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契約結婚とあの日の事実は

契約結婚とあの日の事実は8

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「風呂の準備をしてくる、今日は湯船に浸かって休むといい。色んな事があったんだ、杏凛あんりも疲れているだろう」

 近くのレストランで簡単な食事を済ませて家に帰ると、匡介きょうすけさんはすぐにそう言ってバスルームへと向かおうとする。そんな彼のシャツに慌てて手を伸ばし、私から離れようとする匡介さんを引き止めた。

「……杏凛?」

 匡介さんは少し驚いた顔をしているが、そんな事には構っていられなかった。お風呂なんて後回しでいい、私はちゃんと匡介さんに確かめなければいけないことがあるもの。
 あの時、郁人いくと君は私が知らない匡介さんの話をした。それがどこまで事実なのか、そして私たちの契約結婚と今回の事件に何の関係があるのか……今、ハッキリさせないといけない。

「……記憶が戻ったの、あの事件の日の私の記憶が」

「そうか、多分そうなんだろうと思っていた」

 私の言葉に匡介さんは少しも驚いた様子は見せない、まるでこの会話も彼の中ではすでに予想していたかのように。色んな可能性を考えどう対処するのか、決められていたかのような匡介さんの態度に胸が痛くなる。

 ……この人は、いったいいつから私の事を?

 それが私への好意なのかそれとも同情なのか、それすらも分からないのに。優しすぎる形だけの夫と言う存在に、私はまた心の奥が苦しくなっていく。
 私の中で匡介さんは契約というだけの存在じゃない、もうそれに気付いてしまったのに。




「前の時に助けてくれたのは匡介きょうすけさんだって郁人いくと君は言ってた。私は何も覚えていないのに……」

 そう、記憶は戻ったけれど私が匡介さんに助けてもらったことに関してはまだよく思い出せてない。というよりも以前、郁人君に誘拐された途中から何が起こったのか全然分からないままだった。
 それでも先に記憶が戻ったことを伝えたのは、少しでも彼の心を揺さぶりたかったからかもしれない。

「そうだな、俺が助けに行った時には君はすでに気を失っていたから」

 知らなくて当たり前、それを当然のように話す匡介さんに少しだけ苛立ちを感じる。

「どうして教えてくれなかったの? 私は助けられたのに今まで何も知らないまま貴方の傍にいたのよ?」

橋茂はししげ 郁人の事を話せば、記憶を無くしている杏凛あんりに余計な不安を与えるだけになる。君の両親とも話し合って出した結論だった」

 頭では理解出来る、なのにまだ心が付いてこない。すべて私の事を心配してくれての事なのに、今まで何も知らず守られていただけなのだと知ってどうしようもない気持ちになる。

「ちゃんと話してもらっていれば、今回の郁人君の事はもっと気を付けることが出来たかもしれないじゃない!」

 完全な八つ当たり、攫われたのは私の注意不足なのに匡介さんを責めてしまう自分を止められない。どんどん感情的になっていく私を冷静なまま見ている匡介さんにも腹が立っていた。
 ……どうして、どうして私だけがこんなにっ!


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