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しおりを挟むその日、プライセル公爵家のセシリアは、自身の婚約者候補と初めて会う日を迎えていた。
セシリアは18歳。高位貴族の娘で、この歳になって婚約者候補との初顔合わせというのは、かなり遅い部類に入る。
しかし、彼女の場合は父と母の離縁に関わる騒動により、母と共に母の実家であるプライセル公爵家に入ることになった。そして、跡取りの不在だった公爵家の跡取りとして指名されたのだ。
そのため、それまで結んでいた侯爵家嫡男との婚約を解消することになり、改めて別の相手との婚約を結ばねばならなくなった。
この辺りの出来事は僅か半年ほど前のことになるのだが、セシリアにとってはもう思い出したくもない出来事となっていた。
とにかく今日は、婚約者になる予定の方とそのご両親に公爵家までわざわざご足労をいただくのだ。
花が咲き誇る庭の中にある東屋で、セシリアは母と二人、彼らを待ち構えていた。
やがて、東屋に三人を伴った祖父の公爵がやって来た。
「プライセル家のセシリアと申します。本日はどうぞ、よろしくお願いいたします」
セシリアは堂々と胸を張りながら、来客に向け会心の笑みを浮かべると、丁寧にカーテシーをした。
お客の御三方のうちの一人、セシリアと婚約予定の子息の父君は何度か顔を合わせたことがある。
アルフレート・ラザル子爵。王国の騎士団の第一騎士隊長であり、騎士団の中で今最も勢いのある人物だ。
そんな彼は厳めしい顔立ちをしているが、実は情に厚く優しい人だとセシリアは知っている。
元父とのいざこざの際には騎士隊長として出動いただいた。たいへんなご迷惑をおかけしたことは記憶に新しい。
そんな子爵の隣にそっと寄り添っていた貴婦人が、ふわりと笑ってカーテシーを返した。
「初めまして、セシリアさん。わたくし、アルフレートの妻でオフィリアと申します。息子ともども、よろしくお願いいたしますわ」
そう挨拶した子爵夫人は、夫とは頭二つ分ほど身長が違う、小柄な女性だった。
すでに20代も半ばに近いお子もいるそうが、とてもそうは見えないほどに若々しい。
子爵と並ぶと、下手をすれば親子にすら見えそうなほどだが──実は夫人の方が歳上で、しかも強面の騎士隊長を尻に敷いているというから人は見た目によらないと、セシリアの母は笑い含みに言っていた。
そんな夫人に、セシリアは笑顔を返した。
「どうぞセシリアとお呼びください、オフィリア様」
「まぁ、本当に?うれしいけれど、いきなり馴れ馴れし過ぎないかしら⋯⋯」
「じきに家族となるもの。気にしなくていいわ」
横からセシリアの母シンシアが口を挟む。
その方に視線を向けたオフィリアがおっとりと笑った。
「わかりました、ではセシリアと。⋯⋯しばらくぶりね、シンディ」
「えぇ、フィー姉様。その節は、どうもありがとうございました」
母親同士が楽しそうに笑い合う。
これもセシリアは事前に聞いていたことだが、彼女の母と子爵夫人は在学期間こそ被っていないが、学院時代からの仲良しらしい。今でも愛称で呼び合う仲だ。
「わたしの息子と貴女の娘が婚約だなんて、人生ってわからないものね」
「そうね、私もそう思うわ。互いが互いの子供のお義母さんになるってことでしょう?不思議だわ⋯⋯」
「⋯⋯エリアーシュ、早くお前もご挨拶を」
女二人、何やら楽しそうに弾みだした会話に、子爵が息子を促す。このままでは本来の話が進まないと思ったのだろう。
「ご機嫌麗しゅうございます、セシリア嬢。エリアーシュと申します。よろしくお願いいたします」
促されて前に出た子息が、うやうやしく騎士の礼を取った。ラザル子爵家の男児はすべて騎士団に属しているのだ。
顔を上げた彼の顔を見て、セシリアは少しの間固まってしまった。
強面の子爵の息子だから、勝手に似た系統の厳つい顔立ちを想像していたのだが──予想を大きく裏切って、彼はいかにも麗しい青年騎士だった。
顔の造作を見るに、父より母に似たのだろう。端正と評していい顔立ちには、どこか柔らかさというか甘さがあり、年若さからそれがさらに引き立っている。
歳は確か16──セシリアの2歳下だった。
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