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18. 断罪劇は続く 〜次の話
しおりを挟む母が指示を出してからしばし。
再び食堂の扉が開くと、一度退室したフィリップと共に、軽鎧を着て帯剣した男性たちが次々と入ってきた。
「トビアス・フィングレイ侯爵とメリル殿はこちらか」
先頭に立つ、厳しい顔付きの初老の男性が、鋭い目を室内に向ける。
「だ、誰だ!突然入ってきて無礼ではないか!」
床にへたり込んだままだった父が、慌てて立ち上がった。
威厳を出そうと精一杯胸を張っているようだが、先程のやり込められ方を見ていた身としては、滑稽でしかない。
初老の男性がそんな父に目を留めて、鋭い目をすがめた。
「これは失礼。私は第一騎士隊に所属するアルフレート・ラザルと申す。フィングレイ侯爵とお見受けするが」
「⋯⋯第一騎士隊長のラザル子爵⋯⋯?」
初老の騎士を目にしたトリスタンが、驚愕の声を上げる。
必死に虚勢を張っていた父の顔色がまた悪くなった。
「だ、第一騎士隊長だと?」
それもそうだろう。第一騎士隊は騎士団の中でもエリートで構成されており、対貴族の捜査権や逮捕権をもつ特別な隊だ。
「第一騎士隊長が私に何の用だというのだ⁉︎」
「貴殿とメリル殿にこちらの令状が出ている。お目通し願いたい」
言って、ラザル卿は懐から一枚の紙を取り出した。
高級紙には細かな字が書かれていて、下の方にはいくつかの印影が見てとれる。
「お二方には騎士隊詰所までご同行いただきたい。こちらも手荒なことはいたしたくないゆえ、抵抗はなさらないように」
目の前に出された紙をまじまじと眺めていた父の目が、驚愕に見開かれた。
「何だと⁉︎ どういうことだ‼︎」
「きゃあ!」
父とメリルに、ラザル卿の後ろに控えていた騎士たちが近づき、拘束した。
呆けていたトリスタンがメリルを庇おうとしたようだが、一歩間に合わなかったようだ。
「何だこれは!何故私が⋯⋯!──っ、シンシア!これもお前か‼︎」
その状況下でも喚く父は、視界に入ったらしい母に怒りを向ける。
母は相変わらずの冷めた表情をしていた。
「私は何も。身から出た錆というものでしょう、フィングレイ侯爵様」
素っ気なく返す母に、父は歯噛みした。
そうして、再びラザル卿を睨む。
「私は侯爵だぞ!子爵風情が私にこのような暴挙を働いて許されると思っているのか‼︎」
「私は役職によって貴殿を拘束するに過ぎない。そこに爵位は関係ないと存ずるが」
「そもそも何故私は拘束されねばならぬのだ!」
「先程令状をお見せしたが。さらに罪状の読み上げもご用命だろうか?」
目の前に令状を掲げられて、父は何を見ていたのか。
ラザル卿は表情こそ動かさなかったが、その声はどこか面倒そうだった。
「メリル殿は身分詐称、フィングレイ侯爵はその教唆と詐欺罪に問われている」
「な、な⋯⋯何だと⁉︎ 私は知らないぞ!冤罪だ‼︎」
「わたしも知りませんわ!」
ラザル卿の言葉に、二人は真っ向から反駁した。
「ラザル第一騎士隊長、何かの間違いなのではありませんか?父も義姉も、そのような罪を犯したとは⋯⋯」
トリスタンも援護射撃を試みるが、第一騎士隊が令状持参で出張って来ている時点で、有罪であることはまず間違いないであるだろうに。
トリスタンに注目が集まる隙に、騎士たちの拘束に対して父は必死に身をよじっている。
こんな父でもそれなりの身分であるために、騎士たちも粗略には扱えないのだろう。
その足掻きに母が眉をひそめた。
「神妙にお縄におつきください、侯爵様。見苦しいですわ」
「やはりお前だなシンシア!お前が私を嵌めたのだろう!」
「そうなんですか⁉︎ ひどいです、お義母さま!」
見かねた母が父に声をかけると、父はすぐさま噛みつき、メリルは哀れっぽく悲しんだ。
父は、自分は絶対に悪くないと信じているようなので、誰かを悪者にしたいのだろう。
母が深々とため息をついた。
離縁話から続く母の心労を思い、ここからは私が引き継ごうと前に進み出た。
「お初にお目にかかります、ラザル子爵様」
「⋯⋯其方は、もしや⋯⋯」
「フィングレイ家の長女で、セシリアと申します」
残念ながら今はまだフィングレイ家の、と名乗るときに言いたかったが、堪えた。
こちらの感情にラザル卿までを巻き込むべきではない。
「お手を煩わせているご様子で、申し訳ございません。父に代わりましてお詫びいたします」
本当はもう戸籍上の父ではなくなるのですが。
その言葉も飲み込んで、丁寧にカーテシーをする。
「お恥ずかしながら、父と彼女はまだ自分の置かれた状況や、犯した罪を理解できておらぬようです。これ以上騎士様方のお手を煩わせないためにも、私の口から二人に簡単にご説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
「⋯⋯許そう」
「ありがとうございます」
憮然としながらも、ラザル卿からお許しが出た。
強面の騎士様ではあるが、その実この二人のような手合いは初めてで困惑していたのかもしれない。
騎士隊長様のお許しも得たところで、私は二人に向き直った。
まずは──顔を青くしながらも美しい涙を浮かべ、騎士たちに上目遣いを送るメリル─随分と余裕がおありのようだ─を見据える。
「メリルさん、貴女の身分詐称の罪ですが⋯⋯。
貴女は当家のただの居候であったのに、フィングレイ侯爵家の養女だと偽り、あちこちで"メリル・フィングレイ"であると吹聴しましたね。そのためです」
「えっ⋯⋯!」
「ああそれと、その際にたいそう無礼な振る舞いもしているようなので、どこかのお家から追加で不敬罪の申し立てもあるかもしれませんね」
「な、なんで⋯⋯」
愕然としているメリルから、次いでまだ抵抗している父に視線を向ける。
「お父様の身分詐称教唆と詐欺罪ですが⋯⋯。
お父様は、当侯爵家のただの居候であったメリルさんに、自分の養女にすると嘘をついて勘違いさせ、彼女にあちこちで"メリル・フィングレイ"だと吹聴させました。加えて、他のお家に対してメリルさんは養女だとこれまた嘘をついて、婚約の話を進めようとなさいましたね。それは詐欺ですわ」
「何だと⁉︎」
二人とも寝耳に水という顔をした。
やがて父は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「何をっ、デタラメを!メリルはフィングレイ侯爵家の養女だ!馬鹿なことを申すな、セシリア‼︎」
「ええ。お父様の頭の中では、そうでしたね」
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「ご存知ですか、お父様。養子をとる場合、国への正式な届出が必要なのですが」
「届出だと⁉︎ そんなもの──っ」
真っ赤になっていた父の顔が、見る見るうちに青ざめていった。
やがてその視線がラザル卿に向いた──彼は眉をひそめたが、やがて嘆息し、首を振った。
「まさか──出していないのか?」
父の絶望しきった声が響いた。
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