上 下
26 / 88
契約と覚悟と意地と

契約と覚悟と意地と3

しおりを挟む


 不正取引をしている重役の人物までは聞いて無かったから、聖壱せいいちさんの驚いた様子が演技なのは本当なのかまでは分からない。
 けれどまさか狭山さやま常務がそんな事をしているなんて……

「ああ、だけど君たちの不満を持っているのは私一人ではないよ。君たちだって分かっているだろう?」

 やはりここに集まっている人達は聖壱さんと柚瑠木ゆるぎさんの存在を邪魔だと感じている人達ばかりなのね。2人がどれだけ頑張っているのか知りもしないくせに。

「……眞二しんじ叔父さん、アナタは何が望みなんだ?」

 唸るような低い声で、聖壱さんは狭山常務の要求を聞いた。聖壱さんのその言葉に狭山常務は勝者の笑みを浮かべる。

「まずはコソコソと君達が集めていた私たちの不正取引のデータ、この本体やコピー全てを私達に渡しなさい。知らないとは言わせないよ?」

 ……やはりこの人達はそれが狙いだったのね。けれどその証拠欲しさだけに私達を攫ったとは思えない、彼らにはもっと別の要求があるような気がする。

「叔父さんの最初の要求はやはりそれなんだな。で、次の要求はいったい何だというんだ?」

 やはり聖壱さんも狭山常務の要求がそれだけではないことは、最初から分かっていたようで……早く次の要求を聞きたがっているようだわ。




「ふふ。言わなくてもわかるだろう、聖壱せいいち君。君の大事な奥さんを無傷で返して欲しいのなら……」

 ああ。やっぱり狭山さやま常務が手に入れたがっているものは、将来聖壱さんが手に入れることになるものだという事なのね。
 けれど、そんなこと簡単には……

「私はね、聖壱君に約束されたSAYAMAカンパニーの次期社長の座をずっと譲ってほしいと思っていたんだよ。」

 やはりこの人は……っ!不正取引を見逃せと言っているだけじゃなくて、聖壱さんの未来まで奪い取ろうというの?
 こんな不正取引を行うような人を、SAYAMAカンパニーの社長になんて出来る訳がないでしょう!?

「聖壱さん!私達は大丈夫よ、こんな人の言う事を聞く必要はないわ!」

 狭山常務の発言が頭にきた私は立ち上がり、彼の持つスマホに向かって大きな声で叫んだ。すぐに周りの人たちにソファーに戻されてしまったけれど。

「おやおや、思っていたよりも元気な奥さんだね。彼女はこう言っているけれど聖壱君はどうする?」

「……眞二しんじ叔父さん、データは俺だけが持っている訳じゃない。データの半分は二階堂にかいどう 柚瑠木ゆるぎに持たせている。」

 なるほど、聖壱さん一人では勝手に決められないという事にしていたのね。でもそれを考えていたのは瀬山常務たちも同じだったようで。

「……なるほどね、じゃあ今度は二階堂にかいどう君の奥さんに頑張ってもらおうかな?」

 そう言って笑いながら狭山常務は、今度は月菜つきなさんにもう一台のスマホを差し出したのだった。




 目の前に差し出されたスマホをジッと見つめる月菜つきなさん。今の彼女に柚瑠木ゆるぎさんに電話を出来るだけの気持ちの余裕があるか分からない、いざとなったら私が……
 月菜さんは狭山《さやま》常務の差し出したスマホにゆっくりと手を伸ばして――――

「私は……私は、柚瑠木さんに電話をかけるつもりはありません!」

 常務の手からスマホを床へ落としたの。まさかさっきまでずっと震えていた月菜さんがこんな行動に出るなんて思わなかった!
 月菜さんから歯向かわれることを予想していなかったのでしょうね、常務は驚きを隠せない様子だった。

「私は柚瑠木さんの妻です。こんな事で彼に迷惑をかける訳にはいかないんです。」

「……自分の事より二階堂君が大事ですか?ちゃんと私の言う事を聞けば貴女は無傷で帰れるんですよ?」

 私は柚瑠木さんと月菜さんの夫婦関係がどのような物か知らないけれど。月菜さんは柚瑠木さんのために一生懸命なのだという事は分かる。
 月菜さんの気持ちは分かるけれど、このままじゃ彼女の方が危険だわ!

『 香津美かつみ!いったいどうした!?』

「待って聖壱せいいちさん、今、月菜さんが……」

 もう一度常務が月菜さんにスマホを差し出す、今度は先程のような余裕の笑みなど見せてはいない。
……けれど彼女はきっと考えを簡単に変えるような子じゃないはず。

「これが最後です、よく考えてごらんなさい?」

「……いいえ、私の考えは変わりません。私は夫の柚瑠木さんの事を一番に優先します。」

 小さく震える声、だけど彼女はハッキリと自分の考えを言える強い女性なんだわ。それにこんなにも柚瑠木さんの事を大切に思っている。
 だけどそんな彼女に狭山常務は激怒し手を振り上げた!

「この生意気な小娘……!」

 いけない、私が月菜さんを守ってあげなくては……!私は月菜さんの前に飛び出して、狭山常務から彼女を庇う。




 月菜つきなさんを庇い、衝撃に備えて身構え瞳を閉じる。けれどもいつまでたっても私の身体に狭山常務さやまじょうむの手が触れることは無く……
 そっと瞳を開くと、狭山常務の手首を掴んだ聖壱せいいちさんが立っていたの。ドアの傍には月菜さんの夫の二階堂 柚瑠木ゆるぎさんの姿も……

香津美かつみ、月菜さん。2人とも無事か?」

 聖壱さんの力強い声……凄くホッとする。このまま彼に抱きつきもっと安心したい気持ちはあるけれど、今は我慢しなくてはね。

「香津美さん、月菜さんをこちらに……」

 私たちのすぐそばまで来た柚瑠木さんが、私にしがみついていた月菜さんをそっと受け止めて優しく抱きしめた。意外だわ、冷静沈着な柚瑠木さんが月菜さんにはこんな風に接してるのね……

「柚瑠木さん、すみません……私、柚瑠木さんにご迷惑を……」

「いいえ、月菜さんは何も悪くありません。僕は迷惑だなんて思っていませんから。」

 柚瑠木さんのその言葉を聞いて月菜さんはホッとした表情を浮かべた後、そのままフッと気を失ってしまった。きっと彼女は柚瑠木さんのことだけをずっと……

「香津美……待たせてすまなかったな。俺達がいない間、月菜さんを守ってよく頑張ってくれた。」

「これくらいの事こと、なんてことないわ。けれど、まあ……後で褒めてくれてもいいわよ?」

 ほらね、こんな事を言えるくらいの余裕はあるの。後で褒めてくれてもいいなんて……私にしては珍しく甘えたことを言ってしまった気もするけれど。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

社長はお隣の幼馴染を溺愛している

椿蛍
恋愛
【改稿】2023.5.13 【初出】2020.9.17 倉地志茉(くらちしま)は両親を交通事故で亡くし、天涯孤独の身の上だった。 そのせいか、厭世的で静かな田舎暮らしに憧れている。 大企業沖重グループの経理課に務め、平和な日々を送っていたのだが、4月から新しい社長が来ると言う。 その社長というのはお隣のお屋敷に住む仁礼木要人(にれきかなめ)だった。 要人の家は大病院を経営しており、要人の両親は貧乏で身寄りのない志茉のことをよく思っていない。 志茉も気づいており、距離を置かなくてはならないと考え、何度か要人の申し出を断っている。 けれど、要人はそう思っておらず、志茉に冷たくされても離れる気はない。 社長となった要人は親会社の宮ノ入グループ会長から、婚約者の女性、扇田愛弓(おおぎだあゆみ)を紹介され――― ★宮ノ入シリーズ第4弾

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

幼なじみと契約結婚しましたが、いつの間にか溺愛婚になっています。

紬 祥子(まつやちかこ)
恋愛
★第17回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました★ 夢破れて帰ってきた故郷で、再会した彼との契約婚の日々。 【表紙:Canvaテンプレートより作成】

処理中です...