【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季

文字の大きさ
上 下
35 / 42

【過去話①】稀代の悪女となる少女

しおりを挟む

娘から、半年弱の間同じ屋敷で過ごした少女の行く末を聞いた後も、心の内に浮かぶのは別の少女の姿だった。
メリルと同じ髪と瞳の色をした少女──彼女の面影は、20年近くが経った今も鮮明だ。

シンシアは、微かに眉を顰めながら目を細め、今は亡きその姿に語りかける。

──貴女にとって、あの娘はどんな存在だったの?
今の姿をどう思っているのかしら?

記憶の中の少女──マリアナは、当然ながら何も答えず、ただあざとく可愛らしい笑みを浮かべていた。



シンシアが彼女に初めて会ったのは、ヴァリシュ魔法学院の中庭だった。

彼女は男子学生と共にいて、最初はそのあまりの距離の近さに思わずまじまじと見てしまったのだ。
貴族令嬢にあるまじき距離感と、はしたないと叱責されそうな行動の数々に、呆然と見つめてしまったのを憶えている。

そしてすぐに、そのはしたない少女はマリアナといって、20数年ぶりに魔法学院に入学した平民の少女であると知った。
それであのような言動なのかと納得した。──淑女らしくないと言うまでもなく、そのような教育を受けてすらいなかったからなのだと。
彼女に関する噂は多く、以前に見かけたような、奔放としか言いようのない言動の数々も耳に入った。

その一方で、彼女が接する男子学生は皆、その無礼さに眉を顰めるでもなく、まなじりを下げ鼻の下を伸ばすことを不思議に思った。

「まったく、わたくしという婚約者がありながら、あのようにだらしのない顔をなさって、恥ずかしいですわ」
「本当に。マリアナさん、だったかしら?彼女も彼女よ。分不相応ではしたない方だこと。さすがに平民ね、淑女としての教育がまったくなっていないわ」

そんな風に、彼女の虜になった貴族子息を嘆き、惑わす彼女に対する陰口もたくさん聞いた。

それでも、そんな風に彼女が軽薄に接するのは一部の子息だけで、それ以外にはぎこちないながらも貴族社会の礼節を払うようにしているようだった。
特に、同性の令嬢に対しては、きちんと礼儀を弁えて接しているように、シンシアには見えた。

だから、彼女が悪いというよりは、平民は貴族令嬢よりも気楽に気安く接することができるだろうと、そんな下心思惑をもって近づいているような子息たちが悪いのではないか──などと、彼女を擁護するような考えすらもつほどだった。

そんな風にどこか遠くの出来事のように思え、そのような話にも当たり障りのない相槌を打てていたのは、彼女とはクラスも違うし、接する機会がなかったからだったのだろう。

しかしその無関心さも──自分の婚約者であるトビアス・フィングレイ侯爵子息が、彼女に骨抜きにされるまでだった。


一部の男性との接し方のせいで、学院の女子学生と仲良くなることのできなかった彼女は、いくつかの貴族子息の仲良しグループを、花を渡り歩く蝶のように点々としていた。
やがて、彼女は当時の王太子とその覚えめでたき4人の令息たちのグループに留まったのだ。

そしてそこには、自分の兄と、自分の婚約者とが含まれていた。


「──マリアナさんと仲がよろしいのですか?」

違う学年であるために、学院内ではあまり接点をもつことができないため、シンシアは定期的に婚約者と二人きり─もちろん給仕等のための使用人はいるが─でのお茶の席をもっていた。

数週間ぶりのその時間にも上の空な婚約者に思わずそう尋ねれば、彼はそれまでの様子が嘘のように、眦を釣り上げてシンシアを見た。

「お前もかシンシア!まさか、かのプライセル公爵家の令嬢ともあろう者までそのようなことを申すとは!」

そのように突然怒気をぶつけられても、なんとか話題を探そうとしただけだったシンシアは、面食らうばかりだった。

「何故そのように突然お怒りになるのですか?私はただ、この間トビアス様たちと一緒にマリアナさんがいらっしゃったのをお見かけしたので、お尋ねしただけですわ」
「⋯⋯マリアナが、誰かと仲良くしようとすると、必ずやっかむ者がいると言っていた。可哀想に、最近は嫌がらせまでされているそうだ。──まさか、お前も」

親の仇のように睨むトビアスに、シンシアは慌てて否定した。

「そのようなこと、誓って致しておりませんし、この先も致しませんわ!」
「ふん、どうだか。女の嫉妬は醜いと言うからな」

憎々しげに彼は言うが──相手が婚約者とはいえ公爵家の令嬢だと分かっているのだろうか?
彼の家は侯爵家。崇め奉れとまでは言わないが、格下の家の者がとる態度でもないだろう。

──多少愚かな方がいい。亭主関白になるよりは、尻に敷く方がお前もやりやすいはずだ。

この婚約を取り決める際に、そんなことを言っていた父を思い出す。
それにしても愚かすぎる気がしますと、その面影に文句を言っておいた。


そんな出来事があり、多少と言わず愚かな婚約者に危惧をもったからこそ──あのマリアナという少女を調べようと思ったのだ。

そしてその結果、シンシアは危惧を強めることとなった。

婚約者にはやんわりと優しくぼかして、マリアナに気を付けるよう、遠回しに婉曲に伝えた。
しかし、普段は壊滅的に察しの悪いくせに、こんなときだけは無駄に察しがよくて。

「嫉妬に狂いおって!マリアナを貶して私から引き離そうという魂胆だな。やはりお前もマリアナを疎んじているではないか!」

などと、心外な台詞を吐き捨てられた。

前回の茶会で、すでに変なスイッチが入ってしまっていたのだろう。こうなった彼は、何を言おうとまともに取り合ってくれない。
だからそれ以上は何も言わず、要らぬことを申しましたと早々に引き下がった。


どうせ、自分の予想を言ったところで、この婚約者は顔を真っ赤にして否定しただろう。

マリアナという少女がおそらく──
反王太子派が送り込んだ間者であるということなど。



マリアナは、王都の片隅にある酒場を切り盛りする女のもとに産まれたという。
父親は不明で、物心がつく頃には、母親の営む酒場で接客をしていたようだ。──おそらく、彼女の男性を転がす手練手管は、そうした日々の中で身に付けたのだろう。

そんな彼女が、どうして名門と名高いヴァリシュ魔法学院に入学できたのか。

調べさせたところ、彼女はさる貴族家の落胤であったらしい。
それ故に、平民として育ちながらも高い魔法の素養をもっていた。

そしてそのことに、とある高位貴族が目をつけたのだ。
反王太子派の一人だった彼は、マリアナの母に多額の金品を渡し、マリアナの身柄を引き受けた。
そして、彼女に短期間で貴族の礼儀作法と貴族家の情報を叩き込み──魔法学院へと送り込んだ。

王太子と、その有力な取り巻きたちの弱味を引き出させるために──いわゆる、ハニートラップだった。


彼女は優秀な生徒ではなかったが─裏口入学が疑われるほどだ─男を手玉に取ることは上手かった。
しかも相手は、学院に入って初めて、血縁者以外の同年代の異性とまともに接するお坊っちゃまどもだ。多種多様な人が集まる酒場で愛想を振りまいていた彼女にしてみれば、他愛もなかっただろう。

彼女は、成功後に自分が手にできる地位と財産目当てに、後見人の貴族が望む通りに貴族令息から王太子に至るまでを転がし続けた。

すべてが順調だったことだろう。


ただ一つ、彼女らに誤算があったとすれば──

貴公子たちが、予想以上に、救いようもなく、
──愚かであったことだろう。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。

ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」 実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて…… 「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」 信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。 微ざまぁあり。

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」  お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。  賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。  誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。  そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。  諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします

宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。 しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。 そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。 彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか? 中世ヨーロッパ風のお話です。 HOTにランクインしました。ありがとうございます! ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです! ありがとうございます!

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

婚約破棄されたので四大精霊と国を出ます

今川幸乃
ファンタジー
公爵令嬢である私シルア・アリュシオンはアドラント王国第一王子クリストフと政略婚約していたが、私だけが精霊と会話をすることが出来るのを、あろうことか悪魔と話しているという言いがかりをつけられて婚約破棄される。 しかもクリストフはアイリスという女にデレデレしている。 王宮を追い出された私だったが、地水火風を司る四大精霊も私についてきてくれたので、精霊の力を借りた私は強力な魔法を使えるようになった。 そして隣国マナライト王国の王子アルツリヒトの招待を受けた。 一方、精霊の加護を失った王国には次々と災厄が訪れるのだった。 ※「小説家になろう」「カクヨム」から転載 ※3/8~ 改稿中

処理中です...