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第1章 転生令嬢たちは決意する。

05. 姉は謝罪する。

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「ええと、その⋯⋯いかがなさいましたか、アーテル様」
「ルチアのことが心配で来たのよ。彼女は大丈夫?」
「一度お目覚めになりましたが、まだ本調子ではないようです」
「そう⋯⋯お話はできるかしら?少しだけ会わせてちょうだい」

ルチアの部屋の前。
扉を庇うように立つ侍女数人に対するのは、アーテルだった。
しばらく部屋で茫然自失としていた彼女は、今すべきことを考えた結果、こうしてルチアの部屋にすぐさま来た次第だ。

「ルチア様はお休みになっていますので、また改めてお越しください」
「⋯⋯少し顔を見るだけでいいの。無事かだけ確認させて」

お願いだとアーテルが頼めば、侍女たちは顔を見合わせあった。
主のために通してはならないと思いつつも、アーテルがこうも下手したてに出ているから困惑しているのだろう。

(それもそうよね。以前の私なら例え自分の方に用事があっても、ルチアを自室に呼びつけているわ)

それこそアーテルの認識としては、ルチアは妹ではなく使用人かそれ以下の存在だった。
ただ、父がルチアを可愛がっていたために、それを堂々と表に出せなかっただけで。
とはいえ、ルチアが黙って耐えるのをいいことに、陰湿な嫌がらせはしていたのだが。

侍女たちは迷いながらも、それでもアーテルのことを信用しきれないのだろう。扉の前からは退いてくれない。
自分のこととはいえここまで信用がないとはと呆れながらも、どうしようかと考える。

(うーん⋯⋯起きたら教えてとお願いしてまた来ようかしら。でも素直に教えてくれるかな)

この様子なら、徹底的にルチアを護り通しそう──と思っていると、がちゃり、と侍女たちの背後のドアが開いた。
その場の全員がはっとしてドアを見つめれば、細く開いた隙間から白金髪の可愛らしい少女が顔を出した。

「⋯⋯あの、話し声が聞こえたので。どうしましたか?」

ルチアである。
侍女が口を開く前にと、アーテルは彼女に声をかけた。

「ルチア!元気そうでよかったわ。⋯⋯ええと、少しお話があって来たのだけれど」

ルチアが怪訝そうに眉を寄せる。
それもそうだろう。先程魔法で攻撃してきた相手が、話があると来たところで不信感しかないはずだ。

(⋯⋯そういえば、前世の記憶が戻ったことに動揺しすぎて気にしていなかったけど、どうしてルチアは無事なのだろう)

今さらながらにそんなことを思った。
そういえば、あのとき──アーテルの風魔法がルチアに当たる寸前、光の膜のようなものが彼女を覆っていた。
防御魔法とか、そんな感じだろうか。

(でも、確かルチアは魔法が使えないはずだったし。全属性使えるアーテルの記憶にも、あんな魔法の心当たりはないんだけど⋯⋯)

それも一緒に聞けばいいかと思ったが、彼女や侍女たちの反応を見るに、実現するかは怪しいところだ。

「⋯⋯わかりました。わたしの部屋でよければどうぞ」

しばらく考え込んでいた様子のルチアは、やがて小さく頷くと、ドアを大きく開いた。
途端に侍女たちが、ルチア様!と咎めるように言う。
それに対し、彼女はふんわりと微笑んでみせた。

「アーテルお姉さまがわざわざ来てくださるだなんて、初めてだもの。うれしいわ」

その一言に、お姉さまとアーテルを慕いながらもすげなくされ、悲しそうにしていた顔がよぎった。

(な、なんて健気な子なの?しかも可愛い!まさしくヒロイン!)

撫でくりまわしたい衝動にかられながら、アーテルは少しだけ前世のことを思い出していた。
そういえば──前世の自分は下にきょうだいが何人もいた気がする、と。


ルチアの部屋の応接用のスペースに通された。
侍女たちはお茶を淹れますと一緒に中に入りながら、アーテルのことを油断なく見ている。今までの所業を思い返せば、当然と言えば当然か。

「それで、お姉さま。お話というのは?」

向かい合わせにソファに座ると、早速ルチアが切り出した。
アーテルは、居ても立っても居られずに部屋を飛び出してきた気持ちのままに、頭を下げた。

「──ごめんなさい、ルチア」

その瞬間、かしゃん、と陶器か何かがぶつかる音がした。
頭を下げたまま横目で窺うと、青い顔をした侍女がカップの無事を確かめていた。──どうやら、アーテルが頭を下げて謝る様に驚いたものらしい。

「お、お姉さま、頭を上げてください。どうしたんですか?」
「⋯⋯私の魔法の暴走に、貴女を巻き込んでしまったわ。もしかしたら命も危なかったかもしれない。頭を下げるくらい当然でしょう」

むしろ軽いくらいだわ、と言い切る。
"魔法の暴走"ということにしてしまったが、仕方がないだろう。今のところそれで話が済んでいるようなので、混ぜ返すのも恐ろしい。

そう考えながらも依然頭を下げていると、ルチアがあわあわしながらアーテルの側までやってきて、そこに膝を折った。

「頭を上げてください、お姉さま!わたし、本当に大丈夫です!」
「本当に?どこにも怪我はないの?」

微笑んで、はい!と頷くルチア。柔らかそうな白金髪が揺れる。

「それならよかったわ。不幸中の幸いというものね」
「はい。⋯⋯えっと、お姉さまは大丈夫ですか?」
「私の心配をしてくれるの?⋯⋯ありがとう、優しい子ね」

殺されかかっておきながら、その相手を心配するだなんて。
今までに散々嫌がらせをしてきた相手なのに、疑うということを知らないのだろうかと、むしろ心配になるほどだ。

(⋯⋯本当に、見た目通りに心まで清いってことなのね)

それに対し自分は⋯⋯と、少し気分が沈む。

(こんな素直で可愛らしい子を一方的に恨むだなんて。確かにアーテルの置かれた状況も可哀想ではあるけれど、ルチアに罪はないのに)

そんな自分は、まさしく悪役令嬢だったのだと思う。
追放なり奴隷落ちなり処刑なり、されても仕方がない。

(だけど、もう間違わないわ)

このヒロインのような可愛らしいルチアを見守りながら、ひっそりと生きていこう。
悪事を働かなければ、きっと無事に生き延びられるだろう。
そのためにも──

(私の前世の知識を総動員して、フラグを全部避けてみせる!)

アーテルは心に誓った。
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