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契約結婚を前向きに考えて
契約結婚を前向きに考えて
しおりを挟む大通りでタクシーを捕まえると匡介さんと一緒に乗り込んだ。このあたりにも美味しいお店はあると思うけれど、今彼を連れて行きたい場所は一つだけ。
こんな風に匡介さんに自分を知ってもらおうとすることはいけない事だと思ってた。三年後の事ばかり考えて後ろ向きにばかりなっていたから。
それでも、ほんの少しだけ欲張りになってもいいでしょうか?
目的地にでタクシーを降りると、私はすぐに匡介さんの腕を引っ張ってあるお店の中に入る。私の選んだお店を見て匡介さんがどんな表情をしているのかを確認する勇気はなかった。
「お、杏凛ちゃんじゃないか! 久しぶりだな、奥の席があいてるよ」
「ありがとう、店長。いつもの二つお願い」
元気のいいここの店長に会うのも久しぶり、結婚が決まってからこの店には一度も来れて無かったから。匡介さんを連れて奥の席に座ると、今度は店長の奥さんが水のグラスを運んでくる。
「杏凛ちゃん、久しぶり。この男性はもしかして杏凛ちゃんの彼氏?」
「あ、この人は私の旦那様なの。少し前にね、結婚して……」
私がそう言いかけると、奥さんは頬をピンクに染めて嬉しそうな顔をする。この夫婦は私を学生時代からとても可愛がってくれていた。
「ほ、本当に? 杏凛ちゃんがこんな素敵な旦那さんを連れてきてくれて……」
「初めまして、杏凛の夫の鏡谷 匡介です」
私と匡介さんを交互に見る奥さんと店長に、彼はタイミングを見て挨拶をしてくれた。それも普段はあまり見せてくれない柔らかな笑顔で……
「匡介さん、無理してませんか?」
店長と奥さんがキッチンの奥で調理を再開したのを確認し、私は小声で匡介さんに聞いてみた。
このお店は結構昔からあるそうで、お世辞にも綺麗だとは言えない。鏡谷コンツェルンの御曹司である匡介さんを連れてくるべきでは無いのかもしれないけれど……
「何故だ? 俺が無理をする必要があるのか、この店には」
匡介さんはこの店の雰囲気も、薄汚れた店の外観や内装を全く気にする様子はない。匡介さんならそうなのかもしれないと思ったけれど、やっぱりこの人は見かけばかりを気にする様なお坊ちゃんでは無かった。
「杏凛ちゃん、イケメン旦那様も同じメニューで本当に大丈夫?」
「はい、今日は夫に私の好きな物を食べてみて欲しいんです」
そう言って匡介さんを見上げると、何故は口元を手でかくし私から目を背けている。私は何かおかしなことを言ったのかしら?
「匡介さん、どうかしましたか? 具合でも悪いのでしたら……」
「いや、大したことじゃない。それにしても……人の良さそうな店主と奥さんだ」
調理場で協力して働く二人の様子を眺めながら、匡介さんも小さく頷いている。彼にも店長たちが素敵な夫婦に見えているのだろうか。
……この二人は私にとって理想のようなもの。ずっとこの夫婦の仲睦まじさに憧れてきたのだから。
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