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契約結婚の相手が彼なんて

契約結婚の相手が彼なんて

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 ……子供の頃から彼の視線が何となく苦手だった。
 私に話しかけるわけでもなく、一歩引いた場所からジッと見つめてる事に気付いた時からずっと。別に匡介きょうすけさんから嫌がらせを受けたとかいうわけではないの。
 でも親から挨拶するように言われ彼に近付けば、必ずと言っていいほど視線を逸らされた。嫌わられる理由なんて思いつかなかったけれど、自然と私も彼には近付かないようになっていた。

 ……けれど親たちの集まりに呼ばれ顔を出せば、そこにはいつも彼の姿があった。そしてあの人から感じる視線もずっと変わることは無かった。
 
 親しい友人に相談すれば「きっと気があるのよ」なんて言われたが、とてもじゃないけれどそんな風には思えなかった。彼の私に対する態度からはそんな甘さなんて感じられなくて……

 それに私は知っている、匡介さんに傍には彼の事を特別に想う女性がいつもいる事も。
 綺麗な人だった。彼の幼馴染で、きっと将来のお嫁さんでしょうねと両親が教えてくれた。

 その時の話を自分がどう思ったのかはよく覚えていない。もしかしたら少しだけガッカリしたのかもしれない、自分が見つめられているのだと自惚れていたのかもしれないと。

「……それなのに、何で今更?」

 匡介さんに渡された数枚の書類、その一番上には契約書の文字……
 まさかこんな形で私と彼が婚姻を結ぶことになるなんて、誰が思っただろう?両親だって呆然としていたし、私もまださっきの出来事が信じられないでいる。




 もしかしたら匡介きょうすけさんから名前を呼ばれたのさえ初めてだったかもしれない、彼の低く男らしい声で「杏凛あんり」と。
 あの人が私の名前を知っていた事にも驚いたけれど、迷いもなく私の事を呼び捨てだなんて。

「変な人よね、本当に……」

 渡された書類を端に避けて、コテンと額を机に当ててみる。私の事を好きなわけでもないくせに、祖父の会社を助けるために契約結婚を提案してくるなんて。
 ……匡介さんはいったい何を考えているの? きっと他に何か私と契約結婚をする理由があるはずだと思った。

「契約、だものね」

 私の事を好きなのならば【契約結婚】である必要はない。つまり……私は三年間だけの彼にとって都合のいい妻と言う名前だけの存在なのでしょう。
 ……それでも、私は祖父の会社を立て直すためならばそれでいいと彼の手を取ってしまった。

「嫌なら断って構わないの、おじい様だって杏凛に無理な結婚をさせてまで会社を立て直したいなんて思わないはずよ?」

 私の部屋に入って来た母は心配そうにそう言ってくれたけれど、私は祖父の事が大好きだし尊敬もしてる。あの会社を誰より大切にしてきたのを知ってるから、力になりたかった。

「大丈夫、匡介さんなら子供のころから知っている人だし安心じゃない。そんなに心配しないで?」

 そう言って微笑めば、母はホッとした顔をする。なんだかんだで両親は私が匡介さんと結婚することを望んでいるようだった。


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