12 / 42
11. 夜会にて 〜無礼な少女
しおりを挟む「皆様、お待たせいたしました」
会場の隣に設けられた休憩と軽食用の小部屋、先程声をかけてくれた二人の令嬢のもとへと向かう。
「セシリアさま!お早かったようですがよろしいのですか?」
「お心遣いをいただき、ありがとうございます。お陰さまでゆっくりお話ができましたわ。ね、ティルダ」
「はい。ありがとうございました」
ティルダと二人並んで言えば、二人組は目を丸くした。
それを怪訝に思いながらも、自分たちも喉を潤そうと近くの給仕に声をかけた。
「果実水をお願いするわ。⋯⋯ティルダ、貴女は?」
「ありがとうございます。じゃあ、私もセシリアさまと同じものを。⋯⋯こんなにたくさん話したのは久しぶりで、すごく喉が渇いていたんです」
「ふふ、私もよ」
そんな会話をしながら、一礼をして去って行く給仕を見送っていると、令嬢の片方が口を開いた。
「セシリアさま、わたしも名前で呼んでくださいませ。お言葉遣いも丁寧でなくて構いません」
はっとして彼女を見れば、意を決したような表情をしていた。
それにすぐさま反応したのはもう一人だ。
「それなら私だって!セシリアさま、私もそのようにお願いします!」
その思わぬ剣幕に目を白黒させてしまう。
「え、ええ、分かりまし⋯⋯分かったわ。それなら私もセシリアでいいし、言葉遣いも気安くして」
圧倒されながらもそう言って頷けば、二人の令嬢は顔を見合わせてほっとしたように笑った。
「よかった!やっと言えたわね」
「ええ、うれしいわ。ずっと何となくよそよそしかったから」
「ね。一番仲のいい自信があったのに」
その言葉を聞いて、はっとする。
無意識のうちに、壁を作ってしまっていたのだと気づいた。
「⋯⋯ごめんなさい。私、その⋯⋯気がつかなくて」
女学院では、常に気を張っていた。一挙手一投足も間違えてはならないと思っていた。
家のことがあり、スタートがマイナスなのだから、少しでもそこから前に進まなければならないのだと。
思わずうつむいた私に、彼女たちは慌てたようだった。
「責めているわけではないのよ!ただ⋯⋯ずっと、セシリアは一生懸命だったから」
一生懸命と言えば聞こえはいい。
ただ、必死だったのだ。周りも見えないほどに。
そんなことを考えていると、彼女たちがすぐ傍に歩み寄ってきたことに気づいた。
「何事にも一生懸命なセシリアは、私たちの憧れなのよ。貴女は知らなかったと思うけれど」
「そんな貴女と共に学べること、共にいられること、うれしく思うわ」
一人が私の手を取る。──先程自分がティルダにしたように。
「ね、セシリア。わたしは⋯⋯わたしたちは、貴女のことをお友達だと思っているの。だから、楽しいことも、うれしいことも、⋯⋯辛いことも分かち合えたらと思うの」
弾かれたように顔を上げれば、その先で二人は微笑んでいた。
「私たち、きっといい友達になれるわ。そう思わない?」
その言葉は、胸につかえていた何かを溶かしてくれた。
「──ええ、うん。そうね。私もそう思うわ」
フィングレイ侯爵家の娘として、ではない。
セシリア個人を見てくれている人たちがここにもいてくれたことが、この上なくうれしかった。
その後、ティルダと二人の令嬢と共に、用意されていたソファに腰を下ろしながら他愛もないおしゃべりをした。
「いいなぁ、エンシーナに何度も行っているなんて。エメラルドグリーンの海に白い砂浜のコントラストが美しいのでしょう?」
「有名な高級リゾート地が領地にあるっていいわよね。うちなんか、森と畑しかないわよ?」
二人の令嬢が賑やかに盛り上がっている。
休暇の過ごし方に話が及び、過去の休みに何度か足を運んでいるエンシーナという海沿いの街の話をしたのだ。
「そうは言っても、フィングレイ領もエンシーナ以外は農地ばかりよ。⋯⋯あぁ、えぇと、本当は農地しかないのだけど」
「それはどういうこと?」
「エンシーナがあるのならば、それで十分よね」
それは違うと言おうとして、何をどう説明しようとも家の不名誉な話題に触れざるを得ないと気づき、口をつぐんだ。
ひとまず、今はそれでいいかと思い直す。
「セシリアはお母様がプライセル公爵家のご出身よね?公爵領はどのあたりなの?」
「そういえば、セシリアのお母様は?今日の夜会にもいらしてないわよね?⋯⋯ここしばらくお姿をお見かけしていない気がするけど⋯⋯──もしかして、どこかお悪いの?」
その指摘に、さすがは名家の令嬢、よく見ていると思った。
確かに、今夜の夜会にも母の姿はない。
「母は⋯⋯ちょっと、実家に戻っていて⋯⋯」
その言葉に、共に座する3人に緊張が走ったのが分かった。
メリルはもちろん、父の所業もちょっとどころではない噂になっているのだ。想像は膨らむだろう。
「あぁ、ええと、勘違いしないで。母方の親戚筋に不幸があって、その関係で戻っているだけよ。色々あって、ちょっと長引いてしまっているようで⋯⋯」
「ご不幸?そんなこと、あったかしら⋯⋯」
「──ちょっと、止めなさい。
ごめんなさい、セシリア。お家のことに踏み込んで」
記憶を漁ろうとする令嬢をもう一人が小声で押しとどめ、無理矢理 話題を終わらせた。
おそらく、彼女と──硬い表現のティルダは思い当たったのだろう。
その不幸とはおそらく、半年ほど前にとある子爵家の次男が亡くなったことだということ。
その子爵家は、現公爵の甥子が婿養子に入った家で、その亡くなった次男は跡取りのいないプライセル公爵家の養子になる予定だったこと。
そして今現在──プライセル公爵家に正式な跡取りがいないことに。
「お義姉さま、ここにいらしたのね!」
突然、場違いに大きな声が割り込んできた。
声の主である少女がふらふらと歩み寄ってきて、そのまま私を押しのけるように長椅子に座った。
やはり来るか。
むしろ、思ったよりも遅かったくらいか──そう投げやり気味に思っていた私に反し、周りの反応は素早く、そして手厳しかった。
「まぁ!何事かと思いましたら貴女ですか!」
「突然何でしょうか?お話の最中に割って入ってきた上に、そのようにセシリアさまを押しのけるだなんて、失礼にも程がありますわ」
二人の令嬢の声は、先程までの和やかな様子が幻であったように冷たい。
対する少女──メリルは、むっと眉をひそめた。
「失礼って何でしょう?わたしたちは義理とはいえ姉妹なのですよ。⋯⋯あぁ、お義姉さま、わたしにもお水をください」
非難の声をむしろ不快げに聞き流し、彼女は私に声をかける。
どうせ今まで張り切ってダンスをしていたのだろう、その息は少し乱れていた。
水だって、私の飲み差しを欲したわけではあるまい。自分のために新しいものを頼め、と言っているのだ。
「メリルさん。何度も申していますが、私と貴女は姉妹ではありません。何より、まずは皆様に謝罪するべきですわ。余程の理由がない限り、お話ししている方々のところに声もかけずに割り込むのは、明確なマナー違反です」
水の件には触れずにそう言えば、メリルは心なしか白っぽい顔を呆れたようにしかめた。
「マナーマナーって、お義姉さまったらそればっかりね。そんなつまらないことにばかりこだわっていたら、パーティーは楽しめないわ」
「ここは社交の場ですわ。誰もが家を背負って集まっています。振る舞いによっては、相手の体面を傷つけ、自身の家を貶めることとなります。マナーを大事にされるセシリアさまのお言葉は、もっともなことです」
横からティルダも言葉を添える。
メリルは彼女を睨むように見て──わずかに目を見張った。
「──あぁ、お義姉さまの女学院のお友だちの方たちだったのね」
得心がいったようにそう言う。
「わたしも女学院に通いたいと思ったことがありましたけど、お義母さまの反対で通えなかったんですよね」
それは事実だ。
メリルはどこからか、私が女学院に通っていたことでマルクスとの婚約が成ったと聞き、自分も通いたいと言い出したのだ。
動機が不純な上、そもそも娘でもない彼女に多額の学費を払う義理はないと、母が突っぱねたのだ。
「でも、今となってはよかったわ。口うるさくて嫌味っぽい方たちばっかりのようですから」
令嬢たちを明らかに侮辱する言葉に、その侮るような表情に、瞬間的に怒りが燃え上がった。
「撤回なさい、無礼者」
自分でも驚くほど、固く冷たい声が出た。
92
お気に入りに追加
1,370
あなたにおすすめの小説

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。
紺
ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」
実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて……
「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」
信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。
微ざまぁあり。


悪役令嬢ですか?……フフフ♪わたくし、そんなモノではございませんわ(笑)
ラララキヲ
ファンタジー
学園の卒業パーティーで王太子は男爵令嬢と側近たちを引き連れて自分の婚約者を睨みつける。
「悪役令嬢 ルカリファス・ゴルデゥーサ。
私は貴様との婚約破棄をここに宣言する!」
「……フフフ」
王太子たちが愛するヒロインに対峙するのは悪役令嬢に決まっている!
しかし、相手は本当に『悪役』令嬢なんですか……?
ルカリファスは楽しそうに笑う。
◇テンプレ婚約破棄モノ。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

【完結】陛下、花園のために私と離縁なさるのですね?
紺
ファンタジー
ルスダン王国の王、ギルバートは今日も執務を妻である王妃に押し付け後宮へと足繁く通う。ご自慢の後宮には3人の側室がいてギルバートは美しくて愛らしい彼女たちにのめり込んでいった。
世継ぎとなる子供たちも生まれ、あとは彼女たちと後宮でのんびり過ごそう。だがある日うるさい妻は後宮を取り壊すと言い出した。ならばいっそ、お前がいなくなれば……。
ざまぁ必須、微ファンタジーです。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる