【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季

文字の大きさ
上 下
20 / 42

15. 母の"重要な話"

しおりを挟む

突然の母の登場に焦ったのは父だった。
鬼の居ぬ間にと、今まさに母に聞かせられない話をしていただけあって、その動揺は計り知れない。

「シンシア!突然帰ってくるとは、どういうことだ⁉︎」

泡を食ったような父の言葉に、母はゆったりと首を傾げてみせた。

「あら?貴方の妻である侯爵夫人のわたくしが家に帰るときに、いちいち許可が必要なのですか?」
「それは、その⋯⋯準備というものがあるだろう!」
「思い出しましたわ。確か二日ほど前にお出ししたお手紙に、本日の夕食どきに帰ることを書いておりました」

母は、わざとらしく手を打ち鳴らして、笑う。
──しかし私には、その目は笑っていないように見えた。

「使者の者に必ずお目通しくださいと言付ことづけましたもの。当然──ご覧になっておりますよね?」

見る見るうちに父の顔が青くなっていく。
その手紙はおそらく、今も手付かずのまま執務室の机の上で、その他の重要書類等と共に埋もれているはずだ。

「あ⋯⋯あぁ、思い出した。そういえば、そんな手紙を見たな。いや、忙しかったから忘れていた」
「やはりそうだったのですね!姻家となった公爵家の一大事ですのに、こちらからのお手紙にまともにお返事を書いてくださったのは、最初の数度だけでしたもの。よっぽどお忙しいのでしょうとお話ししておりましたわ」

顔に貼り付けた表情こそ笑顔だが、言葉は皮肉の極みで容赦がない。
父は、それはまあ、ああうん、そうだな、などと要領を得ないことを言いながら、激しく震える手で席を勧めた。

「た、立ち話もなんだ、座ろう。そなたが帰ってくると思い、馳走を用意させたのだ」

"お祝い"とやらはどこにいったのか。
無責任にもそんなことをのたまう父に、メリルが目を剥いた。

「お義父さま、何を⋯⋯!」
「メリル、はしたないだろう。早く座りなさい」

抗議の声を上げたメリルを素早く制する。
突然手のひらを返した父に、メリルが驚愕の眼差しを向けた。

ここまで来ると滑稽を通り過ぎてもはや哀れだと思いながら、父にそっと伝える。

「お父様、お料理の席数と人数が合いませんわ」
「あら、本当ね」

おかしいわねふふふと笑う母に、父は倒れそうになりながらも使用人たちを睨んだ。

「貴様ら、晩餐の人数を間違えるとは何事だ!」
「構いませんわ、トビアス様。お食事よりも大切で重要なお話がありますもの。──フィリップ」

清々しいまでの責任転嫁にも構うことなく、母は婉然と笑う。
静かに母の傍に控えていた忠実なる家令は、はいと返事をすると片手を上げ、他の使用人たちに当主の席の前に置かれたテーブルセッティングを片付けさせた。
そうやって空いたスペースに、3枚の紙─いずれも高級紙であるとすぐに見て分かる─をうやうやしく並べる。

「さあトビアス様、お掛けになってください。そして、この間のお手紙でお話ししたことを確認いたしましょう」

手紙を読んでいないどころか触れてもいない父は、当然だが事態を飲み込めていない。
それでも操られたように当主の席に着き、示された一番右端の紙に視線を落とした。

──父は、気づいているのだろうか。
母が、父のことを"旦那様"ではなく、"トビアス様"─父の名前─で呼び始めていることに。

父は震えの治まってきた手で、卓上に置かれた紙を持った。
そうやってしばらく無言で書かれたことを読んでいたのだが──突然、手にした紙をビリビリに破り出した。

「なんだ、これは!──っ、シンシア!お前は私を馬鹿にしているのか!」
「馬鹿になどしておりませんわ。真面目な要求です」

母は父の剣幕にも一切動じることなく言い切った。
紙を覗ける位置になく、何が書いてあるのかが分からないメリルとトリスタンは、ただ表情を固くして状況を見守っている。
それでもその表情から、今から大変なことが起こると、二人ともが感じているのだと読み取れた。

「その紙にしたためた通りでございますわ。
──私シンシア・フィングレイは、その紙に書かれた条件をもって、汝トビアス・フィングレイといたします」

"月の女神"と讃えられた母が、その呼び名に相応しい冴え冴えと冷たい表情で言い放った。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。

ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」 実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて…… 「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」 信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。 微ざまぁあり。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

悪役令嬢ですか?……フフフ♪わたくし、そんなモノではございませんわ(笑)

ラララキヲ
ファンタジー
 学園の卒業パーティーで王太子は男爵令嬢と側近たちを引き連れて自分の婚約者を睨みつける。 「悪役令嬢 ルカリファス・ゴルデゥーサ。  私は貴様との婚約破棄をここに宣言する!」 「……フフフ」  王太子たちが愛するヒロインに対峙するのは悪役令嬢に決まっている!  しかし、相手は本当に『悪役』令嬢なんですか……?  ルカリファスは楽しそうに笑う。 ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

【完結】陛下、花園のために私と離縁なさるのですね?

ファンタジー
ルスダン王国の王、ギルバートは今日も執務を妻である王妃に押し付け後宮へと足繁く通う。ご自慢の後宮には3人の側室がいてギルバートは美しくて愛らしい彼女たちにのめり込んでいった。 世継ぎとなる子供たちも生まれ、あとは彼女たちと後宮でのんびり過ごそう。だがある日うるさい妻は後宮を取り壊すと言い出した。ならばいっそ、お前がいなくなれば……。 ざまぁ必須、微ファンタジーです。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...