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13. 彼女の策略
しおりを挟むひと騒動となった夜会から一夜明けた。
昨夜の続きを思ってげんなりしながら食堂に向かったが、幸いなことに、朝食の席に自分以外の三人の姿はなかった──まだ体調の優れないらしいメリルを見舞っているのだろう。
おかげで、精神力を削ることなく食事を終え、女学院へと向かうことができた。
女学院では、二人の令嬢とたわいのない話で盛り上がった。
互いに何となく踏み込まないでいたプライベートの話─好きな食べ物や本、演劇などなど─をいくらでも話していられた。
たったそれだけで、不満はなかったものの味気なかった女学院での時間は、一気に鮮やかなものとなった。
惜しいのは、卒業までもう数ヶ月と迫っていることだった。
戻れることならば入学時点に戻りたいくらいだが、それは贅沢が過ぎるというものだろう。
ただ、これからの限られた日々を楽しもうと心に誓った。
──そんな風だったので、家に帰り着いた私を迎えた家令の様子に、浮ついた気分は一気に冷え込んだ。
常に穏やかな笑みを浮かべる老齢の家令─フィリップという─は、祖父の代から当家に仕える。
有能で何事にも動じないこの家令だが、今ばかりは当惑の色が透けて見えていた。
「⋯⋯何かあったのね?」
「はい、お嬢様。実は──」
申し訳なさそうに話し出した家令に、帰宅早々頭痛に襲われた。
自室で服を着替えると、帰宅後の至福のお茶の時間を諦め、そのまま食堂に向かった。
食堂では、使用人たちが慌ただしく行き交っていた。
装飾に晩餐の準備に⋯⋯いつもよりも豪華なそれら。
使用人たちには、努めて表情を無にしている者もいれば、明らかに不満げな色を覗かせている者もいる。
『旦那様が、メリル様が当侯爵家にいらして1年になるから、そのお祝いをされると⋯⋯』
先程のフィリップの言葉を思い出す。
それに対して、令嬢らしくなく、はぁ?と素で返してしまった。熟練の家令はスルーしてくれたが。
「⋯⋯姉上も出席するのですか?」
先に着座していたトリスタンが、これでもかと顔をしかめて言う。
鎧こそ身に着けていないものの、騎士の制服に身を包んでおり、剣も側に置いてあるようだった。
今すぐにでも巡回に出られそうな格好──確か彼は、今日の昼過ぎに騎士団の宿舎に戻る予定だと聞いていたが⋯⋯おそらく、お祝いとやらのために留め置かれたのだろう。
「ええ。メリルさんが是非にとおっしゃったそうなので」
はぁ?と言った後、体調が優れないことにして、お祝いとやらが一段落するまでは部屋にこもると言ったのだが。
しかし、フィリップはたいへん申し訳なさそうに、
『メリル様のご要望で⋯⋯お嬢様にも必ず参加してほしいと。旦那様も拒否はならぬとお命じになっております』
と、父の必殺当主様の命令が炸裂したことを伝えた。
そうでなければ、例え夕飯抜きになろうとも部屋に引きこもっていたところだ。
そんな背景を知る由もないトリスタンは、例によって鼻で笑った。
「義姉さんもお優しい。自分をあんな目に遭わせた姉上まで誘うとは」
あんな目、というのは間違いなく昨夜の首飾りの一件だろう。
あの後、会場に控えていた侍医に昏倒したメリルを診せたところ、魔力酔いで間違いないだろうとのお墨付きをいただいた。
しかし、それはそれで父や弟にしてみれば、私がメリルを嵌めたと思ったのだろう。──実際はその通りなのだが。
とは言っても、私にしてみればそもそもメリルの自業自得であるし、謂れを知りながら強烈に推した父はより罪深いとしか思えない。
弟だって、首飾りの存在に気付いていながらスルーした時点で同罪だろう。
非難してくる彼らに以上のことを言い返したが、責任転嫁だ非道だなんだとうるさかったので、さっさと失礼して屋敷に帰った次第だ。
しかし、そんな理不尽も、もう終わる。
美しく整えられていく食卓を見ながら、そんな日にお祝いとは皮肉というべきか、おめでたいというべきかと、まだ現れない主役を思った。
「さぁ、メリルの好物ばかりを用意させたぞ!今日はメリルがこのフィングレイ侯爵家に来てくれて1年の記念日だからな!」
「うれしいです!ありがとうございます、お義父さま!」
参加に消極的な者を準備の段階から呼びつけておいたくせに、準備が整ってから悠々と現れた父とメリルは、そんな様子ではしゃいでいた。
特にメリルは、すっかり元気になったようだ。
家令曰く、首飾りの出来事で青菜に塩のメリルをなんとか元気付けようと、この宴は考えられたらしい。もちろん、発案者は父だ。
昼過ぎに急遽決まったらしく、宴の準備のために慌てて都中を駆け回ることとなった使用人には申し訳ない。
浮かれる父とメリルは、そんなことは頭に過ぎりもしないだろうから、後で労おうと心に決めた。
「トリスタンもわざわざ残ってくれたのね。ありがとう!」
「いえ、義姉さんのためですから」
騎士団の宿舎に戻る予定だった弟は、労いの言葉に微笑を浮かべた。
「ふふ、本当にわたしの好きなものばかり!早く食べましょう、お義父さま!」
そして、参加を強制した私に対する言葉は、当然のようになかった。それどころか、ただの一度も目を向けはしない。
こんなことなら無理矢理にでも部屋にこもっていればよかった──そう思ったときだった。
「待て待て、メリル。その前に重要な話を先にしてしまおう」
そう言った、父の目。私を射抜いたその目に、嫌な予感がした。
父はそのまま、私を見据える。
「セシリア。昨日は本当に大変なことをしてくれたな」
「何のことでしょうか?」
「とぼけるな!あの首飾りのことだ!」
あえて聞き返せば、忌々しげに吐き捨てた。
そうだろうと思ったが、さも私一人が悪者であるかのような言い方は、どうしても聞き流せなかった。
「お前のせいで我が侯爵家は要らぬ恥をかいた。いやそもそも、こんな愚か者の娘がいること自体が恥だ」
私を罵る父の隣に、メリルは静かに控えている。
それでも、その神妙な顔の下には、私への侮蔑が透けて見えるようだった。
「私は昨夜の一件で心から思ったのだ。このように恥さらしな娘を嫁に出すなど、とんでもないと」
「⋯⋯何をおっしゃりたいのですか?」
芝居がかったように喋る父に、思わず尋ねた。
父はぎろりと私を睨む。
「お前のような阿婆擦れを次期侯爵であるマルクス殿の嫁にはできん。よって、お前とマルクス殿の婚約を解消し──改めて、メリルとマルクス殿の婚約を結ぶこととする」
──成程、だから無理にでもこの"お祝い"に出席させたかったのか。
父の隣で、メリルが勝ち誇ったように笑った。
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