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04. 憂鬱な晩餐 〜夜会への臨み方
しおりを挟む夜会のドレスの話が一度途切れてしまうと、食堂は無言になった。
私がいる場で嫌味以外に弟はあまり話さないし、父も話したがらなくなった。
私自身、もともと口数の多い方ではない。
だから、自然と話し出す人物は決まってくる。
「──そういえばお義姉さま、マルクスさまは明後日の夜会にいらっしゃるんですか?」
またその話かとげんなりしてしまう。
何度も何度も、よくも人の婚約者の話題を出せるものだ。
「いらっしゃらないとは伺っておりませんわ」
面倒になってそれだけを返す。
すると、彼女は身を乗り出すようにして喰いついてきた。
「そうなんですね!久しぶりにお会いできるのが楽しみです!⋯⋯ダンスのお相手をしてくださると約束していたので」
そう言って照れたように笑うが、その表情でそのような話を婚約相手に聞かせる必要があるのだろうか。
このメリルという少女は、意識的にか無意識的にか、そうやって相手─特に同性─を不快にさせる言動を取ることが多々あった。
「⋯⋯メリルさん。私を含め、夜会にいらっしゃる方々には、婚約者をお持ちの方も多くいらっしゃいます。ですので、どなたに対しても節度は弁えてくださいね」
この場に母がいればちくりと言っただろうから、代わりに私が釘を刺す。どうせこの場の男性たちは何も言わないであろうから。
とはいえ、彼女には刺さったかどうか、分かったものではないのだが。
「えっ⋯⋯わたし、何かダメなことをしてしまいましたか?」
狙いすましたようにその目に涙を浮かべ、メリルは父をうかがう。
途端に父が渋い顔をした。
「セシリア、お前はまたそうやって小言を⋯⋯。メリルはまだ夜会に慣れていないのだ、多少の無作法は仕方がないだろう」
「メリルさんが最初に夜会に参加してから、もう半年以上経っております。デビュタントしたご令嬢も、その次の夜会からは一人前であることを求められますわ。夜会に参加したいというのであれば、無作法は許されません」
多少の無作法くらいと甘いことを言うなら参加させるなと、暗ににおわせる。
だって、彼女は別に夜会に出る必要はないのだ。
それなのに、厚かましくも高価なドレスや装飾品を父にねだってまで参加しようとする。
母と私は何度も参加を反対したが、メリルは侯爵家の一員だから参加させると一蹴したのは父である。
しかも、彼女はこの通りの人物だ。特に女性からは顰蹙を買うことが多い。──もっともメリルは、どこそこの令嬢から意地悪された─実際は、非常識な行動を諫められたのだろう─という認識のようだが。
その度に母が、『参加せずともよいと言った夜会に強引に来ておいて、勝手な振る舞いでフィングレイの名を貶めることだけはお止めなさい』と、父が得意気に使う家の名を出して戒めてきたのだ。
父もそのことは一応覚えてはいるのだろう、それ以上は言い返せないようだった。
「──夜会での振る舞いについて、姉上は義姉さんにとやかく言えないでしょう」
そこへ割り込んできたのはトリスタンだ。
ちなみに、彼が言う"義姉さん"とは、メリルのことを指す。
「最近の夜会では、マルクス殿と踊った後は壁の花となっているそうではないですか。そんな姉上がなんと噂されているかご存知ですか?──"窓際の幽霊"、だそうですよ。"月の女神"と讃えられた母上と比べると、ずいぶんと惨めなあだ名ですね」
そう言うトリスタンの顔に浮かぶのは、はっきりとした嘲りの表情だ。
"窓際の幽霊"の噂は自分も聞いたことがあった。母譲りの銀髪は、色味が淡いだけに薄暗いところでは悪い意味での雰囲気が出てしまう。
と言っても、それはごく一部の者たちの悪口だ。
その他の人々は、何故私が壁の花となっているかをよく理解してくれている。最近は事情を分かった上で側にいようとしてくれる方たちもいる。
──そもそも、"フィングレイ"の名を背負い、悪意にさらされない道を歩めるとは思っていない。
それは、目の前の弟も同じであるはずなのに。
「先程のお小言だって、本当は常に人に囲まれている義姉さんへの嫉妬なのでしょう?⋯⋯醜い人だ」
そして彼は、悪意しか感じない冷たい笑顔を浮かべた。
嫉妬とトリスタンは言うが、勘違いも甚だしい。
メリルの"人に囲まれている"状態がうらやましいとはまったく思わない。──それは大体、トラブルであるからだ。
思わず顔をしかめた私を無視し、トリスタンはメリルに向かって薄く笑んだ。
「義姉さん、安心してください。今度の夜会も私がエスコートしますから」
「トリスタン⋯⋯!」
不安そうに成り行きを見守っていたメリルが、今度は感動で瞳を潤ませた。
私との関係が悪いのはもともとだったとしても、何故かこの弟は父と同じくメリルには甘い。女性にうつつを抜かすタイプではないと思っていただけに、意外だった。
それにしても、夜会での振る舞いについて言うならば、先程の発言にもあるように、トリスタンも非常にまずいと言わざるを得ないのだが。
「貴方は人のことばかり言っていますが、それよりも自分の行動をしっかりなさい。本来優先すべきは、自分の婚約者であるティルダ様でしょう」
そう。トリスタンにも婚約者がいるのだ。
彼はこの通り、まったく顧みていないが。
「彼女にエスコートをしてほしいと頼まれたことはないので、別に構いませんよ。何か問題があれば、後から適当に詫びの品でも贈っておきます。
⋯⋯それよりも、心細いだろう義姉さんが心配だ」
彼の言葉に絶句する。
夜会のエスコートなんて、わざわざお願いするようなものではない。婚約関係にある者なら当然の行動だ。それに表立って抗議することはないとしても。
それに、詫びの品と簡単に言ったが、それを買う金はどこから出るのか。
何よりも──そうやって物を与えられればあっさり丸め込まれると思われているティルダ嬢に、申し訳なかった。
「トリスタンは優しいね。婚約者の方よりもわたしを優先してくれるだなんて」
メリルは弟の言葉に感動している様子だが、それもおかしい。本当に姉だと言うならば、弟の暴挙を止めねばならないはずだ。
「⋯⋯とにかく、婚約者の方は大事になさい。今に大変なことになりますわよ」
「何を。姉上こそ、その調子ではすぐにマルクス殿に愛想を尽かされますよ。私の方がよっぽど上手くやれています」
「──その言葉、よく覚えておきなさい、トリスタン」
冷たい声色にトリスタンは鼻白んだが、すぐに持ち直して侮るような表情を浮かべた。
それ以後、私もトリスタンもむっつりと黙り込み、メリル一人だけが楽しそうに喋っていた。
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