よくお茶の準備が成されていく中、膝上で眠る子犬の背を軽く撫でてみた。
柔らかな毛並みが手の平にフィットし、規則正しく上下する丸い体が、笑みを誘う。
「黙ってれば、お前もかわいいのに」
「それが名前の由来かい?」
「え?」
「子犬の名前、“かなん”と呼んでいただろう?」
「カナン?」
犬を預けたてきた月学園の友人の名だった。
ふわふわ綿帽子のような金髪にブループラネットの瞳を持つ、一見すると生粋の北欧美人。
しかしながらその中身も同じというわけではないその彼の名前が突然出てきて、ショーティは首を傾げる。
「マクリラール夫人が二度ほどそう呼んだと言っていたけれど」
「………カナンに、犬がうるさい、と言ったような気はするけど……」
つぶやきを聞き、アーネストは小さく笑みを浮かべる
「………なるほど。では、名付けたのはマクリラールの方々、ということになるのかな」
「どういうこと?」
「カナン、犬がうるさい、と言ったのを“かなん(犬)、うるさい”と勘違いしたのでは?」
それだけでよく分かるな、と感嘆するショーティは、手際よく淹れられるお茶の香りにつられるように、そっと子犬に触れた。柔らかな毛並みと温かな体温が手の平をくすぐる。
そして、ふ、と気づく。
勘違い…?
誰が?
………マクリラール……夫人…?
「………それで、僕はいったい何をどうしていたのかも、アーネストは知っているの?」
さらりと、何でもないことのように、けれどごまかしはきかない、と言いたげに問いかけるショーティに、アーネストはふわりと美麗な表情に笑みを浮かべる。
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