2 / 42
01. 義妹は突然に
しおりを挟む侯爵家の長女に生まれた私、セシリア・フィングレイの目の前に、ある日突然、義妹が現れた。
事の発端は、今から1年近く前、私が17歳のときに、父が見知らぬ少女を連れて来た日にさかのぼる。
家族での夕食の席に部外者を連れ込んだ父は、こう言った。
「彼女はメリル。今日から私の養女としてこの屋敷で暮らすことになった。よろしくしてやってほしい」
その発言をその場に居合わせた誰もが処理できないでいるのに、紹介されたメリルという少女は愛想良く笑ってみせた。
「メリルです。これからどうぞよろしくお願いします」
その後は、和やかに食事、というわけにはもちろんいかず、ひと騒動となった。
私や弟と同じく何も聞いていなかったらしい母は、どういうことかと父に静かに詰め寄っていた。
そしてそのまま、二人は用意されていた夕食に手を付けることなく、場所を移しての話し合いに突入した。
そこで父と母がどのようなことを話したのかは、知らない。
ただ、父の中でメリルとやらを養女とするのは確定事項であったらしいことと、話し合いを終えて部屋から出て来た母がひどく疲れた顔をしていたことを覚えている。
そして、私自身、その初対面の夕食の席から嫌な予感はしていたのだ。
「お義父さまとお義母さま、行ってしまいましたね⋯⋯どうしましょう。
⋯⋯でも、せっかくのお食事がもったいないですよね。冷めてしまわないうちに食べてしまいましょう」
せっかくのお食事の時間─家族団らんの場でもある─をぶち壊した張本人が、状況を処理しきれずに固まっている、この家の本当の家族を差し置き、そう言ってのけた。
そして、あろうことか席を外した母の席─当主夫人の位置である─に座ったのだ。
「お義父さまとお義母さまには申し訳ないですけど、先にいただいてしまいましょう。⋯⋯セシリアお義姉さまに、トリスタン」
トリスタンは私の弟の名だ。
うれしそうに、でも少し恥ずかしそうにそう私たちの名を呼んだ彼女は、ふふふと幸せそうに笑った。
理解の追いつかない状況、理解できない相手に頭の中は混乱を極めていたが、私はなんとかこれだけを口にした。
「⋯⋯お義姉さまなどと呼ばないでください。メリルさん」
詳細は、父が濁したから分からないが。
メリルという少女は、父の友人の一人娘であるらしい。
しかし、彼女の両親は不幸に見舞われ、本来は彼女が手にするはずだった家の権利も親族に奪われた。
友人の不幸とその娘の窮地を知った父は、虐げられていた彼女を助け出し、養女とすることを決意したらしい。
その話だけを聞けば、確かにメリルに同情はする。
だが、だからといって養女云々となると話は別だ。
しかも、母や家令にまで何の相談もないのはまずい。
しかし、何度も言うがこれは父の中で決定事項であるようで。
「フィングレイの当主である私が決めたことだ、異論は許さない。⋯⋯それとも何だ、友人の子を見捨てろと?あのけだものたちが乗っ取った屋敷に今からメリルを戻せと言うのか?」
そう言って、相談のなかったことを詫びるどころか、そもそも何故相談が必要なのかと開き直り、突然の話に困惑してすぐに受け入れられなかった母や家令を冷血だと罵った。
大義名分は我にあるとばかりに、これみよがしに母や家令に罵声を浴びせる父は、本当に救いようがない。
メリルを一時的に保護するというのなら分かる。
しかし、養女となると父の一存で押し通せるものではない。
父が言ったフィングレイの名──侯爵家の名は、それなりに重いのだ。
娘の前でも構わずに母をなじる父は、その辺りのことを分かっているのだろうか──そう思って横目で母をうかがった視線を、私はすぐに父へと戻した。
見てはいけないものを見た気分だった。
母は、"月の女神"と讃えられた美貌を冷たく凍らせ、おそろしいほどの無表情で父を見ていた。
結局、父は折れず、当のメリルもすでに侯爵家の一員のような顔をして振る舞っていて⋯⋯
無理やり押し込まれる形で、"義妹"だという人間が屋敷に一人増えることとなった。
そして──そこから、悪夢のような、出来の悪い喜劇のような日々が始まることとなる。
93
お気に入りに追加
1,370
あなたにおすすめの小説

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。
紺
ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」
実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて……
「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」
信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。
微ざまぁあり。


悪役令嬢ですか?……フフフ♪わたくし、そんなモノではございませんわ(笑)
ラララキヲ
ファンタジー
学園の卒業パーティーで王太子は男爵令嬢と側近たちを引き連れて自分の婚約者を睨みつける。
「悪役令嬢 ルカリファス・ゴルデゥーサ。
私は貴様との婚約破棄をここに宣言する!」
「……フフフ」
王太子たちが愛するヒロインに対峙するのは悪役令嬢に決まっている!
しかし、相手は本当に『悪役』令嬢なんですか……?
ルカリファスは楽しそうに笑う。
◇テンプレ婚約破棄モノ。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)

【完結】陛下、花園のために私と離縁なさるのですね?
紺
ファンタジー
ルスダン王国の王、ギルバートは今日も執務を妻である王妃に押し付け後宮へと足繁く通う。ご自慢の後宮には3人の側室がいてギルバートは美しくて愛らしい彼女たちにのめり込んでいった。
世継ぎとなる子供たちも生まれ、あとは彼女たちと後宮でのんびり過ごそう。だがある日うるさい妻は後宮を取り壊すと言い出した。ならばいっそ、お前がいなくなれば……。
ざまぁ必須、微ファンタジーです。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる