上 下
4 / 22
第1章 転生令嬢たちは決意する。

04. 妹も戦慄する。

しおりを挟む

たいそう心配してくれていたのに申し訳なかったが、一人でゆっくり休みたいからとやんわり告げて、侍女には部屋から出てもらった。
そうやって一人きりになった部屋の中、ルチアはそっとベッドから抜け出すと、鏡台の前に座った。

向き合った鏡の中には、プラチナブロンドにピンクの瞳をした、たいそう可愛い美少女がいる。

「これって⋯⋯確か、ルチアだよね。『白薔薇』の。
──え?つまり生まれ変わったの?それで、ここっての世界?」

意識を失っている間に、彼女は自分の前世のことを思い出していた。
こことはまったく異なる世界の、地球という惑星の日本という国の片隅で暮らしていた記憶だ。
個人を特定できるような情報は、なぜか思い出せない。
ただ強烈に憶えているのは、前世の自分は異世界ファンタジーのお話が大好きで、大量に読み漁っていたこと。
そしてその中に、鏡越しに見返す色味の淡い美少女が出てくる話があったことだ。

『白薔薇』──正式タイトルは、『白薔薇は愛の中で咲き誇る』不遇ヒロインが報われる系のよくある話だ。
それなりにハマって何度か読み返したので、ストーリーはよく憶えていた。

主人公は、王都の下町で母と二人で慎ましく暮らしていた少女ルチア。
あるとき、二人を父である伯爵が迎えに来て、母親は彼の後妻になり、ルチアは伯爵令嬢になった。
満たされた生活が始まったが、父の伯爵には前妻との間に娘がいた。それがアーテル──本作のいわゆる悪役令嬢だ。

ルチアはアーテルに虐げられるが、あるとき使い手は絶えたと言われていた伝説級の魔法・光魔法に目覚める。
『聖女』の再来と呼ばれるようになったルチアは、高位貴族の令息や王子などたくさんの人の助けを得て、やがてアーテルの罪を糾弾して伯爵家から追い出すことに成功する。
エンディングは確か、恋に落ちた王子と結婚するとかそんな感じで、とにかく超ハッピーエンドだった。

そう。ハッピーエンドだった。

「いやいやいや、本編で明かされてない設定多すぎでしょ!これがわかってたら、絶対にあんなほんわか平和な結末にならなかったし!」

鏡台に手をつきながら一人喚く。完全に独り言だが、今は周りの目を気にする必要もない。
正面の鏡を見れば、顔色の悪い美少女と目が合った。

「だってこれ、最悪わたし──処刑されちゃうんじゃないの⁉︎」

今まで"ルチア"として生きてきたからこそ知り得た様々な情報が、安易なハッピーエンドには至れないぞと教えてくれる。
柔らかな白金髪をかきむしりながらのその叫びにも、当然返事はなかった。
ただ、心臓だけがバクバクとうるさい。

(いやいやいや、落ち着け。そもそもここが『白薔薇』の世界とも限らないし!)

胸に手を当て深呼吸しながら、自分自身にそう言い聞かせる。

まずはわたし──ルチアの名前と容姿は物語と同じ。
母と二人で王都に住んでいたし、父親は伯爵で、ある程度の歳になったら迎えが来た。
伯爵には前妻との子がいて、彼女はアーテル。

(うん──違うところが見つからない)

それに、侍女から聞いた話で気になることがあった。

(今意識を失ってたのって、魔法の練習中の事故って話だったよね?それってもしかして⋯⋯)

ルチアは光魔法に目覚めるが、そのきっかけはアーテルが暴走させた風魔法が直撃したことだったのだ。

(でもあれ、暴走っていうかむしろ狙われてたような⋯⋯)

やがて断罪されることになるアーテルは、ルチアを目の敵にしていた。
狙われたとしても、まぁ、不思議ではない。

(えーっと、原作のお話スタートは学院入学とかそのあたりだったよね?てことは、少なくともそこまでは命があるってことだよね)

もちろん、ここが『白薔薇』の世界に忠実ならの話だが。
ルチアとしてはぜひとも夢オチであってほしいところだ。
とはいえ、こんな感じで物語の登場人物に転生する話もたくさん読んでいた─好物だった─ので、ありえるとは思う。

何よりも、ルチアとして15年生きてきた記憶が、これは現実だと教えてくれる。
だから、ひとまず現実として考えることにした。

(⋯⋯アーテルはつまり、ルチアを仕留め損ねたってことだよね?簡単に諦めるのかな?)

むしろ彼女の性格なら、それこそねちっこく狙ってきそうな──そこまで考えたときだった。

ふと、部屋の前が騒がしいことに気づいた。
何だろうと思って、鏡台の椅子から立ち上がると扉へと向かう。
ドアの前で耳を澄ませると、女性数人が言い合っているようだった。

『──ルチア様はお休みになっていますので、また改めてお越しください』
『少し顔を見るだけでいいの。無事かだけ確認させて』

聞き覚えのある声──姉のアーテルだ。
その彼女が、ルチアに会いたいと訪ねて来ているのだろうか。

(まさか⋯⋯早速トドメを刺しに?)

ぞわ、と鳥肌が立つ。
どうしよう──と思うが、せっかく侍女たちが止めてくれているようなのだ。
このまま追い返されるのを待とう。

そう思ったものの、心の隅がちくりと痛む。

(でも──アーテルは気が短いから、暴れ出すかもしれない。髪を梳かしていた侍女がちょっと櫛を引っかけただけで、激怒して平手打ちしたって聞いたし)

それなら、自分のことを庇う侍女たちが今度は酷い目に遭うのでは⋯⋯。

(いやでも、わたしは命の危機かもしれないし!──ッ、あぁ~もう!)

両手でわしわしと髪の毛をかき混ぜると、ぱちんと両頬を叩いた。
薄紅色の瞳に力をこめて、キッと扉を見つめる。

「⋯⋯頼んだ、主人公補正」

ルチアは自分でもどうかと思う一言を呟くと、えいやとばかりに扉を開いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私と一緒にいることが苦痛だったと言われ、その日から夫は家に帰らなくなりました。

田太 優
恋愛
結婚して1年も経っていないというのに朝帰りを繰り返す夫。 結婚すれば変わってくれると信じていた私が間違っていた。 だからもう離婚を考えてもいいと思う。 夫に離婚の意思を告げたところ、返ってきたのは私を深く傷つける言葉だった。

【本編完結】実の家族よりも、そんなに従姉妹(いとこ)が可愛いですか?

のんのこ
恋愛
侯爵令嬢セイラは、両親を亡くした従姉妹(いとこ)であるミレイユと暮らしている。 両親や兄はミレイユばかりを溺愛し、実の家族であるセイラのことは意にも介さない。 そんなセイラを救ってくれたのは兄の友人でもある公爵令息キースだった… 本垢執筆のためのリハビリ作品です(;;) 本垢では『婚約者が同僚の女騎士に〜』とか、『兄が私を愛していると〜』とか、『最愛の勇者が〜』とか書いてます。 ちょっとタイトル曖昧で間違ってるかも?

婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい

今川幸乃
恋愛
父の再婚で新しい母や妹が出来た公爵令嬢のエレナは継母オードリーや義妹マリーに苛められていた。 父もオードリーに情が移っており、家の中は敵ばかり。 そんなエレナが唯一気を許せるのは婚約相手のオリバーだけだった。 しかしある日、優しい婚約者だと思っていたオリバーの心の声が聞こえてしまう。 ”またエレナと話すのか、面倒だな。早くマリーと会いたいけど隠すの面倒くさいな” 失意のうちに街を駆けまわったエレナは街で少し不思議な青年と出会い、親しくなる。 実は彼はお忍びで街をうろうろしていた王子ルインであった。 オリバーはマリーと結ばれるため、エレナに婚約破棄を宣言する。 その後ルインと正式に結ばれたエレナとは裏腹に、オリバーとマリーは浮気やエレナへのいじめが露見し、貴族社会で孤立していくのであった。

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

どうやら断罪対象はわたくしのようです 〜わたくしを下級貴族と勘違いされているようですが、お覚悟はよろしくて?〜

水都 ミナト
恋愛
「ヴァネッサ・ユータカリア! お前をこの学園から追放する! そして数々の罪を償うため、牢に入ってもらう!」  わたくしが通うヒンスリー王国の王立学園の創立パーティにて、第一王子のオーマン様が高らかに宣言されました。  ヴァネッサとは、どうやらわたくしのことのようです。  なんということでしょう。  このおバカな王子様はわたくしが誰なのかご存知ないのですね。  せっかくなので何の証拠も確証もない彼のお話を聞いてみようと思います。 ◇8000字程度の短編です ◇小説家になろうでも公開予定です

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番 すれ違いエンド ざまぁ ゆるゆる設定

最強お姉様の帰還! 王子、貴方には堪忍袋の緒が切れました

名無しの夜
恋愛
魔族に誘拐されたヘレナとシルビィ。何とか逃げ延びた深い森の中で姉のヘレナはシルビィを逃すために一つしかない帰還の指輪を使用する。その結果シルビィは無事屋敷に戻り、ヘレナは一人取り残された。 それから六年後。ようやく見つかったヘレナは人語を忘れ、凶暴な獣のようになっていた。それを見たヘレナの元婚約者であるロロド王子はーー 「魔物の情婦にでもなっていたのではないか?」 と言ってヘレナを鼻で笑った上に、シルビィを妻にすることを宣言する。だが大好きな姉を笑われたシルビィは冗談ではなかった。シルビィは誓う。必ず姉を元に戻してこの王子との婚約を破棄してやると。しかしそんなシルビィも知らなかった。行方不明になっていた六年で姉が最強の存在になっていたことを。

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

処理中です...