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第1章 転生令嬢たちは決意する。

08. 姉妹は憩う。

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それからの日々は、特に何か起こることもなく淡々と過ぎていった。

もともと、何かない限りは子供に無関心な両親なのだ。
母が張り切りまくる社交シーズンにちょうど突入したこともあり、それ以降は干渉を受けることなく平和な日々を過ごしていた。

アーテルもルチアも、前世の記憶がよみがえったショックはだいぶ落ち着き、その記憶も意識に馴染んできたように思える。──もちろん、互いのそのについては、知らないのだが。

それ以来、アーテルは実母の死後から目を逸らし続けていた問題に少しずつ向き合おうと、家令と話をしたり、あれこれ書物や資料を読み漁ったりしていた。

ルチアも、今までは使用人たちにされるがままだった自身の体の管理に気を配るようになり、長年の平民暮らしで傷んだ髪や肌をせっせと労った。


そして、あの日以降アーテルとルチアの距離はぐっと縮まり、毎日のお茶の時間を一緒に過ごすことが日課になった。
最初こそ探り合いのようになってしまったが、今ではお互いにだいぶ慣れて、今までのけして近づくことのなかった期間を埋めるように、色々な話をした。
好きなお茶やお菓子、本、花などなどの好きなものの話や、魔法の話。

そして、最近は──


「あら。ルチア、気をつけて。またが出ているわ」
「あっ⋯⋯ごめんなさい、お姉さま」

紅茶を飲もうとしたルチアに向け、アーテルが注意する。
とは言っても、そこに刺々しさはない。
対するルチアも、照れくさそうにしている。

「だめですね、どうしてもやってしまいます」
「今までマナーを教えてもらうことがなかったからでしょう?少しずつ慣れていけばいいわ」
「はい。教えてくれてありがとうございます、お姉さま」

今回アーテルが注意したのは、ルチアのカップの持ち方だ。彼女はどうしても、取っ手に指を通して持ってしまうのだ。
しかしこれは長年の癖であるようで、なかなか直らないようだ。

(このくらいは教えてあげておいてほしかったけれど⋯⋯)

ルチアへの接し方であれだけアーテルを目の敵にしている継母だが、それではその母親自身は娘に対してどうかというと、彼女にマナーやエチケットの類をまったくと言っていいほど仕込んでいなかったようなのだ。
お母さまは忙しそうだったから、なんてルチアは寂しそうに言っていたが。

(⋯⋯まぁ、平民として生きていくのならいいのでしょうけれど)

だが、今ルチアは貴族なのだ。
来年にデビュタントを迎える令嬢としては、看過していい問題ではない。

それでも、アーテルも最初は注意をしていいものか迷ったのだ。
あれだけ辛く当たっていたアーテルが作法に口出しするのは、嫌がらせに見られないかと。
脱"悪役令嬢"を目指すことにした彼女にとっては、由々しき問題だ。

だが、そんな保身のような考えはもう捨てた。

あの両親は基本的に子供たちを放任しているし、使用人が仕える相手であるルチアにあれこれ注意できるとも思えない。
それでアーテルまで放置しては、結局ルチアが困ると考えを改めたのだ。

だから、極力言い方や声色には注意をしながら指摘をして、さらに正しいやり方や改善法を教えるようにした。
最初はまた妹を虐めるのかと恐々としていた様子のルチア付きの侍女たちも、今ではむしろ感謝してくれているのではないかと、アーテルは勝手に思っている。

(いや、でも──を除いて、かな)

そう思いつつ、不躾にならない程度にちらりと視線を向ける。
そこには、茶の給仕役に立つ年かさの侍女がいた。

確か、メラニーとかいったか。
非常に有能な侍女で、侍女長に就くという話も出ていたが、ルチア付きから外れることを嫌って断ったとか何とかと、アーテルは聞いたことがあった。

それだけルチアへの思い入れが強いのだろう。
彼女のアーテルに対する視線は、まだ和らがない。

(まぁ、今までのアーテルの所業を思い返すに、むしろ妥当なのだけれど)

そのことについてメラニーを責めるつもりはない。
それだけ以前のアーテルの言動が酷かったのだ。

(それでも⋯⋯私たちの関係性は、少しは改善しているかしら?)

屈託のない笑顔を向けてくれるルチアを可愛いと思いながら、アーテルもお茶を味わった。



(ふふ⋯⋯お姉さまとのお茶の時間!)

ルチアはご機嫌でお茶を飲んでいた。
先程、姉から作法で注意を受けたが、それさえもうれしい。
だって、ほんの少し前までは目すら合わせてもらえなかったのだから。

(でも、さすがに何度も同じ注意を受けるのは恥ずかしいし、お姉さまにも申し訳がないわ)

特に先程受けたカップの持ち方の注意は、もう数えきれぬほど言われている。
アーテルは、染みついた癖はなかなか直らないから気長に頑張ろうと励ましてくれるが、それがなおさら居たたまれない。

(⋯⋯それにしても、本当にお姉さまアーテルは変わったわ。どうしてだろう?)

ルチアは内心首を傾げる。
高慢そのものだった以前の姉は、もう欠片も見られない。

最初こそ何を企んでいるのかとルチアは警戒していたが、アーテルの誠意ある対応を受けるうちに、すっかりそんな気持ちもなくなってしまった。
今は美しく気品ある姉を純粋に慕う気持ちでいっぱいだ。

(何か変わるきっかけ⋯⋯うーん、あの魔法の事故?)

前世の記憶によれば、おそらくあの事故でルチアは光魔法に目醒めたのだ。
目撃者である家庭教師は特に何も指摘してこないし、両親にも何も報告していないようなのが不思議ではあるが、光魔法には使い手が絶えて久しいという謳い文句があった気もするし、もしかするとその正体に気づかれなかったのかもしれない。

(あのとき、なんだかキラキラしたものを見た気がするんだよね⋯⋯)

光の粒子のようなものが姉の方に伸びた記憶が、朧げながらもある。

(光魔法には浄化とか解呪とか、そんな感じの効力があるって『白薔薇』にも出てきてたし⋯⋯もしかして、それ?)

光魔法で邪悪なアーテルの心が浄化され、改心した。
光魔法の効力がどこまで有効なのかは知らないが、理由としては一番納得できる気がする。

(まぁ理由は何であれ、ルチアわたしにとってはありがたいことよね!)

小難しく考えてもしょうがないかと、ルチアは頭を切り替え、伯爵家のシェフ自慢のスイーツにフォークを伸ばし、口に放り込んだ。

「⋯⋯ルチア、ケーキスタンドから取ってそのまま口に入れては駄目よ」
「あっ!」

淑女への道は遠いと、ルチアは頭を抱えた。
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