5 / 42
04. 憂鬱な晩餐 〜夜会への臨み方
しおりを挟む夜会のドレスの話が一度途切れてしまうと、食堂は無言になった。
私がいる場で嫌味以外に弟はあまり話さないし、父も話したがらなくなった。
私自身、もともと口数の多い方ではない。
だから、自然と話し出す人物は決まってくる。
「──そういえばお義姉さま、マルクスさまは明後日の夜会にいらっしゃるんですか?」
またその話かとげんなりしてしまう。
何度も何度も、よくも人の婚約者の話題を出せるものだ。
「いらっしゃらないとは伺っておりませんわ」
面倒になってそれだけを返す。
すると、彼女は身を乗り出すようにして喰いついてきた。
「そうなんですね!久しぶりにお会いできるのが楽しみです!⋯⋯ダンスのお相手をしてくださると約束していたので」
そう言って照れたように笑うが、その表情でそのような話を婚約相手に聞かせる必要があるのだろうか。
このメリルという少女は、意識的にか無意識的にか、そうやって相手─特に同性─を不快にさせる言動を取ることが多々あった。
「⋯⋯メリルさん。私を含め、夜会にいらっしゃる方々には、婚約者をお持ちの方も多くいらっしゃいます。ですので、どなたに対しても節度は弁えてくださいね」
この場に母がいればちくりと言っただろうから、代わりに私が釘を刺す。どうせこの場の男性たちは何も言わないであろうから。
とはいえ、彼女には刺さったかどうか、分かったものではないのだが。
「えっ⋯⋯わたし、何かダメなことをしてしまいましたか?」
狙いすましたようにその目に涙を浮かべ、メリルは父をうかがう。
途端に父が渋い顔をした。
「セシリア、お前はまたそうやって小言を⋯⋯。メリルはまだ夜会に慣れていないのだ、多少の無作法は仕方がないだろう」
「メリルさんが最初に夜会に参加してから、もう半年以上経っております。デビュタントしたご令嬢も、その次の夜会からは一人前であることを求められますわ。夜会に参加したいというのであれば、無作法は許されません」
多少の無作法くらいと甘いことを言うなら参加させるなと、暗ににおわせる。
だって、彼女は別に夜会に出る必要はないのだ。
それなのに、厚かましくも高価なドレスや装飾品を父にねだってまで参加しようとする。
母と私は何度も参加を反対したが、メリルは侯爵家の一員だから参加させると一蹴したのは父である。
しかも、彼女はこの通りの人物だ。特に女性からは顰蹙を買うことが多い。──もっともメリルは、どこそこの令嬢から意地悪された─実際は、非常識な行動を諫められたのだろう─という認識のようだが。
その度に母が、『参加せずともよいと言った夜会に強引に来ておいて、勝手な振る舞いでフィングレイの名を貶めることだけはお止めなさい』と、父が得意気に使う家の名を出して戒めてきたのだ。
父もそのことは一応覚えてはいるのだろう、それ以上は言い返せないようだった。
「──夜会での振る舞いについて、姉上は義姉さんにとやかく言えないでしょう」
そこへ割り込んできたのはトリスタンだ。
ちなみに、彼が言う"義姉さん"とは、メリルのことを指す。
「最近の夜会では、マルクス殿と踊った後は壁の花となっているそうではないですか。そんな姉上がなんと噂されているかご存知ですか?──"窓際の幽霊"、だそうですよ。"月の女神"と讃えられた母上と比べると、ずいぶんと惨めなあだ名ですね」
そう言うトリスタンの顔に浮かぶのは、はっきりとした嘲りの表情だ。
"窓際の幽霊"の噂は自分も聞いたことがあった。母譲りの銀髪は、色味が淡いだけに薄暗いところでは悪い意味での雰囲気が出てしまう。
と言っても、それはごく一部の者たちの悪口だ。
その他の人々は、何故私が壁の花となっているかをよく理解してくれている。最近は事情を分かった上で側にいようとしてくれる方たちもいる。
──そもそも、"フィングレイ"の名を背負い、悪意にさらされない道を歩めるとは思っていない。
それは、目の前の弟も同じであるはずなのに。
「先程のお小言だって、本当は常に人に囲まれている義姉さんへの嫉妬なのでしょう?⋯⋯醜い人だ」
そして彼は、悪意しか感じない冷たい笑顔を浮かべた。
嫉妬とトリスタンは言うが、勘違いも甚だしい。
メリルの"人に囲まれている"状態がうらやましいとはまったく思わない。──それは大体、トラブルであるからだ。
思わず顔をしかめた私を無視し、トリスタンはメリルに向かって薄く笑んだ。
「義姉さん、安心してください。今度の夜会も私がエスコートしますから」
「トリスタン⋯⋯!」
不安そうに成り行きを見守っていたメリルが、今度は感動で瞳を潤ませた。
私との関係が悪いのはもともとだったとしても、何故かこの弟は父と同じくメリルには甘い。女性にうつつを抜かすタイプではないと思っていただけに、意外だった。
それにしても、夜会での振る舞いについて言うならば、先程の発言にもあるように、トリスタンも非常にまずいと言わざるを得ないのだが。
「貴方は人のことばかり言っていますが、それよりも自分の行動をしっかりなさい。本来優先すべきは、自分の婚約者であるティルダ様でしょう」
そう。トリスタンにも婚約者がいるのだ。
彼はこの通り、まったく顧みていないが。
「彼女にエスコートをしてほしいと頼まれたことはないので、別に構いませんよ。何か問題があれば、後から適当に詫びの品でも贈っておきます。
⋯⋯それよりも、心細いだろう義姉さんが心配だ」
彼の言葉に絶句する。
夜会のエスコートなんて、わざわざお願いするようなものではない。婚約関係にある者なら当然の行動だ。それに表立って抗議することはないとしても。
それに、詫びの品と簡単に言ったが、それを買う金はどこから出るのか。
何よりも──そうやって物を与えられればあっさり丸め込まれると思われているティルダ嬢に、申し訳なかった。
「トリスタンは優しいね。婚約者の方よりもわたしを優先してくれるだなんて」
メリルは弟の言葉に感動している様子だが、それもおかしい。本当に姉だと言うならば、弟の暴挙を止めねばならないはずだ。
「⋯⋯とにかく、婚約者の方は大事になさい。今に大変なことになりますわよ」
「何を。姉上こそ、その調子ではすぐにマルクス殿に愛想を尽かされますよ。私の方がよっぽど上手くやれています」
「──その言葉、よく覚えておきなさい、トリスタン」
冷たい声色にトリスタンは鼻白んだが、すぐに持ち直して侮るような表情を浮かべた。
それ以後、私もトリスタンもむっつりと黙り込み、メリル一人だけが楽しそうに喋っていた。
34
お気に入りに追加
1,221
あなたにおすすめの小説
公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜
月
ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。
けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。
ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。
大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。
子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。
素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。
それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。
夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。
ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。
自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。
フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。
夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。
新たに出会う、友人たち。
再会した、大切な人。
そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。
フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。
★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。
※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。
※一話あたり二千文字前後となります。
【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。
138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」
お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。
賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。
誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。
そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。
諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
聖女は祖国に未練を持たない。惜しいのは思い出の詰まった家だけです。
彩柚月
ファンタジー
メラニア・アシュリーは聖女。幼少期に両親に先立たれ、伯父夫婦が後見として家に住み着いている。義妹に婚約者の座を奪われ、聖女の任も譲るように迫られるが、断って国を出る。頼った神聖国でアシュリー家の秘密を知る。新たな出会いで前向きになれたので、家はあなたたちに使わせてあげます。
メラニアの価値に気づいた祖国の人達は戻ってきてほしいと懇願するが、お断りします。あ、家も返してください。
※この作品はフィクションです。作者の創造力が足りないため、現実に似た名称等出てきますが、実在の人物や団体や植物等とは関係ありません。
※実在の植物の名前が出てきますが、全く無関係です。別物です。
※しつこいですが、既視感のある設定が出てきますが、実在の全てのものとは名称以外、関連はありません。
遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!
天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。
魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。
でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。
一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。
トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。
互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。
。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.
他サイトにも連載中
2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。
よろしくお願いいたします。m(_ _)m
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
放置された公爵令嬢が幸せになるまで
こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる