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契約結婚とあの日の事実は

契約結婚とあの日の事実は6

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 強い怒りを感じさせる声音でそう囁かれ、掴まったままの身体がビクリと震える。当然だと言いたいのに、何をされるか分からない恐怖で言葉が出てこなかった。
 私が郁人いくと君の手に持っているナイフばかりに気を取られていると、いつの間にか大きな窓と彼の間に挟まれるような体勢になっていた。
 ガラス越しとはいえ、すぐそこに見える外の景色に喉の奥がヒュッとなる。ボロボロのコンクリートだけが広がる地面に頭がくらくらする、ここから落ちたらきっと助からない……

橋茂はししげ 郁人いくと! お前、まさか……っ!」

 私を人質に取られ動けない状態の匡介きょうすけさんが大きな声を出す。もしかしたらと思っている事が現実になってしまう、そんな気がした。

「……郁人君、どうして?」

 震える声でそう問いかける。
 彼がナイフと一緒に持っていた小さなリモコン、そこにあるボタンはたった一つだけ。そのボタンを指の腹で撫でるように触れる郁人君は吹っ切れた表情をしていた。

「だってこうでもしなきゃ、俺が杏凛あんりちゃんと一緒になれる日なんか来ないから。ねえ、そうでしょ?」

 そう言って郁人君はリモコンのボタンを匡介さんに見せつけるように押した。ゆっくりと大きな窓が左右へと開いていく。

「いいだろう? 今日、この時のために特別に作り変えてもらったんだ。鏡谷かがみや 匡介きょうすけ、誰より憎いお前の前で杏凛ちゃんと永遠になるために……」




「……っ、あ、あ……」

 声が上手く出せなかった。少しで動けば私はここから落ちてしまうかもしれない、そんな恐怖で頭がいっぱいになる。
 まさか郁人いくと君が私に対して、ここまでしているなんて思ってもみなかった。

「もうよせ、そんな事をして何になる⁉ そうすることで杏凛あんりがお前のものになるとでも?」

「動くなよ、お前が動くなら先に彼女に落ちてもらう。それが嫌なら……大人しく俺たちが一つになるのをそこで見ていればいい」

 グッと唸りながらも、匡介きょうすけさんはその場から動けない。私が自分で郁人君の腕を振り払えればいいのに、恐怖から身体がガタガタと震えるだけ。
 このままでは何もかも郁人君の思い通りになっていく、終わってしまう……私と匡介さんの関係も。そんなのは、嫌‼

「助けて、匡介さん!」

 必死で出せた言葉はそれだけだった。本当は私に構わずにとでも言えれば良かったのかもしれないけれど、今の私はどうしても匡介さんの元へ戻りたかった。
 私の言葉に匡介さんが顔を上げこちらに走り出した、その瞬間——

「無事か、二人とも!」

 さっき匡介さんが蹴り開けた扉から男性が二人、勢いよく中へと飛び込んできた。その二人は私も見覚えのある人たちで……

「な、なんだお前たちは! ……ぐっ!」

 驚いて怯んだ郁人君の腕を噛みついて、私は急いで前の床へと倒れ込んだ。そうしなければきっと彼らの迷惑になる、そう思ったから。

「今です匡介、早く杏凛さんを……!」


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