7 / 22
第1章 転生令嬢たちは決意する。
07. 両親は騒々しい。
しおりを挟むルチアとアーテルがしんみりとしつつと姉妹としての絆を強めていたときだった。
何やら慌ただしい足音が聞こえてきたかと思うと、ルチアの部屋のドアが事前のノックもなく勢いよく開いた。
「ルチア!大丈夫か⁉︎」
「あたしの可愛いルチア!可哀想に、またあの性悪娘にイジメられたのね!」
突然の乱入者は姉妹の両親だった。
彼らの後ろから止めきれなかったのだろう侍女が、申し訳なさそうに小さくなって入って来る。
両親は室内を見回し──応接スペースにいる姉妹に気づいて表情を険しくした。
「アーテル、貴様!ルチアに何をしている!」
「可哀想にルチア、どうしたの?まぁなんてことかしら!ひざまずくように強制されたのね!」
両親が騒がしく近寄ってくる。
継母の言葉にアーテルがはっとした。確かに彼女の前にルチアが膝を折っている状況は、傍目にはそう見えるだろう。
両親の勘違いに気づいたルチアが慌てて立ち上がった。
「ちがいますお母さま!これは──」
「まぁああ!泣いていたのルチア⁉︎ この女に泣かされたのね!」
「だからお母さま、ちがいま──」
「あなたは優しい子だものね、でもこの女のことを庇わなくてもいいのよ!」
ルチアがあわあわしながらも必死に話す言葉を、母親は片っ端から叩き折っていく。
「そうだルチア!このアーテルの魔法が当たったのだろう?本当にこいつは恐ろしいことをする!」
「あたし、本当に心配したのよ?よかったわ、顔に傷はないわね!」
父親も加勢して、事態は余計に混沌としてくる。
そもそも、倒れた娘を心配して部屋にやって来るときの勢いでないとしか思えないのだが。
アーテルはそう思うも、これに関しては元凶な自覚があるので、何も口を挟めなかった。
「もう!聞いてください!お父さま!お母さま!」
とうとう、ルチアが大きな声を出した。
話を聞かない両親に遠慮などしても無駄で、それ以上の大声を出すしかないと、彼女が悟った瞬間だった。
どちらかと言うと内気で大人しい部類に入るルチアの珍しい大声に、両親はさすがに驚いたのかその勢いが止まる。
「お父さまもお母さまも勘ちがいをされています!アーテルお姉さまの魔法については事故だったんです!」
「事故ぉ?そんなわけがあるか!」
「様子を見てた家庭教師の先生もそうおっしゃってるんです!それに、お姉さまにはもう謝っていただいてます!わたしもこの通り無事ですし、何も問題ありません!」
訝しげな父に対し、ルチアははっきりと言い切った。
言ってやった!と興奮気味に息をつく。
アーテルはその様子を呆然と眺める。
この押しの強い両親にやり込められてばかりだったルチアが、こんな風に言い返しているのを見るのは初めてだった。
そしてそれは、両親もそうだったのだろう。
大人しいと思っていた娘の予想外の反撃に、あっという間にたじたじになっているようだった。
「ル、ルチア、どうしたんだお前」
「そうよ、そんなこと言う子じゃなかったのに⋯⋯──まさか、この女に何か吹き込まれたの⁉︎」
継母の目がアーテルを向く。彼女はどうしても前妻の子を悪者にしたいらしい。
ルチアの目がじとりと母親を向いた。彼女が親にそんな目を向けるのも初めてだ。
「やめてくださいお母さま。お姉さまに失礼です」
「だけど⋯⋯アーテルに泣かされたのではないの?」
「ちがいます、これは⋯⋯わたしが勝手に泣いたのです。お姉さまの言葉がうれしくって」
母親はまだ疑ぐり深そうにルチアを見ていたが、彼女の一切引かない様子を見て諦めたものらしい。
不服そうにしながらも、それ以上言うのを止めた。
「しかし、魔法の事故とはな。魔法の扱いには天才的と評価を受けていたお前が、なぁ」
「本当にねぇ。調子に乗っていたからバチが当たったんじゃないの?」
すぐに代わりの口実を見つけてネチネチ言ってくる両親に、アーテルは冷めた表情を向けた。
「おっしゃる通り、私は慢心していたようです。次からは初心に戻って研鑽に励むつもりです」
「今回は運良くルチアが無事だったけど⋯⋯ねぇ?女の命である顔に何かあったらどうしてくれるつもりだったのかしら」
女の命の顔か、とアーテルは内心で吐き捨てる。
我が娘の命を第一に挙げない時点で、やはりこの継母は、前世の意識が混じったアーテルとは相入れないと実感する。
「お母さま、やめてください。もうすんだ話です」
「ふん⋯⋯ルチアに免じてこのくらいにしてあげるわ。次はないと思いなさい。今度ルチアに何かしたら許さないわよ。覚悟なさい」
はいと返事をしながら、珍しくもすぐに引き下がったと、アーテルは意外に思いつつ継母を見た。
もうしばらくネチネチねちねち、嫌味が続くかと思っていたのだ。
以前の自分であれば、嫌味攻撃が始まるようなら、その辺のものを引っくり返して─もちろん、ルチアの部屋であることは承知の上だ─暴れて、無理やり話を打ち切っていたのだが。
今の彼女にはそんなことをするつもりはなかったため、最後まで付き合わなければならないかと覚悟していたのだ。
そんなことを思っていると、控えめに部屋の扉がノックされた。
どこか弾んだ声で母が返事をすれば、扉の向こうから執事の声がする。
「奥様、仕立て屋の方たちがいらっしゃいました」
「来たのね!今行くわ!」
母の顔が一気に明るく輝き、うきうきした様子を隠すこともなく出て行った。
あなた!と呼ばれ、父親もついていく。
(ああ⋯⋯だから私への追撃を止めたのね)
仕立て屋の方が大事だと。脱力しながらアーテルは思う。
両親は入ってきたとき以上の勢いで出て行った。
もちろん、娘たちを一瞥することはない。
──これが両親か、とアーテルは息をついた。
もとは男爵家の庶子ではあったものの、十数年の市井暮らしから伯爵家にやって来て、贅沢をすることに忙しい継母と、長年の浮気相手らしい後妻に頭が上がらず、咎めもせず進んで財産を注ぎ込む父。
アーテルは、両親が自身を邪険にするのに対し、愛を一身に注がれているルチアに憎悪を燃やしていたようだが、冷静に見てみるとその実態は違う。
彼らは確かにアーテルを目の敵にしているが、かといってルチアに人並みの愛を注いでいるとも言い切れない。
それはつい先程の様子を見ただけでも明らかだ。
とはいえ、アーテルの認知や人格が歪んだのは当然と思えてしまう。
(これからあの二人の相手を当たり障りがない程度にするのね。頭が痛いわ⋯⋯)
ルチアがまともで、アーテルの側についてくれていることが唯一の救いか。
これからの生活を思い、アーテルはため息を禁じえなかった。
──これが両親か、とルチアは息をついた。
それでも実の親だからと、以前までのルチアは一心に慕っていたが、今のルチアにはまったくそんな気持ちは湧かない。
何を言おうとしても自分たちの思い込みを押し通そうとする姿に、ルチアとしては覚えたことのない苛立ちを感じたほどだ。
しかも、アーテルに対する態度がいただけない。
彼女は悪者だと最初から決めてかかっている様子がありありとわかるからだ。
終始こんな調子だと言うのなら、アーテルがあそこまで性格を歪めてルチアに当たってしまったことも理解できる。
(こういう人たち、なんて言うんだったっけ?──あぁそうだ、"毒親"だ)
前世の知識から彼らを表すのにぴったりの言葉を引き出すと、ルチアは思わず遠い目になってしまった。
(あの人たちをこの先相手にしていくのね。あしらうのがすごく大変そう)
よくわからないが、アーテルが改心してくれたのが唯一の救いか。
これからの生活を思い、ルチアはため息を禁じえなかった。
──二人の令嬢の前途は、多難であるらしい。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
647
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる