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20. 断罪劇は続く 〜彼女の抗弁
しおりを挟む元妻になろうとしている母に加え、侯爵家家令にまで見限られたと理解したらしい父は、それきり静かになった。
思わぬ時間を喰ったと言いたげに、ラザル卿が深々とため息をつく。
「──連れて行け」
ラザル卿の命に、騎士たちが改めて二人を引き立てていこうとした。今度は父も抵抗しない。
それに気づいたメリル─今までは哀れっぽく涙を浮かべて、黙って騎士たちを上目遣いで見ていた─が、顔を歪めた。
「お義父さま?──まさか、もう諦めたのですか⁉︎」
このままでは自身の罪も確定すると思ったのだろう。途端に暴れ出した。
「放しなさい!わたしはフィングレイ侯爵に嵌められたのよ⁉︎ 無罪よ‼︎」
あっさりと"お義父さま"呼びを捨てて、保身に走る。
義姉さん、と呆然と呟いたトリスタンが、彼女に驚愕の眼差しを向ける。
今度はお前かと言わんばかりの苦々しげな表情で、ラザル卿がメリルを見た。
「フィングレイ侯爵の言葉を確かめることなく、その尻馬に乗ったのはお前だろう。お前がフィングレイ侯爵の養女であると言いふらしていたことにも、数多くの証言がある。今さら言い逃れはできん」
メリルは般若のような形相でラザル卿を睨むと、おもむろに口を開いた。
「──プライセル公爵を呼んでちょうだい」
その口から告げられた予想外の名に、ラザル卿が瞠目した。
「⋯⋯何をしたいのかは知らんが、お前の罪は確定している。聴取の際の証人喚問には応じられない。減刑であれば、裁判を起こして証人を呼べば適うかもしれないが」
「そんな悠長なもの待ってられないわ!早く呼びなさいよ!」
メリルは凶暴な顔つきで叫ぶ。
突然の豹変ぶりに、彼女を拘束する騎士たちも、トリスタンまでもが驚きを露わにしていた。
今まで涙の浮かぶ目で騎士たちを見上げていたのが幻のようだった。
──いや。実際、嘘だったのだらう。何度も父を騙した手法だ。彼女は役者並みに涙を流すのが得意なようだったから。
そして、これが彼女の本性なのかもしれない。
「メリルさん、公爵を呼んでどうしようというのです?あの方は貴女のことなど知りませんよ」
もっともなことを言う母を、メリルは睨みつけた。
「あんたの父親の、あの死にかけのジジイじゃないわ!──サイラスよ!サイラス・プライセルを呼びなさい‼︎」
現公爵に対する暴言にひそめた眉は、その後に飛び出した名前に、さらにひそめられることとなった。
「さっき、侯爵がわたしの父親だと言っていたけれど──ちがうわ。わたしの父は、次期プライセル公爵のサイラスよ!」
メリルが叫んだ。
観念したように俯いていた父がその言葉に弾かれたように顔を上げ、娘だと信じていた少女を見つめる。
「そ、そんな⋯⋯メリル、お前は私とマリアナの子なのでは⋯⋯」
「違うわよ!気味の悪いことを何度も言わないでちょうだい!わたしの父は次期公爵なのよ?無礼だわ!」
「嘘だ⋯⋯そんな馬鹿な⋯⋯」
散々やり込められて悄然としていた父は、その言葉がさらに追い討ちとなったのだろう、この短い間に何歳も歳を取ったようにしょぼくれてしまった。
ラザル卿はメリルの言葉を聞いてしばらく黙っていたが、やがて部下の騎士たちを見た。
「問題ない。連れて行け」
騎士たちが再び引き立てようとするのに、メリルは無茶苦茶に暴れた。
トリスタンが思わずという風に席を立つ。
「話は最後まで聞きなさいッ!わたしは、父サイラスの命で一時的にフィングレイ侯爵家に身を寄せていただけなの!あのジジイに死んで退場してもらったら、そうしたらサイラスが迎えに来て、わたしはプライセル公爵家の跡取りになるのよ!未来の公爵なの‼︎」
「そうか。だが残念ながら女は爵位を継げぬぞ」
ラザル卿は取り合わず、懐を探っている。
騎士たちに引きずられながら、メリルは苛立たしげに地団駄を踏んだ。
「わからないの⁉︎ 武家の名門であるプライセル公爵家の権力をもってすれば、たかだか第一騎士隊長の子爵の首なんて、簡単に飛ばせるのよ‼︎」
「そうか。できるものならばやってみるがよい」
淡々と受け流しながら、ラザル卿は先程父に掲げていた令状を取り出し、何事かを書きつけていた。
「それよりも、貴様の嫌疑を付け加えておこう。
──プライセル公爵暗殺未遂の嫌疑をな」
「──え?」
メリルが呆然とラザル卿を見返す。
「暗殺?お祖父様の?」
「公爵殿の暗殺なんて⋯⋯どういうことだ」
何も知らなかった弟と父も、予想外に物騒な単語が飛び出してうろたえているようだ。
一足先に我に返ったメリルが、すぐに勢いを取り戻して喚く。
「何の話よ!暗殺なんて知らないわ!そんなものにわたしが関わる訳がないじゃない!」
「では、何ゆえ先程、プライセル公爵に死んで退場してもらうなどと言えたのだ?」
「そ、それは⋯⋯」
メリルは視線を彷徨わせ、やがて母に目を留めた。
「っ、そう!侯爵夫人が言っていたのよ!公爵が大変だって!」
「あら?私がいつ、貴女の前でそのようなお話をしたかしら?」
「とぼけないでよ、父親の一大事のために実家に戻っていたんでしょう?」
居直ったメリルはふてぶてしい表情で宣った。
「──それなら尚更おかしいわ」
母の冷たい眼差しがメリルを射竦めた。
「確かに私は実家に戻ったけれど、それは親戚筋に不幸があったからだわ。父が倒れたのは、その後よ」
「⋯⋯え⋯⋯」
「だけど、父が倒れたことを知っているのは、プライセル公爵家では家令と執事長、フィングレイ侯爵家ではセシリアと家令だけよ。侯爵様もトリスタンも知らないわ」
それは、先程の二人の反応を見ても分かることだろう。
「──あぁ。ちなみに父は幸い大事なくて、その後もピンピンしているわよ。念のためにしばらく付き添ったけれど取り越し苦労だったわ」
そう言って、母は息をついた。
そうしてから、それで?とメリルを睨む。
「──貴女は私の父が一大事だと、どうして知っているのかしら?」
鋭い眼差しに射られ、メリルが震えた。
それに追い討ちをかけるように、ラザル卿が言う。
「プライセル公爵の暗殺未遂事件は、特級の機密事項だ。知っているのは、家の関係者以外では騎士団でもごく一握りだけ。それ以外に知っているとすれば犯人一味だな。その口ぶりから見るに、首謀者はやはりサイラスか」
公爵の身に起きることをメリルは事前に知っていた。
だから私の母が実家に戻ったのを見て、いよいよ計画が決行されたのだとしか思わなかったのだろう。
実際、母は親戚に不幸があったからと侯爵家で説明していたのだが、メリルはそれを聞いていなかったのか、それとも思い込みで勝手に話をすり替えてしまったのか。
しかし、普通であれば公爵の一大事の割に侯爵家が慌てていないことを疑問に思うと思うのだが、彼女は母のいない間に、金を出す父を転がすのに夢中で気にもしなかったのだろう。
──何にせよ、今この場で口を滑らしたことも含めて、迂闊であるとしか言えない。
「公爵への暗殺未遂か⋯⋯実行犯ではないようだが、計画を知っていたのであれば一味と見なされるだろう。お前は結局フィングレイ侯爵家の養子ではないし、侯爵の実子の届けも出されていない。さらに、ベルク男爵家からもお前は勘当ということで届が出ている。もっとも、ベルク家はとうに爵位を返上しているがな。
⋯⋯要するに、お前はただのメリル──身分的にはそこらの平民と変わりない。
──極刑を覚悟するのだな」
淡々としたラザル卿の言葉に、メリルの足から力が抜けたようだった。
へたり込みそうになったのを、脇を固める騎士たちが支える。
その様子を見ていたトリスタンは、顔を青くさせながら唇を引き結んでいた。
その視線の先、俯いたメリルの顔は青白く、何事かをぶつぶつ呟いていた。──おそらく、他者を悪者たらしめんとする恨み節だろう。
──きっと、彼女は信じないだろうが。
私も母も、彼女が侯爵家に来た当初は、彼女に同情し、出来る限りのことをしようと思っていたのだ。
だから、彼女が分を弁え、謙虚であろうとしたならば、少なくともこんな結末にはなっていなかっただろう。
そもそもの生まれも、豪商である男爵家の令嬢である。
この世の中において、かなり恵まれた生まれになるだろうに。
それなのに、彼女は満足できなかった。
底のない器のように、乾いた砂地のように、何かを求めて求めて止まず、そのくせどれだけ得ても決してその渇きの止むことはなく、足ることを知らなかった。
──その結果が、今の彼女だ。
この期に及んでも、まだ自分以外の誰かへの呪詛を吐く彼女の後ろ姿を、心の底から哀れに思った。
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