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08. 夜会にて 〜密談
しおりを挟む「驚いたんだけど、メリル嬢がしてた首飾り、あれって君のじゃなかった?盗られたの?」
マルクスのエスコートを受けて主会場へと向かいながら、密やかな声で彼と話す。彼の明け透けな物言いに思わず笑ってしまった。
メリルなど眼中にないという態度をしておきながら、さすがによく見ている。
「いいえ?お父様のご命令でメリルさんに貸し与えることになりましたの」
前方を見据えたまま目の笑わぬ笑顔で言えば、しばしマルクスが固まった。
「⋯⋯僕の記憶が確かなら、あの首飾りって、君の母君のご実家に伝わる由緒正しき宝物じゃなかったっけ?君の曾祖母だかが王族で、そのときのものだとか」
「正確には、王妹だった曾祖母が曾祖父に降嫁するときの嫁入り道具ですね」
「そんなの家宝クラスじゃないか。それをあんな──」
おそらく、メリルを指す言葉を言おうとしたのだろうが、さすがに言葉が乱暴だと思ったのか、その先をマルクスは言わなかった。
私は相変わらず視線を前に固定しながら、口の端だけを吊り上げた。
「メリルさんもお母様の娘だから、受け継ぐ資格があるんですって」
「そんな馬鹿な。どれだけ乱暴な論理なんだ。⋯⋯それに、そもそも彼女は──」
「えぇ、もちろん娘ではないわ。血縁的にも、対外的にもね。──でも、別にもういいのよ。本当に資格があるかどうかは、あの首飾りが判定してくれるわ」
続けた言葉に、マルクスが目を丸くする。
「⋯⋯あの首飾り、呪いがかかっているのか?」
「失礼ね。加護と言ってくださる?」
そういうことかとマルクスも納得したらしい。
「君が大人しく貸すだなんておかしいとは思ったけど⋯⋯なかなか、恐ろしいことをするね」
「あんな人に渡したくなかったのは本当だけれどね。でも、お父様もメリルさんも引かなかったのだから、仕方ないでしょう」
この際少しは痛い目を見ればいいんだわと低く零せば、マルクスはわざとらしく体を震わせた。
「⋯⋯ということは、君の弟君も気づいていて放っておいてるってこと?あの首飾りのことを知らないなんてないだろう」
「もちろん、トリスタンも知っているし気づいているわ。あの首飾りの謂れも、あれを私がお母様から受け継いだことも」
夜会に出発する前、着飾ったメリルを見たトリスタンは、自分の方を見て馬鹿にするように笑った。
メリルと私を見比べて嘲笑った可能性もあるが、視線の動きを見るに首飾りに気づいたのだろう。
「君の弟、彼もやっぱりなかなかだね。今日も、婚約者殿は完全に放ったらかしかい?」
「頭の痛いことにその通りよ。早くティルダ様を見つけ出してお詫びしなければ⋯⋯」
「毎回思うけど、そこまで君が面倒をみるの?弟君とは不仲だと思っていたけど」
「だとしても、お母様もこの夜会には参加されないし、私が何もしなければ本当に誰も何もしないのよ?それではあまりにティルダ様に申し訳がないわ」
「ヘタなご令嬢であれば反対に激昂しそうだけどなぁ」
普通ならそうだろう。放ったらかしてる張本人が来ず、その親でもなく姉が来たならば、馬鹿にされていると思われても仕方がない。
しかし、残念ながらその段階はとうに超えたのだ。
このような事態はこれが初めてではなく、その度に母や私が謝罪に向かっていた。
最初はさすがにティルダ嬢もよい顔はしなかったが、何度も続くうちに、反対にこちらに同情的になってきたほどだ。
「厄介な身内がいると後始末が大変だね。あんなのが義弟になってたかもなんて、ゾッとするよ」
軽い口ぶりの割にあまりに真剣な声色だったため、思わず隣の彼をまじまじと見つめてしまった。
「──もしかして、私たちに協力してくださったのは、そのせい?」
視線の先、彼は意外そうに瞬いた。
そうして、彼は相変わらずにこにこと人好きのする笑顔─彼はいつだって人畜無害そうに振る舞うのだ─を浮かべる。
「それはどういうこと?」
「だって、貴方が私たちに協力してくださるメリットがないでしょう?私などとの婚約を解消できるってことくらいしか」
「『私など』なんて言わないでほしいな。僕も父も、君の優秀さを買っているんだよ。父なんかは特に、ヘラヘラしてる嫡男の手綱を君みたいな女傑に握ってほしいと、心から願っているようだし」
「誤魔化さないで」
横目でじとりと睨めば、マルクスはへらりと笑う。
「義憤だってことは考えられない?」
「貴方のお父君なら分かるけど、貴方だったら思わないわ」
「ひどいなぁ」
マルクスはむくれつつも楽しそうだ。
ちなみにマルクスの父君は国の財務官だ。次期財務大臣と噂されるかなり有能な人物で、怜悧さに加えて清廉潔白さも併せもつ、能吏である。
「大丈夫、ちゃんと僕にもメリットは⋯⋯あ、いや、⋯⋯セシリアに対しては失礼かもしれないけど」
「まぁ、何かしら?」
「追及しないでくれ。今のは自分でも失言だったと思うんだから。⋯⋯さすがに言わないでおくよ。どうなるかも分からないし」
マルクスは苦笑する。
私に対して失礼でも何でも、そもそも無理な協力を依頼したのはこちらの方だ。
何だろうと甘んじて受ける覚悟はある。
「とにかく、そういうことだから気にしなくていいよ。ちゃんと自分たちの意志で、こんな面倒なことでも首を突っ込んだのだから。結果、想像以上の大物が釣れて、こちらとしても助かったし」
「⋯⋯そう。それならよかったわ。──貴方の完全な善意というのは、それはそれでちょっと怖かったから」
「やっぱりひどいなぁ」
お互いに顔を見合わせると、どちらからともなく笑い出す。
2歳上の彼と出会ってから、3年と少し。
婚約者と言うよりは、悪友のような関係を築いている。
普段からこんな感じであるから、甘い雰囲気になったことは、ただの一度もない。
それでもほんの1年前までは、このまま18歳になって私が女学院を卒業したら、両家が交わした取り決め通り、こんな私たちでも結婚するのだろうと、ぼんやりと思っていた。
──そのすべてをぶち壊したのが、メリルの登場だったのだ。
それによって、秘されたまま埋もれ、両親が墓場まで持って行くはずだったあれこれを、表に引きずり出すことになった。
マルクスは、そんな私たちの企みを知る数少ない一人となっていた。
普段取り交わしている手紙は、ぱっと見た限りでは当たり障りない婚約者への手紙にしか見えない。
しかしその裏面には、いくつかの条件を満たさないと浮かび上がらない特殊な魔法のインクを使って、秘密の情報をしたためていた。
数週間前だかに届いた手紙もそうだ。
そこには、彼ら親子がとある人物の決定的な証拠を掴んだことが記されていた。
「それで?プライセル公爵家の地ならしはこれで十分。フィングレイ侯爵家の方は⋯⋯」
「改めて何かが必要なように見えるかしら?父はああで、弟はあれで、義妹とやらがあんなのよ」
「⋯⋯これは失礼」
すべて言わずともこの婚約者殿は察したらしい。
立場上、定期的にこちらの家族に会い、その言動に苦笑を浮かべていた彼ならば当然だろう。
「それじゃあ、決行はいつ?」
「お母様が侯爵家に戻られてからになるわ」
「──具体的な日にちは?」
悪友に対し、にやりとしか形容できなさそうな、貴族令嬢にはふさわしくない、意地悪い笑みを浮かべてやった。
「──明日よ」
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