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番外編 どいつもこいつも……

どいつもこいつも……(溜息)

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 ……あれか。メールで指定された料理教室の近くにある喫茶店を見つけて溜息をつく。あの店の中に俺の妻がいるはずなのだが。
 腕時計で時間を確かめると、約束の時間までまだ二十分以上ある。さすがにこんなに早く迎えに行けば杏凛あんりも不満に思うだろう。
 料理教室に通うようになってすぐに二人の友人が出来、彼女は前よりも表情が明るくなった。俺と過ごす短い時間に少しだけ、杏凛は女三人での会話などを話してくれたりもする。

 ……今の方がずっと杏凛らしくなっている、それは素直に喜ばしいことだ。
 だがほんの少し不満もある。彼女は友人たちといる時のような笑顔は俺には決して見せてはくれない。杏凛が自分に見せてくれるのは困ったような顔ばかりで、正直落ち込むことも少なくない。

 俺が助けてやる、だなんて言って杏凛に近づいて契約結婚をした。こんな狡い手を使わなければ俺は彼女の傍にいる事も出来ない男なのに。
 それでも諦められないから仕方ない、もうどんな手を使っても彼女の近くに居たかった。

 今度は大きなため息をついて、ゆっくり顔を上げる。するとすぐ傍に見知った二人組、もしかしてこいつらも……?

「お? そこに立ってるのは鏡谷かがみや 匡介きょうすけじゃないか。お前も杏凛さんを迎えに来たんだな、物凄い過保護な夫だって話を聞いてるぞ」

 もの凄い過保護な夫、か。否定はしないが、いったい誰からそんな話を聞いたんだ、こいつは?




「久しぶりですね、鏡谷かがみや 匡介きょうすけ。まさか妻から貴方の名前を聞くとは思っていませんでしたが、本当だったんですね」

 最初に話しかけた偉そうな男は狭山さやま 聖壱せいいち、その隣の物静かな男が二階堂にかいどう 柚瑠木ゆるぎ。どちらも鏡谷の家とは長い付き合いのある相手である。
 俺もこの二人が結婚したというのは最近知ったばかりだが……

「いちいちフルネームで呼ぶな、匡介だけでいい。それよりお前たちはいったいここで何をしている?」

 この二人が幼馴染で、今も仕事の取引を行っていることくらい俺でも聞いていた。それに最近、何らかの事件に巻き込まれたような話も耳にしたのだが……まあいいか。
 俺は基本他人にさほど興味のあるタイプでもないし、こいつらもそれは良く分かっているはずだ。

「ああ、じゃあ匡介と呼んでやる。俺や柚瑠木も同じように呼んでもらって構わないぜ?」

「なぜ僕の呼び方まで聖壱が決めるんです?」

 俺の質問を無視して、こいつらは二人だけで会話をし始める。何のために俺は話しかけられたんだ? すぐに面倒くさくなってその場から離れようとすると……

「どこ行くんだ匡介、お前も杏凛あんりさんを迎えにここに来たんだろう?」

 聖壱の台詞に俺はピタリと足を止める。この男は今と言った、という事は聖壱や柚瑠木は同じように自分の妻を迎えに来たのだろうか?
 ……俺様な聖壱、冷徹な柚瑠木と有名なこいつらが……本当にそんなことを?




「……意外だな」

「何が意外なんです? 貴方だって同じように迎えに来たのでしょう?」

 ポツリとこぼれた本音、先に反応したのは二階堂にかいどう 柚瑠木ゆるぎの方だった。この男はいつも狭山さやま 聖壱せいいちの隣に静かに立っている事が多く、聖壱が動で柚瑠木は静の存在。
 そうだったはずなのに……

「お前たちが妻を迎えに来たこともだが、柚瑠木が思ったよりハッキリとした言い方をするんだな、と」

 普段会社で見る時は周りの様子を窺いながら、最低限の発言をする。そんな男だとばかり思っていたのに。
 柚瑠木はそんな俺の言葉に驚いた様子も怒った様子も見せない。

「俺たちからすれば匡介きょうすけの方がずっと意外だったけどな。料理教室初日から杏凛あんりさんの傍を離れなかったと、香津美かつみから聞いて信じられなかった」

「そうですよ、その強面でいったい何をしてるのかと僕も思ってましたね。何でも授業中は追い出されたとか……」

 どうやら余計な情報までこいつらに伝わってしまっていたらしい。今から料理教室の変更を考えたが、杏凛に怒られそうなのでやめておこう。

「お前たちだって俺と変わらないだろう? こうして迎えに来て、充分過保護だ」

 確かに自分が杏凛に対して余計なことまでしているという自覚はある。だが彼女の方にも少し問題があって放っておくわけにはいかない。
 やっと杏凛の傍で彼女を守れる立場を手に入れることが出来たのだから。




「別に俺は香津美かつみに過保護だって言われたってかまわないぜ? 俺の妻はどんな女より魅力的な女性だから仕方ないだろ?」

 堂々とそう言い切る聖壱せいいちだが、この男にここまで惚気させてしまうなんて香津美さんもただの性悪お嬢様ではないらしい。
 今までは都合のいい女性ばかり相手にしていたはずの聖壱がこんなに変わるなんて。

「そうですね、僕の妻である月菜つきなさんは純粋で努力家なんです。そんな彼女が少しだけ僕に甘えてくれたので、それを叶えるのは夫として当然のことですから」

 隣に立つ柚瑠木ゆるぎも恥ずかしげもなく月菜さんの良さを俺に話してくる。しかも妻の願いをかなえるのが夫の役目だと? 
 今まで自分に近づいてきた女性に対し、まともに話も聞いていなかった男だっただろうが。

 特別な相手と出会った男二人の変化に俺はただ驚くことしか出来なかったが、聖壱と柚瑠木の愛妻自慢はその後しばらく続いてしまった。

「……それで?」

「何が、それで? なんだ」

 先ほどまで自分の愛妻の話をしていた聖壱が俺の顔を見てニヤリと笑う。その笑い方に何となく嫌な予感がした。

「今度は匡介きょうすけの番だろう? お前の愛妻自慢も聞かせろよ」

「……馬鹿馬鹿しい、そんなのは人に話すほどのことでもないだろう」

 もちろん杏凛あんりに自慢できるところが無いわけじゃない。彼女は真っ直ぐな心の持ち主で、自分の決めたことはなにがなんでもやり遂げようとする頑張り屋だ。
 あまり外に出ないため白い肌も美しいし、柔らかな長い栗色の髪だって触ると気持ちが良い。
 だからと言って、彼女のそんな事をわざわざ教えてやるのは勿体ない。そんな風に思うのは俺の心が狭いからだろうか?




「とか言って、俺たちの話を聞いている間ずっと自分の妻が一番だって顔してたくせに」

「はあ? そんな事は……」

 聖壱せいいちからそう指摘され、俺は首を傾げる。
 確かに心の中では、いつだって妻の杏凛あんりが一番素晴らしい女性だと思っている。だからと言ってそれを他の男に知られてしまうのは嫌だ。
 彼女の魅力をきちんと理解しているのは俺だけでいい、俺だけであってほしいと。それなのに……

「そうですね、聖壱の言う通りです。匡介きょうすけは自分の妻のいいところを、もっと他の人間に知ってほしいとは思わないんですか?」

「女性限定でいいのなら……」

 これが俺の妥協できる範囲かもしれない。もちろん杏凛の良さを知ってほしいとは思う、だがそれでもしどこかの男が彼女に惹かれてしまったら?
 杏凛だってただ祖父の会社を立て直してくれる夫など、すぐにどうでもよくなるんじゃないか?

「意外です、匡介も余裕が無いんですね」

 柚瑠木ゆるぎが少し驚いたように言う。むしろ杏凛に対しての余裕が売ってあるのなら、いくら出しても買いたいくらいだ。
 だがそれは柚瑠木も同じらしい。冷徹なはずのこの男の余裕がなくなる姿、見てみたい気もするが。

「まあ、杏凛さんも香津美かつみ月菜つきなさんと少しずつ仲良くなっていくだろうさ。匡介は少し離れたところで見守ってやるといい」

 ニヤリ、と強気な笑みを見せる聖壱に、俺も黙って頷いておいた。こいつらがこんなにも信頼し愛している女性たちならば、きっと杏凛の事も受け入れてくれるだろうと。

「さあ、そろそろ行こうぜ? 遅くなると勝手に自分たちで帰ってしまいそうだしな」

「そうですね、しっかりしていてくれるのは良いのですが、たまには夫である自分を頼ってもらわないと」

 そう言って聖壱と柚瑠木は笑う。俺は時計を確認すると二人を追い抜いて店に入り、先に確認していた杏凛の席に真っ直ぐに歩いていく。

 聖壱も柚瑠木もその後から自分の妻のもとへと歩いてきている。過保護なのは自分ばかりと思っていたが……意外だったな。
 本当に、どいつもこいつも……

 自分の妻が愛おしくてたまらないらしい。

  2021/09/10

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