【完結】断罪を終えた令嬢は、まだ恋を知らない。〜年下騎士から好意を向けられている?対処の仕方がわかりません⋯⋯。

福田 杜季

文字の大きさ
上 下
11 / 31

10

しおりを挟む

思い詰めたようなセシリアの言葉に、慌てたのはエリアーシュだった。
彼は一瞬怪訝そうな顔をしたものの、すぐに意を察して表情を悲痛そうに歪めた。

「申し訳ありません。その⋯⋯手紙のことを気にされたんですよね?⋯⋯私は、この催し事の話題を避けていましたから」

セシリアは何も答えられなかった。
しかしその様子からエリアーシュは是だと察したのだろう、その眉尻が下がる。

「本当にすみません。謝ってすむことではありませんが⋯⋯私は、自分のつまらぬ見栄のせいで貴女を傷つけてしまったようです」
「見栄⋯⋯ですか?」

はい、とエリアーシュは頷きながらも、これから告白する内容を思い、どうにも恥ずかしくなった。

「貴女は模擬戦のことをお尋ねになりましたが⋯⋯私はそもそも、今回の模擬戦には出場しないのです」

予想外の言葉に、セシリアは何も言えなかった。
その間にもエリアーシュは続けて話す。

「この催しで行う模擬戦に出られるのは、選ばれた一部の騎士だけです。私は実力不足でその選に漏れてしまい、救護の手伝いを命じられました。⋯⋯そんな自分の無能を貴女に告げられなかったのです」
「そう⋯⋯だったのですか」
「本当は私の方から貴女をこの催しにお誘いしたかったのですが、このような状態で誘うのも面目なく⋯⋯こうして顔を合わせているのも、本当は情けないのですが」

そんな、とセシリアはすぐに反論した。

「情けないだなんて、どうしてそのように思われるのですか」
「情けないでしょう。騎士団長になるかもしれない父の子としてもですし、何より──貴女にふさわしくありません」

面と向かってそんなことを言われ、セシリアは気恥ずかしくなった。
しかしすぐに、その意味するところを疑問に思った。
なぜ自分にふさわしくないのか──おそらく彼は、武家の名門と言われるプライセル家の未来の婿養子としての体面を気にしたのだろうと納得した。

それと同時に、彼の父親の言葉がまたよみがえった。

──エリアーシュは、本当はそれなりに実力があるのだろうが、どうも覇気がないと言うか⋯⋯悪い言い方をすると、やる気のない奴なのだ。

やる気がないかどうかはよくわからないが、彼が自分の実力を気にしているのは間違いないだろう。
それなのに、父の出世のためとはいえプライセル公爵家への婿入りを強要されるのは、おそらくたいへんな重圧なのではないだろうか。

そう考えてしまうと、嫌でも少し前の少女の言葉が頭によみがえった。

── エルが本当はどう考えているのかについても、どうかご配慮くださいませ。

「⋯⋯エリアーシュ様は⋯⋯」
「はい」

思わず声に出してしまっていたらしく、彼は真面目に返事を返してくれる。
口に出すつもりはなかったのにとセシリアは動揺したが、──勢いに任せて、言ってしまうことにした。

「その⋯⋯この婚約話がエリアーシュ様の本意でなければ⋯⋯──本格的に決まったわけではありませんから、まだ無かったことにできると思います」
「──え?」

静かに告げると、エリアーシュが唖然としたようにセシリアを見つめた。
彼女はそんな彼からふいと顔を逸らし、彼ではないどこかに視線を逃す。

「もしエリアーシュ様の方から言い出しにくいようでしたら、私の方からそのように祖父や貴方のお父君にお話しして⋯⋯」
「それは!」

エリアーシュが突然大きな声を出したものだから、セシリアは驚きそれ以上を口にできなかった。
逸らしていた視線を彼に戻せば、エリアーシュは何とも辛そうな顔をしていた。

「それは⋯⋯どういう意味ですか。──もちろん、俺はまだ実績も何もない、ただの平の騎士です。貴女に釣り合うものなんて何も持ち合わせていません。ですが⋯⋯」

エリアーシュはまだ何か言おうとしていたようだが、彼も突然の話に混乱しており、それ以上は何も言葉を継げなかった。
だから、覚悟を決めてセシリアを見据えると、どうにも苦しそうに、直接的なその疑問を口にした。

「貴女は──俺との婚約が、お嫌なのですか?」

その言葉にセシリアは驚いた。
先程自分が疑って遠回しに訊いた言葉が、なぜかより直球になって自分に返ってきたのだ。

「嫌ではありません!むしろ私にはもったいないくらい素敵な方で──と、ええと⋯⋯」

慌てて力強く否定したものの、余計なことまで口走りそうになり、一瞬遅れて冷静になると、はしたなかったかもしれないとセシリアは後悔した。心なしか頬が熱い。
だが、そんな彼女にさらなる追い討ちがかけられた。

「そう⋯⋯ですか。──よかった」

心底ほっとしたように、エリアーシュがその端正な顔立ちをほころばせたのだ。
その柔らかな表情に思わずセシリアは見惚れてしまった。

が、すぐにその魅了を振り切り、きちんと伝えねばという使命感のままに話す。

「違うのです!私はただ、エリアーシュ様がご無理をなさっているのではないかと⋯⋯それは、私の本意ではなくて、」
「無理?何がでしょう?」
「それは⋯⋯」

彼が直球で訊いてくれたことをそのまま訊き返せばいいのだと、頭ではわかっていた。
だが──彼のようには、どうしても真っ直ぐに尋ねられなかった。
恐怖に足がすくむように、唇が震えた。

「⋯⋯貴女に嫌われていないのなら、今はそれでいいです」

黙りこくったセシリアに配慮したのだろう、エリアーシュが苦笑しながらそう言った。
そうしてから、ためらいがちに続けた。

「あの⋯⋯もしご迷惑でなければ、また近いうちに会えませんか?今日の埋め合わせをさせてください」
「埋め合わせだなんて、そんな、お気になさらず」
「お願いします。私を助けると思って」

失礼にならない程度に距離を詰めたエリアーシュの熱意に押され、セシリアは頷いた。
それにエリアーシュは、ほっとしたように微笑をこぼす。

「では、日取りについてはまたお手紙で。申し訳ありませんが、私の休みに合わせていただくことになるかと思いますが」
「それは、もちろん構いませんが」

どこか浮かれた様子のエリアーシュを不思議に思いながらもセシリアは了承する。
どこか夢の中のようにおぼつかなくて、仕事に戻りますと名残惜しそうに言い残し、綺麗な礼をして去って行くエリアーシュの後ろ姿を、セシリアはしばらくぼうっと見送っていた。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 「番外編 相変わらずな日常」 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

【完結】見返りは、当然求めますわ

楽歩
恋愛
王太子クリストファーが突然告げた言葉に、緊張が走る王太子の私室。 伝統に従い、10歳の頃から正妃候補として選ばれたエルミーヌとシャルロットは、互いに成長を支え合いながらも、その座を争ってきた。しかし、正妃が正式に決定される半年を前に、二人の努力が無視されるかのようなその言葉に、驚きと戸惑いが広がる。 ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】潔く私を忘れてください旦那様

なか
恋愛
「子を産めないなんて思っていなかった        君を選んだ事が間違いだ」 子を産めない お医者様に診断され、嘆き泣いていた私に彼がかけた最初の言葉を今でも忘れない 私を「愛している」と言った口で 別れを告げた 私を抱きしめた両手で 突き放した彼を忘れるはずがない…… 1年の月日が経ち ローズベル子爵家の屋敷で過ごしていた私の元へとやって来た来客 私と離縁したベンジャミン公爵が訪れ、開口一番に言ったのは 謝罪の言葉でも、後悔の言葉でもなかった。 「君ともう一度、復縁をしたいと思っている…引き受けてくれるよね?」 そんな事を言われて……私は思う 貴方に返す返事はただ一つだと。

私を棄てて選んだその妹ですが、継母の私生児なので持参金ないんです。今更ぐだぐだ言われても、私、他人なので。

百谷シカ
恋愛
「やったわ! 私がお姉様に勝てるなんて奇跡よ!!」 妹のパンジーに悪気はない。この子は継母の連れ子。父親が誰かはわからない。 でも、父はそれでいいと思っていた。 母は早くに病死してしまったし、今ここに愛があれば、パンジーの出自は問わないと。 同等の教育、平等の愛。私たちは、血は繋がらずとも、まあ悪くない姉妹だった。 この日までは。 「すまないね、ラモーナ。僕はパンジーを愛してしまったんだ」 婚約者ジェフリーに棄てられた。 父はパンジーの結婚を許した。但し、心を凍らせて。 「どういう事だい!? なぜ持参金が出ないんだよ!!」 「その子はお父様の実子ではないと、あなたも承知の上でしょう?」 「なんて無礼なんだ! 君たち親子は破滅だ!!」 2ヶ月後、私は王立図書館でひとりの男性と出会った。 王様より科学の研究を任された侯爵令息シオドリック・ダッシュウッド博士。 「ラモーナ・スコールズ。私の妻になってほしい」 運命の恋だった。 ================================= (他エブリスタ様に投稿・エブリスタ様にて佳作受賞作品)

【完結】領主の妻になりました

青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」 司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。 =============================================== オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。 挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。 クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。 新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。 マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。 ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。 捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。 長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。 新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。 フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。 フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。 ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。 ======================================== *荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください *約10万字で最終話を含めて全29話です *他のサイトでも公開します *10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします *誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

処理中です...