【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季

文字の大きさ
上 下
37 / 42

【過去話②】稀代の悪女の娘 ①

しおりを挟む
※メリルの過去話です。どうしようもない奴らしか出てきません。胸糞注意です。




わたしの母親の名は、マリアナ・ベルクという。
わたしがこの世で最も嫌いな女の名でもある。

わたしの母親の生まれは平民だった。どこぞの町の食堂の娘として生まれたらしい。
父親は不明だったが、実は某貴族家の子息だったらしく、母は魔法の素養をもって生まれた。
それがさる貴族家の目に留まり、後見を受けて当時の名門だった魔法学院に通うことになったらしい。

そこで母は数多の貴族子息たちを魅了し、最後は当時の王太子を含む高位貴族令息たちまでも虜にするに至った。
しかしそれが──後に『ヴァリシュの断罪劇』と呼ばれる事件を引き起こすこととなった。

王太子含む貴公子たちが処罰を受けて落ちぶれていく中、母は王命で貴公子のうちの一人であった男爵家子息と結婚することとなった。
侯爵家以上の高位貴族ばかりの中、まさか自分がマリアナの夫になれるとは思っていなかったのだろう。父となる男爵子息は望外の僥倖に歓喜した。

しかし──父がそうやって喜んでいられたのも、ほんのわずかの間だけだった。

母は、父との結婚に不満だったらしい。
侯爵家以上の高位貴族とも親しくしていたのに、結婚できたのは貴族階級では最も家位の低い男爵家だったのだ。
母は父を侮り、学院時代からの奔放な男性付き合いを改めることなく、むしろ悪化させた。
母一筋の父は必死に彼女の関心を引こうと、母が喜びそうな豪華なドレスや宝飾品を次々と買い与えた。
豪商上がりであったために潤沢にあった財産を注ぎ込み、せっせと母に貢いだのだ。

やがて母は懐妊し、娘であるわたしが産まれた。

すると母は、これで義理は果たしたとばかりにさらに男爵家や父のもとに寄り付かなくなった。父はそれにさらに焦り、商会の運営すらほっぽり出して、母を追いかけてあちこち探し回る日々を送った。

当然、そんな両親が赤子であるわたしに関心を向けるはずもなく、産まれたあと放っておかれそうになったわたしは、まともな使用人によって乳母が手配され、何とか命をつなぐことができた。

だが、母の豪遊や不倫による賠償金の発生などで多額の金が必要なのに、主人が不在がちな商会の業績は傾く一方で、父は金を都合するために商会の従業員や男爵邸の使用人を解雇したり減給したりしたらしい。
そのため、わたしの世話を焼く使用人たちは不承不承な様子がありありと見て取れたし、本当に死なない程度に面倒を見るという感じがひしひしと伝わった。

「⋯⋯まったく、なんであんな女の子供の世話をしないといけないんだか。あの女のせいであたしらの給金も減らされたんだよ?」
「ほんと、あの馬鹿夫婦には困ったものよね」
「まぁ、この子も可哀想な子なのかもしれないけどね。父親がどこの誰とも知れないじゃないか」
「あれだけ派手に遊び回っているからねぇ⋯⋯それがわかってるから、父親もこの子に会いに来ないんだろう」
「そういえば、知ってるかい?あの女、この子を産んだときに真っ先に髪と瞳の色を確認したらしいよ。それで、『よかった』って言ったらしい」
「そりゃ、両親ともと違う色だとまずいからね」
「幸いにも母親と同じ色だ。あの女、喜んだんじゃないの?これなら誰の子供でも不思議じゃないよ」

そんな話を幼い子供の前でしながら、使用人たちは愉快そうに下品に笑っていた。
当時のわたしはその話の内容を半分も理解できなかったが、ただ、父が本当の父親ではないということだけはわかった。

──わたしのほんとうのお父さまは、どこにいるんだろう。

小汚い小さな部屋の粗末なベッド─その待遇は使用人たちと変わりないが、誰もそのことを気にしなかった─に横になりながら、よくそんなことを考えた。
本当の父親であれば、きっと自分のことを見てくれて、自分の話を聞いてくれて、自分のことを愛してくれるはずだ。

そんなことを考えながら眠ると、夢の中の自分はいつも着ている古着のようなドレスではなく、お姫様のようなドレスを着て、優しい父親に甘えていた。

そしていつも──目覚めて自身の姿を見て、落胆していたのだ。



「──あら?何よ、このドレスは。この子には金をかけなくていいって言ったでしょ?古着でいいわ」

母親はたまに家に帰ってくると、必ずわたしの部屋にやって来た。そして、わたしが何か贅沢をしていないかと部屋中を見て回るのだ。

母がどうしてそんなことをしていたのかは、知らない。
それでも、自分の身近に幸せに暮らす人間がいることは絶対に許さないという、意地とでも呼べそうな何かは感じた。そしてその対象は、実の娘も例外ではなかったのだ。

今もまた、勝手に開けた衣装箪笥の中から目ざとくドレスを見つけ、わたし付きの使用人を呼び出して文句を言った。

「それは⋯⋯以前に奥様が仕立てられたけれど、お気に召さなかったドレスです。お嬢様にはまだ大きいですが、いずれ着られるかと思って」

使用人が小さな声で言う。
母は次から次へとドレスを作ったが、その中にはやっぱり気に入らないからと、一度も着ずに無駄になってしまうものがあった。そうしたドレスは、かといって捨てるわけにもいかず、わたしの衣装箪笥にたどり着くことがあった。

「今着られないんだったら意味ないわ。タンスの肥やしになるだけでしょ?」
「ですが⋯⋯」
「そうだ、それならアンタにあげるわ。アンタが着てもいいし、娘がいたら娘に着させてもいいじゃない」

母親がそう言うと、女の使用人は明らかに表情を輝かせた。本当によろしいのですかと、口では遠慮することを言いながらも、目は明らかに母の手のドレスに釘づけになっている。
自分なり娘なりが着ている姿を想像しているのか、それとも減らされた給金の足しにしようと値踏みしているのだろうか。

母はそんな彼女に蔑んだ瞳を向けながらも、ええと言ってにっこりと笑ってみせた。
そして、馬鹿にするような視線をわたしに寄越す。

「⋯⋯お母さま、お話があります」
「アンタにお母さまなんて呼ばれたくないわ」
「⋯⋯では奥様」

母は忌々しそうに舌打ちをすると、使用人にドレスを押しつけて部屋から追い出した。
そうして、どこか腰かけられるところはないかと視線を彷徨わせ─まともな家具がなく、座れそうなのはベッドくらいだが、それも見るからに硬い─、諦めて立ったまま、早く済ませろとばかりにわたしを促した。

「わたしの本当の父親のことです」

単刀直入に言ったわたしに、母は濃い化粧の施された目をまん丸に見開いた。
だがすぐに、にやりとしか形容できそうもない、醜い笑顔を浮かべる。

「アンタの父親ぁ?⋯⋯さぁて、誰かしら。この家の男爵でないのは確かよ」

本来であれば最も可能性が高いであろう自身の夫を真っ先に否定した。
彼女は顎に手を当てながら、相変わらずにやにや笑っている。

「そうねぇ⋯⋯一番可能性が高いのはサイラスかしら?プライセル公爵家の男よ。まぁ、勘当されちゃったけど。でもなぜだか金はあるみたいだし、いつか必ず公爵位に就くって息巻いていたわ。ま、ハッタリだろうけど。
あとは⋯⋯一番条件のいい奴だとフィングレイ侯爵かしらね。妻が厳しくて頭の固い女だから、ちょおっと甘えてやればすぐコロリといって簡単だったわぁ」

実の娘に聞かせる内容でもない話を、まるで装飾品を見せびらかすかのように嬉々としてしゃべる。
わたしは母親が話す内容を、必死に頭の中に刻み込んだ。

「あとは、大穴も大穴で元王太子殿下ってこともありえるかしら?そんなことがあったら、アンタが王族?あっはははは!冗談にしても笑えないわ!」

その他にも母は、あれやこれやと男の名前と簡単な素性をしゃべると、やがて満足したのか、最後にいくつかわたしの悪口を言ってから部屋を出て行った。

──あの女のことは大嫌いだけど、これだけは感謝よね。

母親があげた名前は、いずれも高位貴族や金のありそうな相手ばかりだった。
そういう相手こそ、品のないと言われそうな母みたいな手合いに弱いのかもしれない。

わたしはもう、いつか素敵なお父さまが迎えに来てくれるだなんて、馬鹿みたいに夢見がちなことを考えるのは止めていた。
ただ現実的に、自分が利用できそうなものを見極めるだけだ。

──一生をあんな女のもとで、馬鹿にされ奪われるだけの人生を送るつもりはない。


その後、両親の仲は修復不可能なほどに拗れた。
母親を追いかけ回すことに疲れた父は、そこを狙ったのだろう別の女に引っかかり、そのもとに足繁く通って貢ぐようになったのだ。

すると母親は、当然のように男を屋敷に連れ込むようになった。
そしてそのうちの何人かのときに、わたしにそれなりの格好をさせて、その場に呼び出した。

「実は⋯⋯この子、本当はあなたとの子供なの」

黙っていてごめんなさい、としおらしく添えて。
母としては、わたしに父親のことを聞かれたし、ついでに父親の可能性がある男たちから金を出しそうな相手を選び、養育費と称して金品を巻き上げようとでも考えたものらしい。

母が金を出すと睨んだ通り、選ばれた数人の男たちはその話を聞くと歓喜し、母に喜んで金を渡していた。
代表的な人物が、フィングレイ侯爵だ。

「あぁ、メリル。お前はマリアナに似て可愛いな。うちの生意気な娘とは大違いだ」

侯爵はそう言って、わたしを猫可愛がりした。
宝飾品やドレスを贈ってくれることもあったが、それは当然のように母親が奪っていった。
侯爵と会うときは身に付けさせてくれることもあったが、基本的には母の部屋のクローゼットに鎮座する。

だけど、別にいいのだ。
そんな一時的に目を楽しませ心を満たしてくれるものなど、後からいくらでも貢がせればいい。
それよりも今の自分に必要なのは、こういう馬鹿な男を誑かすための手練手管なのだ。

わたしはいつか自分がこの家から出て、馬鹿な御大尽を引っかけて、母親たちこの家の住人を見返してやる日を、ずっと夢見ていた。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。

ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」 実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて…… 「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」 信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。 微ざまぁあり。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

悪役令嬢ですか?……フフフ♪わたくし、そんなモノではございませんわ(笑)

ラララキヲ
ファンタジー
 学園の卒業パーティーで王太子は男爵令嬢と側近たちを引き連れて自分の婚約者を睨みつける。 「悪役令嬢 ルカリファス・ゴルデゥーサ。  私は貴様との婚約破棄をここに宣言する!」 「……フフフ」  王太子たちが愛するヒロインに対峙するのは悪役令嬢に決まっている!  しかし、相手は本当に『悪役』令嬢なんですか……?  ルカリファスは楽しそうに笑う。 ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

【完結】陛下、花園のために私と離縁なさるのですね?

ファンタジー
ルスダン王国の王、ギルバートは今日も執務を妻である王妃に押し付け後宮へと足繁く通う。ご自慢の後宮には3人の側室がいてギルバートは美しくて愛らしい彼女たちにのめり込んでいった。 世継ぎとなる子供たちも生まれ、あとは彼女たちと後宮でのんびり過ごそう。だがある日うるさい妻は後宮を取り壊すと言い出した。ならばいっそ、お前がいなくなれば……。 ざまぁ必須、微ファンタジーです。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

処理中です...