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契約結婚とあの日の事実は
契約結婚とあの日の事実は5
しおりを挟む慌てて名前を呼ばれた方を見れば……どれだけ力いっぱい蹴り開けたのか、べコリと真ん中が凹んだ扉。その横で真っ直ぐにこちらを睨みつける匡介さんは、私が今までに見たことのない顔をしていた。
もともと愛想の良い人じゃないのは分かってる、でもこんな風に鋭く攻撃的な視線を向けてくる彼は知らなかった。
「匡介さん! ごめんなさい、私……」
「やっぱり来たんだな、鏡谷 匡介。予定より早いけど……まあ、仕方ないか」
今回郁人君に捕まってしまったのは、私がきちんと気を付けていなかったことが原因だ。だからすぐに出てきたのは彼への謝罪の言葉だったのに、そんな私の様子を見て匡介さんは少し傷付いたような表情をする。
そんな私たちを馬鹿にしたように、郁人君は掴んだままだった私の肩を引き寄せ大きな窓の傍へと連れて行く。
「……よせ、妻に何をするつもりだ? 今さら何をしたってお前が杏凛の心を手に入れるなんて出来ないことは分かるだろう?」
低く唸るような声、いつも聞いている匡介さんのそれとは違う。ジリジリとした痛さを感じる様なその圧に、普段は冷静な匡介さんがどれだけ怒っているのかを嫌でも感じ取れた。
……私の背中を伝う汗はこれから何をする気なのか分からない郁人君への恐怖からなのか、それとも今まで見たことも無い夫の一面を知ってしまった緊張からか。
「……愛の無い結婚で、杏凛ちゃんの心が手に入れられないのはお前もだろう? なあ、鏡谷 匡介」
片手に小さなナイフと何かのリモコンを持ったまま、私の首に腕を回した郁人君は楽しそうに笑う。それを聞いた匡介さんの表情が少し苦しげに歪んだ気がした。
……違う、郁人君と匡介さんは私にとって同じじゃない!
それを伝えたいのに、郁人君の腕が咽喉にあたって上手く声が出せない。
匡介さんにならば私の心全てを許しても構わない、それが出来ないでいるのは私が弱くて怖がりだから。契約という形でしか妻になれない自分が本気になっても、いつか来る終わりに怯えなければいけないから。
もちろん、そんな事を匡介さんに話したことなんてなかったけれど。
「ああ、分かってるさ。それでもお前に杏凛を渡すわけにはいかない、たとえ俺では彼女を幸せに出来なくとも」
真っ直ぐな眼差しを向ける匡介さんの言葉を、私は信じられない気持ちで聞いていた。私を幸せに出来なくても? その言い方ではまるで匡介さんは本心では私を幸せにしたいと言っているように聞こえてしまう。三年という契約期間を設けたのは彼なのに、どうして……?
「自信の無い奴は引っ込んでいたらどうかな? 俺ならば杏凛ちゃんを幸せに出来る、杏凛ちゃんもそう思うだろ?」
そう言ってニタリと笑う郁人君はもう私の知っている彼ではなかった、身体中がビリビリと郁人君に強い拒否反応を起こしているみたいに痛い。
私には郁人君と幸せな未来なんかこれっぽっちも見えてこない。私が一緒に幸せを感じたいのは……
声を出せない代わりに必死で首を振る。郁人君が今なら考え直してくれるかもしれない、そんな小さな期待を持って。だけど……
「ふうん? 杏凛ちゃん、俺より鏡谷 匡介の方がいいんだ?」
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