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──もしかしたら、これがエリアーシュと話す最後の機会になるかもしれない。

そう思いながら、セシリアは晩餐会の準備を整える。
今回のベビーブルーのドレスは、スカート部分にドレープが幾重にも折り重なったデザインで、裾に近づくほど色味が濃くなる。
侍女はやはり妙に張り切った様子で、化粧から髪型から、随分と気合を入れて支度をしてくれた。

とはいえ今回の晩餐会への参加は、それこそ飛び入りのようなものである。
参加についてはあのお茶会の席ですぐに了承したため、詳細は後で送られてきたのだ。
セシリアの参加について、エリアーシュにどこまで話が伝わっているかもわからない。

彼にどんな反応をされるだろうと思うと、嫌でも緊張が高まった。


「──セシリア、本当に一人で行くのね?」

出発する前、母シンシアが心配そうに尋ねてくる。
晩餐会の詳細を書いた紙には、もしよかったらお母様もと書いてあったのだが、セシリアは一人で行くことを決めていた。
一度はそれを承諾したシンシアだったが、つい数日前のセシリアの様子を思い返すに、やはり心配になったのだろう。

「大丈夫よ、お母様。それに今から参加するだなんて、先方に失礼だわ。しかも晩餐会なのだし」
「それは、そうだけれど⋯⋯」

シンシアは眉をひそめ、思案するような顔をする。

「⋯⋯席だけ用意していただいて、食事は持参するとか」
「お母様、止めてください」

それは向こうも困るだろう。こちらも恥ずかしすぎる。
だけど、心配してくれている気持ちはきちんと受け取ろうと、セシリアは微笑した。

「ありがとうございます、お母様。でも、本当に大丈夫です。私も、もう子供ではありませんわ」
「⋯⋯えぇ、そうね。貴女は本当に、強く、美しく育ってくれたわ。──貴女は私の自慢よ、セシリア」

セシリアの手を取ってしみじみと言う母に、セシリアも胸に迫るものがあった。

「ごめんなさい、なんだか感傷的になってしまったわ。⋯⋯馬車も来ているわね。──いってらっしゃい、セシリア」
「⋯⋯はい。行ってきます、お母様」

──たとえどんな決着になろうとも、私は必ず幸せになりますから。

そんな決意をこめて、母に取られていた手を強く握り返した。



公爵家の馬車は示された時間に余裕をもって、子爵邸に到着した。
馬車から降りようとして──一人の青年が駆け寄ってくるのが見えた。

「セシリア!」
「エル⋯⋯」

エリアーシュは付き添いの使用人に代わってセシリアの手を取り、馬車から降りるのを手伝った。
地に降り立ったセシリアは、礼を言って手を戻そうとしたのだが、エリアーシュが握ったまま放してくれない。

「よかった、来てくれて。⋯⋯本当にすまない。君にはいらない心労をかけてしまった」
「ちょ、ちょっと待って、エル。どうしたの?」

セシリアの手を握ったまま彼女をしばらく見つめた後、彼はそんなことを言い出した。
それどころかその場に膝を折ろうと─おそらく謝罪のためだ─したため、セシリアは慌てて押し留めた。

「こんなところで止めて。それに、貴方に謝られるようなことはないわ。むしろ謝らないといけないのは⋯⋯」
「それもそうか、確かにここは少し寒いし。じゃあ話は場所を移してにしよう」
「話って?⋯⋯いえ、私も貴方に話があるのだけど」

なんだか、噛み合っているようで噛み合っていないが、それでも互いに相手と話をしたかったことは一致している。

「とりあえず、中へ──」

セシリアの手を引いて歩き出そうとしたエリアーシュが、ぎくりと動きを止めた。
何事だろうとセシリアも彼の視線の先を追えば──。

「セ、セシリアさま⋯⋯」

──そこには、アイリスが立っていた。

一人らしい彼女がセシリアの方へ歩み寄ろうとすると、その前に素早くエリアーシュが割って入った。

「当家にどのようなご用件でしょう?ティレット伯爵家は本日お招きしておりませんが」
「⋯⋯セシリアさまにお話があって」
「左様ですか。それで、公爵家に面会を願うお手紙を差し上げるでもなく、彼女が参加される会の会場に許可もなく押しかけるのですか?随分と不躾な行動ですね」
「そ、それは⋯⋯」
「まぁいいでしょう。私も貴女に訊きたいことがありますので」
「わたしに訊きたいこと?⋯⋯いえ、それより、貴方は今日夜勤のはずでは⋯⋯」

アイリスの顔色が悪い。
背に庇われているため、セシリアからエリアーシュの表情は見えないが、その声色はおそろしく冷たい。

「夜勤?それこそ何の話ですか?家族でもない貴方が私の勤務時間を知っているのも不思議な話ですし」

エリアーシュの返しに、アイリスは押し黙った。
その視線が、やがてセシリアの方を向く。

「セシリアさま、少しだけお話を⋯⋯」
「セシリア嬢はこれから当家の晩餐会に参加されます。お話があるのなら手短に願います」
「あ、貴方がいる前では話せない話です」
「ほう。それは、話せないのですか?尚更気になりますね」
「⋯⋯とにかく、この状況では話せません」

互いに譲らぬ雰囲気に、そのまま二者の睨み合いに突入しようかとしたときだった。
玄関の扉が開き、一人の女性が姿を現した。

「そんなところで何をやっているの。もう肌寒い時期なのに──あら?ティレット伯爵令嬢、どうして当家に?」

現れたのは、エリアーシュの姉のウィレミナだった。
小首を傾げながらアイリスに問いかける。

「わ、わたしは、セシリアさまにお話があって⋯⋯」
「そうなのですか?貴女はお招きしていないのですが⋯⋯──まぁ、構いませんわ。外は冷えますので、どうぞ中へ」
「姉上!」

扉の内を指し示すウィレミナに、エリアーシュが険のある声で押し留めようとする。
対するウィレミナは、弟にだけわかるように小さく頷いてみせた。その動きに、尚も反対しようとしていたエリアーシュは口を閉じる。

とりあえずはと、三人はウィレミナに勧められるままに邸の中へと入った。
それでもエリアーシュは油断なくアイリスの動向を見張っており、セシリアとアイリスを結ぶ直線上に、必ず割り込むように立っている。
アイリスはアイリスでずっとセシリアの方を見つめており、セシリアはどうしたものかと二者の様子を窺う。

そんな状況のために漂う緊張感には、まったく気づいていないというように、ウィレミナは明るい表情でそんな三者を振り返った。

「アイリス伯爵令嬢、お話ということならお部屋もご用意いたしますわ。──ただし」

ウィレミナはそこまで言うと、アイリスに向けてにこりと笑ってみせた。

「当家の場所をお貸しするのですから、何のお話をされるかは教えてくださいませね」
「え⋯⋯」
「あら、当然でしょう?貴女は許しを得ることなく他家まで押しかけてきたのですよ?」

その上さらに悪いお話はさせられませんものと、ウィレミナは冗談めかして言うのだが⋯⋯
──エリアーシュが見たその目は、一切笑っていなかった。
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