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しおりを挟む思い詰めたようなセシリアの言葉に、慌てたのはエリアーシュだった。
彼は一瞬怪訝そうな顔をしたものの、すぐに意を察して表情を悲痛そうに歪めた。
「申し訳ありません。その⋯⋯手紙のことを気にされたんですよね?⋯⋯私は、この催し事の話題を避けていましたから」
セシリアは何も答えられなかった。
しかしその様子からエリアーシュは是だと察したのだろう、その眉尻が下がる。
「本当にすみません。謝ってすむことではありませんが⋯⋯私は、自分のつまらぬ見栄のせいで貴女を傷つけてしまったようです」
「見栄⋯⋯ですか?」
はい、とエリアーシュは頷きながらも、これから告白する内容を思い、どうにも恥ずかしくなった。
「貴女は模擬戦のことをお尋ねになりましたが⋯⋯私はそもそも、今回の模擬戦には出場しないのです」
予想外の言葉に、セシリアは何も言えなかった。
その間にもエリアーシュは続けて話す。
「この催しで行う模擬戦に出られるのは、選ばれた一部の騎士だけです。私は実力不足でその選に漏れてしまい、救護の手伝いを命じられました。⋯⋯そんな自分の無能を貴女に告げられなかったのです」
「そう⋯⋯だったのですか」
「本当は私の方から貴女をこの催しにお誘いしたかったのですが、このような状態で誘うのも面目なく⋯⋯こうして顔を合わせているのも、本当は情けないのですが」
そんな、とセシリアはすぐに反論した。
「情けないだなんて、どうしてそのように思われるのですか」
「情けないでしょう。騎士団長になるかもしれない父の子としてもですし、何より──貴女にふさわしくありません」
面と向かってそんなことを言われ、セシリアは気恥ずかしくなった。
しかしすぐに、その意味するところを疑問に思った。
なぜ自分にふさわしくないのか──おそらく彼は、武家の名門と言われるプライセル家の未来の婿養子としての体面を気にしたのだろうと納得した。
それと同時に、彼の父親の言葉がまたよみがえった。
──エリアーシュは、本当はそれなりに実力があるのだろうが、どうも覇気がないと言うか⋯⋯悪い言い方をすると、やる気のない奴なのだ。
やる気がないかどうかはよくわからないが、彼が自分の実力を気にしているのは間違いないだろう。
それなのに、父の出世のためとはいえプライセル公爵家への婿入りを強要されるのは、おそらくたいへんな重圧なのではないだろうか。
そう考えてしまうと、嫌でも少し前の少女の言葉が頭によみがえった。
── エルが本当はどう考えているのかについても、どうかご配慮くださいませ。
「⋯⋯エリアーシュ様は⋯⋯」
「はい」
思わず声に出してしまっていたらしく、彼は真面目に返事を返してくれる。
口に出すつもりはなかったのにとセシリアは動揺したが、──勢いに任せて、言ってしまうことにした。
「その⋯⋯この婚約話がエリアーシュ様の本意でなければ⋯⋯──本格的に決まったわけではありませんから、まだ無かったことにできると思います」
「──え?」
静かに告げると、エリアーシュが唖然としたようにセシリアを見つめた。
彼女はそんな彼からふいと顔を逸らし、彼ではないどこかに視線を逃す。
「もしエリアーシュ様の方から言い出しにくいようでしたら、私の方からそのように祖父や貴方のお父君にお話しして⋯⋯」
「それは!」
エリアーシュが突然大きな声を出したものだから、セシリアは驚きそれ以上を口にできなかった。
逸らしていた視線を彼に戻せば、エリアーシュは何とも辛そうな顔をしていた。
「それは⋯⋯どういう意味ですか。──もちろん、俺はまだ実績も何もない、ただの平の騎士です。貴女に釣り合うものなんて何も持ち合わせていません。ですが⋯⋯」
エリアーシュはまだ何か言おうとしていたようだが、彼も突然の話に混乱しており、それ以上は何も言葉を継げなかった。
だから、覚悟を決めてセシリアを見据えると、どうにも苦しそうに、直接的なその疑問を口にした。
「貴女は──俺との婚約が、お嫌なのですか?」
その言葉にセシリアは驚いた。
先程自分が疑って遠回しに訊いた言葉が、なぜかより直球になって自分に返ってきたのだ。
「嫌ではありません!むしろ私にはもったいないくらい素敵な方で──と、ええと⋯⋯」
慌てて力強く否定したものの、余計なことまで口走りそうになり、一瞬遅れて冷静になると、はしたなかったかもしれないとセシリアは後悔した。心なしか頬が熱い。
だが、そんな彼女にさらなる追い討ちがかけられた。
「そう⋯⋯ですか。──よかった」
心底ほっとしたように、エリアーシュがその端正な顔立ちをほころばせたのだ。
その柔らかな表情に思わずセシリアは見惚れてしまった。
が、すぐにその魅了を振り切り、きちんと伝えねばという使命感のままに話す。
「違うのです!私はただ、エリアーシュ様がご無理をなさっているのではないかと⋯⋯それは、私の本意ではなくて、」
「無理?何がでしょう?」
「それは⋯⋯」
彼が直球で訊いてくれたことをそのまま訊き返せばいいのだと、頭ではわかっていた。
だが──彼のようには、どうしても真っ直ぐに尋ねられなかった。
恐怖に足がすくむように、唇が震えた。
「⋯⋯貴女に嫌われていないのなら、今はそれでいいです」
黙りこくったセシリアに配慮したのだろう、エリアーシュが苦笑しながらそう言った。
そうしてから、ためらいがちに続けた。
「あの⋯⋯もしご迷惑でなければ、また近いうちに会えませんか?今日の埋め合わせをさせてください」
「埋め合わせだなんて、そんな、お気になさらず」
「お願いします。私を助けると思って」
失礼にならない程度に距離を詰めたエリアーシュの熱意に押され、セシリアは頷いた。
それにエリアーシュは、ほっとしたように微笑をこぼす。
「では、日取りについてはまたお手紙で。申し訳ありませんが、私の休みに合わせていただくことになるかと思いますが」
「それは、もちろん構いませんが」
どこか浮かれた様子のエリアーシュを不思議に思いながらもセシリアは了承する。
どこか夢の中のようにおぼつかなくて、仕事に戻りますと名残惜しそうに言い残し、綺麗な礼をして去って行くエリアーシュの後ろ姿を、セシリアはしばらくぼうっと見送っていた。
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