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前編②

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それから半月が経ち、災い転じて福と成す──なんてことが起きるわけもなく、私の置かれた状況は悪化の一途を辿っていた。

私のことをあれだけ贔屓にしてくださっていたエルミラお嬢様ならなんとかしてくれるのではないかと望みをかけ、ファリノス伯爵家を再び訪ねてお嬢様との面会を希望したが、相変わらずの門前払いをくらうだけだった。
何度目かで手渡したエルミラ様宛てのお手紙も、本当に彼女の手に渡ったのか定かではない。
それでも粘っていると、とうとう男性使用人フットマンに文字通りつまみ出されてしまった。

それならば、お嬢様の元婚約者の某侯爵家──とも思ったが、高位貴族のお屋敷にまったく面識のない平民の仕立て屋風情が伺ったところで、よくて門前払い、悪くて不審者として捕縛だろう。

さすがに命は大事だ。
それでもう、貴族家に対してこれ以上食い下がるのは無理だと判断せざるを得なかった。


エルミラ様のウエディングドレスに全身全霊を傾けるために、他の依頼はすべて断っていた。つまり、これからしばらくの間の収入の当ては完全にないのだ。
それなのに、例のドレスに使用した最高級素材の請求は次々にやってくる。
なんとか金策をする必要があった。

それでとうとう、自身の最高傑作となるはずだったウエディングドレスを手放す覚悟を、涙ながらに決めた。
しかし、このウエディングドレスというものは非常に厄介な代物だった。

何せ、貴族様方が結婚式で着るドレスは、基本的にオーダーメイドだ。それこそ家の威信をかけて、時間と金を惜しげもなく注ぎ込む。
故に、どれだけ素晴らしい出来のドレスであろうと、そうした家からの買い手はつかない。

よっぽど金に困る家であれば既製品を買うだろうが、この場合は最高級素材を使っていることがネックになった。
素材の分の元を取ろうと思うと、どうしても値段が釣り上がるのだ。金に困る家が手を出せる価格帯にはならない。

こうして、結局ドレスそのものには買い手がつかなかった。
──そもそも、婚約破棄された令嬢が結婚式で着る予定だったドレスを買おうなどと、普通の神経のご令嬢は思わないだろうということは、後から冷静になって気づいた。

それならば仕方がない、ドレスに泣く泣く鋏を入れて、素材をばらして売ろうかとも考えた。
しかし、一度ドレスのパーツに切り分けられたものは、いくら素材自体が良くても値段がガクンと落ちる。

要するに、お情けのようにウエディングドレスを手元に残してもらっても、どうしようもなかったのだ。


しかも、被害はこれだけでは終わらなかった。
今までの分を取り戻すために精力的に依頼を受けようとしていたのに、ドレスの新調も修繕も、なぜだか一件も新規の依頼が来なかったのだ。

その理由は単純なものだった。
どうやら、結婚目前で婚約破棄されたというエルミラ様の悪評が、彼女に贔屓にされてウエディングドレスの作成にまで関わった私の評判にも影響したようなのだ。
要するに、縁起が悪いと、そういうことなのだろう。

女の仕立て屋は、女性の衣服を仕立てる。
そして、衣服をオーダーメイドするのなんて、お貴族様や平民では一部の豪商だけだ。
そういった方々は何よりも評判や体面を重んじる──だから、評判の落ちた私に依頼しようなどという物好きな方が、いらっしゃるわけがなかった。


──え?もしかして私、詰んだ?私の仕立て屋人生、詰んじゃったの?

月末になり様々な支払いの期日が近づくと、私の心は焦りのみが支配した。
一つでも支払いが滞れば、その店は私に素材を卸すのを断るだろう──支払いを見込めない相手に品物を渡すなど、馬鹿を見るに決まってるからだ。

商売をするにあたり、一番大事な信頼を失うかという瀬戸際に至った。
信頼を失えば、仕立て屋のニーナの名前は死ぬ。


追い詰められた者は、予想もしない行動力を発揮することがある。
まさしく私もそうだった。

風の噂で、エルミラお嬢様は婚約破棄のショックで体調を崩し、領地で療養していると耳にした。

そんな噂を聞いた数時間後、私は少ないお金と請求書を握りしめ、王都からファリノス伯爵家の領地に向かう乗合馬車に飛び乗っていた。

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