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第一章

第十六話

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「……先に待っているとか言ってたんだけどな。しょうがない、待つか」

 冒険者ギルドにある机を一通り見て回るが、サーニャの姿は無い。時刻は約束した時間通りのそれ。そもそも事前にいると言っていたのだから異常事態ではあるが、フリートは少し席を外したのだろうと座って待つことにした。
 だが、来ない。
 知り合いの冒険者たちと話しつつ時間を潰していたが、外を見れば空が赤み始めている。流石に遅刻でもここまで酷いものはないだろう。

ーー……、遅いな。いや、何かあったのか? もうここまで来たらおそらく来ないだろうし、孤児院にまた行ってみるか。

 そう思ってフリートが席を立った瞬間ギルドの扉が勢いよく開け放たれた。
 中にいた冒険者たちの視線が一斉に入り口に向かう。
 ヴァンだ。

「ここにいたか! フリート、貧民街でーー」
「ーーッ。分かった、すぐに行くぞ!!」

 全部を聞く前に立ち上がった。普段の敬語も忘れ、フリートは冒険者ギルドの外へ出ていく。
 ヴァンもそれに続き、そしてようやくギルドに静寂が戻る。残されたのは唖然とした冒険者だけ。一つの騒乱が始まろうとしていることに彼らはまだ気づいていない。
 最もそれは関係者であるフリートも、事件の犯人ですら、思っていなかったことなのだろう。


   * * *


「マジかよ……」

 斜陽が空を煌々と染める中、貧民街の一角では炎が辺りを赤く染め上げていた。場所は貧民街中層部。
 貧民街は確かに治安が悪い。帝国の衛兵も容易に立ち入れない場所であるため犯罪者が集まり、もし仮に衛兵による強引な調査が入ったとしたらかなりの数の犯罪者が捕まる事だろう。だがそんな貧民街でもある一定のラインというものは存在する。
 抵抗力のない孤児の住まう孤児院への放火。
 これは明らかにそのラインを超えるものだ。様々なトラブルはあったかもしれない。孤児院とはいえ土地の上に建っているのだから、孤児院の管理者は土地代の支払い等でそこら一帯をまとめる集団との関りが多少はあったはずだ。
 だが彼らはあくまで抵抗力の無い弱者だ。それを悪と見なす精神性はないかもしれないが、それをすることによる信頼の低下には多少気を配るだろう。

ーークソ、サーニャはどうなった!? 巻き込まれたのか!?

 辺りには野次馬が集まっている。

「ヴァンさん、サーニャらしき人を見なかったか聞いていきましょう。あっち側からお願いします。俺はこっちから聞いていきますので、何かわかったら報告を」
「了解だ」

 聞いていくうちに少しずつ情報が整理されていく。
 事件発生は午後四時程。唐突に孤児院が燃え出したのだとか。多くの野次馬は燃え上がってから見に来た者だったが、何人目かでようやくその前から孤児院を見ていた人がいた。
 孤児院の前に立っているボロ屋に住んでいる男だ。

「男が複数人で囲んでいた?」
「ああそうだ。多分奥にいる荒くれ達じゃねえかな。人っ子一人逃さねえ、みたいな囲みっぷりだったぜ。そんでバレると不味いから家からこっそり覗いてたんだけどよ、ちょっと経ってから火の手が上がり始めてたちまちこれだ。まあボロ孤児院なんてよく燃えそうだしな」

ーー犯罪者たちが囲んでいた? 闇ギルドの連中かな。ゲームでは途中関わることがあるが、確か一部貴族と裏でつながってるんだよな……。

「その囲んでいた男たちはどうしたんだ? 今はいないみたいだが」

 どう見ても不審な集団である。放火の犯人であるのはほぼ間違いないだろうと、フリートはその行方を聞く

「あー、火の手が上がってすぐ退散してってたな。やっぱ中にも数人入ったらしくてそいつらも出てきてたな。ああ、そういえばああいう連中には。一緒に若え女の子が出てきたときにゃーー」
「それ、どんな女だった? 白髪に黒目で小柄。そんなだったりしなかったか!?」

 急に焦ったような声を出し捲し立てるフリートに思わず男がたじろぐ。
 早く答えろ、と言わんばかりのフリートの表情。それに押されるようにして男は急かされるようにして答えた。

「あ、ああ。確かそんなだった。知り合いだったのか? だとしたら少し意外だな。アンタ貧民街に住んでるわけでもないだろうに、あんな連中の仲間と知り合いだなんてな。なんだ、そいつに会いに来たのか? だったら貧民街の深層の方に奴らは向かってたぜ」

 意外だと言う驚きと僅かな蔑みをもって男がフリートを笑う。自分より裕福な暮らしをするものが犯罪者に関わっていることに優越感を感じているのだろう。
 自分は苦しくても犯罪に関わらないのにお前は関わってるのか、と。
 生憎今のフリートに相手の表情を伺う余裕はない。というか、言い方は悪くなるが情報を出してくれた男にもうこれ以上の興味はなかった。礼もそこそこに急いでヴァンを見つけ、得た情報を伝える。

「深層に居るらしいです。はやく行きましょう」
「……待て。深層はここと比にならないほど危険だぞ。入ったことはないが、聞く限りでは俺だけで守りきれるかわからん」

 剣聖と呼ばれたヴァンに敵う人間などそう多くはいない。だが、人の悪意というのは武力が生み出す破壊力を容易に超えるものだ。
 例え何十もの人をヴァンが切り捨てようと、悪意を持ってすればほんの小さな罠で命を落とし得る。

ーー確かになんの用意もせず向かうのは危ない。しかし、だからといって時間もない。クソ、どうする? ……いや、まずは敵の目的を考えよう。奴らは何故サーニャを狙った?
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