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開き直り
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scene 4
見惚れた、確かにそれはいえるが、だからと言って心の中の蟠りがなくなるわけではない。
さらに、引きずられるように街道から少し離れたところまで連れていかれれば、不機嫌にもなるだろう。
ぐっと足に力を込めて、それからやや乱暴に腕を振り切る。
「何の、つもり?」
「それはこちらの台詞だろう?」
端正な横顔がどこか苛立っているようにも見えるが、そもそも。
「教えてくれないのに、僕は答えなきゃいけないわけ?」
言葉の応酬だった。それが嫌で逃げ出したのに、なぜ追いかけてきたのか。
薄暗い街灯の影になる表情を、しかし青年ははっきりとは見せてくれない。
「ショーティ、君は今、記憶をなくしていると言ったね?」
やはりどこか冷静にも聞こえる言葉が、さらに苛立ちを募らせる。
「言ったよ!それがなに?何か迷惑かけてる!?」
「ショーティ!」
一瞬の激昂。
振り返った表情は怒りというよりも辛そうで、ショーティは思わず次の言葉を飲み込んでしまった。
そのまま、虚を突かれたように青年の顔をじっとみつめる。
しかし、青年はその視線から逃れるように背を向け、小さく息を吐きゆっくりと歩き始めた。そして歩調と同じくゆっくりと口を開く。
「…マクリラール夫人や僕が君をショーティと呼び、更にデータで君は自身をショーティ・アナザーだと認識した。けれど、記憶があるわけじゃない。その名が、実は違うと言えなくはないだろう?僕は確かに君を知っている。だが、それを話したところでどうなる?君に記憶がないのなら、それは僕の知るショーティ・アナザーであって、君じゃないんだ」
声がどこか苦しげで、そのまま黙り込んで歩く青年に、ショーティもまた知らず足を踏み出す。
昔から変わらぬ石畳の道が、コツコツと靴音を響かせる。忘れていたかのような夏の暑さが周囲を踊る。まるで、息遣いさえも聞こえそうなその静けさの中、地表に作られた青年の影を、青年の足元を、そのすっきりとした背中を、揺れる金茶の髪を、見上げる視線が、満月を……捉えた。
青年の頭上に輝く……満月。
『月の学園で…一緒だったかな』
青年の言葉がよみがえる。
おもしろそうだな、と聞いたときに、思った。
いや、そこに居た、のだ、と自分に言い聞かす。
そして、青年ごと月を見た。
満月が、白い光を放ち、青年と一緒に瞳の中に在る。
青年もまたその月を捉えているかのような視線の角度であったが、不意に光が跳ねた。
つい、と向けられる視線。
瞬間、目が合う。
何を言うでもなく、何を言われるでもなく、確かに、とショーティは心の中で頷いた。
「つまり、……僕が僕自身によって思い出さなければ、意味を成さない?」
問いに青年は、まっすぐにみつめ返した。
月光を受ける瞳と髪が金色を呈し、綺麗だと素直に思えた。
そして、やはり、知っている、と実感する。
どこかで、この視線とみつめ合った気がする、と。
「…それは、僕にとって?それとも————あなたにとって?」
更に短く問い掛けると、
「……皆だよ。君の両親や友人、…その全て」
「ふーん」
もう一度月光を仰ぐショーティは、そのまま薬指のリングに視線を走らせる。
キャサリン曰く“運命の人”
妙な感覚だった。
この青年はいったい何者なのか……。
………とはいえ、どちらにしても。
ため息とは違う息を吐き、肩の力を抜くと自然、笑みがこぼれる。
なぜだかそれがあまりに自分らしく感じられて、悪態さえつきたくなる。
考えても仕方がない。ならば!
「……パ~っと、遊びたいな。付き合ってくれるよね?」
吹っ切れたかのような口調で告げると、そのままにっこり、と笑みを浮かべる。
次に虚を突かれたのは青年の方であったが、それはほんの一瞬のこと。すぐに、
「高いのだろう?」と先ほどのやりとりを真似てみせる。
「それは…」
ショーティは、どこまで聞いていたんだか、と青年をあきれたような表情で睨んだが、ふと思い出したように表情を引き締め、左手薬指に軽いキスを落とす。
「あなたはきっと、この人のことも知っているんだよね。でも、言わないんだ」
「…………」
ちょうど街灯と街灯の間にさしかかり、青年の表情に影を落とした。その偶然に、ドキリと心臓が鼓動を叩く。意味がありそうな、しかし、あまりにタイミングが良すぎて尋ねる言葉が出てこない。
ただただ沈黙が流れ………。
「ご、めん。僕もこりないなあ。それに負けん気強いし、うだうだするのは嫌い。ね、僕の自己診断、合ってる?」
「そうだね」
「Yes!」
青年の答えに、ショーティはぐっと腕に力を入れる。
「ビリヤードにダーツ、簡易カジノにもぐりこむのもいいなあ」
先程よりも幾分も軽快に歩き出すショーティに、青年もようやく軽い笑みを浮かべるのだった。
見惚れた、確かにそれはいえるが、だからと言って心の中の蟠りがなくなるわけではない。
さらに、引きずられるように街道から少し離れたところまで連れていかれれば、不機嫌にもなるだろう。
ぐっと足に力を込めて、それからやや乱暴に腕を振り切る。
「何の、つもり?」
「それはこちらの台詞だろう?」
端正な横顔がどこか苛立っているようにも見えるが、そもそも。
「教えてくれないのに、僕は答えなきゃいけないわけ?」
言葉の応酬だった。それが嫌で逃げ出したのに、なぜ追いかけてきたのか。
薄暗い街灯の影になる表情を、しかし青年ははっきりとは見せてくれない。
「ショーティ、君は今、記憶をなくしていると言ったね?」
やはりどこか冷静にも聞こえる言葉が、さらに苛立ちを募らせる。
「言ったよ!それがなに?何か迷惑かけてる!?」
「ショーティ!」
一瞬の激昂。
振り返った表情は怒りというよりも辛そうで、ショーティは思わず次の言葉を飲み込んでしまった。
そのまま、虚を突かれたように青年の顔をじっとみつめる。
しかし、青年はその視線から逃れるように背を向け、小さく息を吐きゆっくりと歩き始めた。そして歩調と同じくゆっくりと口を開く。
「…マクリラール夫人や僕が君をショーティと呼び、更にデータで君は自身をショーティ・アナザーだと認識した。けれど、記憶があるわけじゃない。その名が、実は違うと言えなくはないだろう?僕は確かに君を知っている。だが、それを話したところでどうなる?君に記憶がないのなら、それは僕の知るショーティ・アナザーであって、君じゃないんだ」
声がどこか苦しげで、そのまま黙り込んで歩く青年に、ショーティもまた知らず足を踏み出す。
昔から変わらぬ石畳の道が、コツコツと靴音を響かせる。忘れていたかのような夏の暑さが周囲を踊る。まるで、息遣いさえも聞こえそうなその静けさの中、地表に作られた青年の影を、青年の足元を、そのすっきりとした背中を、揺れる金茶の髪を、見上げる視線が、満月を……捉えた。
青年の頭上に輝く……満月。
『月の学園で…一緒だったかな』
青年の言葉がよみがえる。
おもしろそうだな、と聞いたときに、思った。
いや、そこに居た、のだ、と自分に言い聞かす。
そして、青年ごと月を見た。
満月が、白い光を放ち、青年と一緒に瞳の中に在る。
青年もまたその月を捉えているかのような視線の角度であったが、不意に光が跳ねた。
つい、と向けられる視線。
瞬間、目が合う。
何を言うでもなく、何を言われるでもなく、確かに、とショーティは心の中で頷いた。
「つまり、……僕が僕自身によって思い出さなければ、意味を成さない?」
問いに青年は、まっすぐにみつめ返した。
月光を受ける瞳と髪が金色を呈し、綺麗だと素直に思えた。
そして、やはり、知っている、と実感する。
どこかで、この視線とみつめ合った気がする、と。
「…それは、僕にとって?それとも————あなたにとって?」
更に短く問い掛けると、
「……皆だよ。君の両親や友人、…その全て」
「ふーん」
もう一度月光を仰ぐショーティは、そのまま薬指のリングに視線を走らせる。
キャサリン曰く“運命の人”
妙な感覚だった。
この青年はいったい何者なのか……。
………とはいえ、どちらにしても。
ため息とは違う息を吐き、肩の力を抜くと自然、笑みがこぼれる。
なぜだかそれがあまりに自分らしく感じられて、悪態さえつきたくなる。
考えても仕方がない。ならば!
「……パ~っと、遊びたいな。付き合ってくれるよね?」
吹っ切れたかのような口調で告げると、そのままにっこり、と笑みを浮かべる。
次に虚を突かれたのは青年の方であったが、それはほんの一瞬のこと。すぐに、
「高いのだろう?」と先ほどのやりとりを真似てみせる。
「それは…」
ショーティは、どこまで聞いていたんだか、と青年をあきれたような表情で睨んだが、ふと思い出したように表情を引き締め、左手薬指に軽いキスを落とす。
「あなたはきっと、この人のことも知っているんだよね。でも、言わないんだ」
「…………」
ちょうど街灯と街灯の間にさしかかり、青年の表情に影を落とした。その偶然に、ドキリと心臓が鼓動を叩く。意味がありそうな、しかし、あまりにタイミングが良すぎて尋ねる言葉が出てこない。
ただただ沈黙が流れ………。
「ご、めん。僕もこりないなあ。それに負けん気強いし、うだうだするのは嫌い。ね、僕の自己診断、合ってる?」
「そうだね」
「Yes!」
青年の答えに、ショーティはぐっと腕に力を入れる。
「ビリヤードにダーツ、簡易カジノにもぐりこむのもいいなあ」
先程よりも幾分も軽快に歩き出すショーティに、青年もようやく軽い笑みを浮かべるのだった。
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