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本編
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真っ暗な窓を見上げて、カバンから鍵を取り出し玄関を開ける。
今日も帰って来ないのね。
独り言を言う気力も無くランプを灯し、そのままソファへ倒れ込む。
この家は彼のもの、私が居続けちゃダメよね。
ごほごほと咳をすれば血の味がして、慌てて袖口で押さえたおかげでソファは汚れずに済んだ。
何かを食べる気持ちにもならず、のろのろと起き上がると、大きく息を吸い込みゆっくり吐き出した。
二階へ上がり私に与えられた部屋へ入れば、物はほとんど無くぽつんとベッドがあるだけ。
元々、物は少なかったけど。彼が帰らなくなってから、ひとつずつ捨てていた。
愛しているって言ったのに。
一生大切にするって言ったのに。
そこで、ふと考えたの。彼は私の一生を大切にしてくれているのかも知れない。
だって、私は…
なーんだ。知っていたから私を追い出す事をしなかったのね。
ふふっと笑えば少しだけ元気になれたわ。
愛していたの。私の恋も愛も全て貴方へ捧げましょう。
バイバイ、愛しい貴方。
愛していた女が居た。
彼女はいつも笑顔を絶やさぬ優しい女だった。
一生大切にするからと口説き一緒に暮らし始めた頃は、毎日早く帰りたくて同僚から冷やかされたりした。
玄関を開ければ、女が作った温かい料理を二人で食べて。夜はベッドで愛し合い抱き合いながら寝た。
一年、二年、三年…
出逢ったのは、お互い学生の時。初めは単なるクラスメート。それが変わったのは二人が図書委員になって、放課後一緒に図書室へ行くようになってから。
偶然、同じ本が好きだと分かり話し始めると。話は盛り上がり、その時に女の笑顔に見惚れた。
友達から恋人になり、卒業後は結婚を約束したが。俺は貴族、女は平民。
次男で家督は継がないけれど、平民との結婚はなかなか両親に認められず。
平民でも女は優秀であったので、城の文官として務めたのも両親は気に入らなかったのだろう。
女はそれを知り、あっさりと文官の職を辞め。大きな商会へと転職した。
入りたての騎士の給料は少なく、又。女も同じように薄給だった。
それでも、兄は俺の味方で小さいながら家をくれた。
女と一緒に暮らし、幸せだったのに…
実力が認められ役職も上がり、生活は随分楽になった頃、同期の男と会った。
そいつも貴族で同じ次男。男が結婚したのは身分が同じ貴族で、身に付けているのも上等だとすぐ分かった。
もし、俺も同じ貴族と結婚したならば…
俺は女の事を忘れ、そいつと一緒に夜会へ行き。貴族の女性、何人もと関係をもった。
ふと思い出し、数ヶ月ぶりに家へ帰ると真っ暗な窓が見えた。
女と暮らし始めて6年。真っ暗な家へ帰るなんて初めてだ。
玄関の鍵を開けると、少し埃っぽい。嫌な予感がして女が使っていた二階の部屋へ走りドアを開ければ。
ベッドがぽつんとあるだけだった。
「帰って下さい。私には父親はおりません」
小さな家の玄関は閉じられても、俺は暫く動く事が出来なかった。
女が居なくなって探したが、見つけられなかった。
商会へ行っても、辞めたとしか教えてもらえず。そこで初めて、俺は女の友達すら知らなかったのだと気づいた。
あらゆるツテを使い探したが見つからず。
一年、二年、三年…
仕事へ逃げ、気がつけば18年経ち。第四騎士団長にまでなってしまった。
「彼女に似た女の子を見かけた」
兄から話を聞いた俺は、すぐさま女の子を探しに行った。
町で聞いた話では、ふらりと町へ来た女は妊娠しており教会で保護した。
女の子を産み、女は教会で子ども達に文字等を教えながら女の子を育てていた。
しかし、女の子が12歳の頃。元々病気がちだった女は死んだ。
17歳になった女の娘は、同じ歳の平民の男と結婚して幸せに暮らしている。
『クリプトン様は、あの子と同じ榛色の瞳ですね。あの子の母親の瞳は緑色でしたから。
彼女は生前話してくれました。貴方様があの子の父親ですね。
彼女の事を愛していたならば、二度とあの子に会わないで頂きたい。あの子を平民として生きさせて下さい』
娘の家から教会へ行くと、神父は俺に深々と頭を下げられた。
神父から女の墓を聞くと、道端で女が好きだと言った花を一輪摘んだ。
俺は今、墓の前に立つ。
ハンナ・クリプトン
「俺は… 俺は今もお前を愛していると伝えても良いのか」
恋も愛も全てお前へ捧げる。
愛しているって言ってくれ…
今日も帰って来ないのね。
独り言を言う気力も無くランプを灯し、そのままソファへ倒れ込む。
この家は彼のもの、私が居続けちゃダメよね。
ごほごほと咳をすれば血の味がして、慌てて袖口で押さえたおかげでソファは汚れずに済んだ。
何かを食べる気持ちにもならず、のろのろと起き上がると、大きく息を吸い込みゆっくり吐き出した。
二階へ上がり私に与えられた部屋へ入れば、物はほとんど無くぽつんとベッドがあるだけ。
元々、物は少なかったけど。彼が帰らなくなってから、ひとつずつ捨てていた。
愛しているって言ったのに。
一生大切にするって言ったのに。
そこで、ふと考えたの。彼は私の一生を大切にしてくれているのかも知れない。
だって、私は…
なーんだ。知っていたから私を追い出す事をしなかったのね。
ふふっと笑えば少しだけ元気になれたわ。
愛していたの。私の恋も愛も全て貴方へ捧げましょう。
バイバイ、愛しい貴方。
愛していた女が居た。
彼女はいつも笑顔を絶やさぬ優しい女だった。
一生大切にするからと口説き一緒に暮らし始めた頃は、毎日早く帰りたくて同僚から冷やかされたりした。
玄関を開ければ、女が作った温かい料理を二人で食べて。夜はベッドで愛し合い抱き合いながら寝た。
一年、二年、三年…
出逢ったのは、お互い学生の時。初めは単なるクラスメート。それが変わったのは二人が図書委員になって、放課後一緒に図書室へ行くようになってから。
偶然、同じ本が好きだと分かり話し始めると。話は盛り上がり、その時に女の笑顔に見惚れた。
友達から恋人になり、卒業後は結婚を約束したが。俺は貴族、女は平民。
次男で家督は継がないけれど、平民との結婚はなかなか両親に認められず。
平民でも女は優秀であったので、城の文官として務めたのも両親は気に入らなかったのだろう。
女はそれを知り、あっさりと文官の職を辞め。大きな商会へと転職した。
入りたての騎士の給料は少なく、又。女も同じように薄給だった。
それでも、兄は俺の味方で小さいながら家をくれた。
女と一緒に暮らし、幸せだったのに…
実力が認められ役職も上がり、生活は随分楽になった頃、同期の男と会った。
そいつも貴族で同じ次男。男が結婚したのは身分が同じ貴族で、身に付けているのも上等だとすぐ分かった。
もし、俺も同じ貴族と結婚したならば…
俺は女の事を忘れ、そいつと一緒に夜会へ行き。貴族の女性、何人もと関係をもった。
ふと思い出し、数ヶ月ぶりに家へ帰ると真っ暗な窓が見えた。
女と暮らし始めて6年。真っ暗な家へ帰るなんて初めてだ。
玄関の鍵を開けると、少し埃っぽい。嫌な予感がして女が使っていた二階の部屋へ走りドアを開ければ。
ベッドがぽつんとあるだけだった。
「帰って下さい。私には父親はおりません」
小さな家の玄関は閉じられても、俺は暫く動く事が出来なかった。
女が居なくなって探したが、見つけられなかった。
商会へ行っても、辞めたとしか教えてもらえず。そこで初めて、俺は女の友達すら知らなかったのだと気づいた。
あらゆるツテを使い探したが見つからず。
一年、二年、三年…
仕事へ逃げ、気がつけば18年経ち。第四騎士団長にまでなってしまった。
「彼女に似た女の子を見かけた」
兄から話を聞いた俺は、すぐさま女の子を探しに行った。
町で聞いた話では、ふらりと町へ来た女は妊娠しており教会で保護した。
女の子を産み、女は教会で子ども達に文字等を教えながら女の子を育てていた。
しかし、女の子が12歳の頃。元々病気がちだった女は死んだ。
17歳になった女の娘は、同じ歳の平民の男と結婚して幸せに暮らしている。
『クリプトン様は、あの子と同じ榛色の瞳ですね。あの子の母親の瞳は緑色でしたから。
彼女は生前話してくれました。貴方様があの子の父親ですね。
彼女の事を愛していたならば、二度とあの子に会わないで頂きたい。あの子を平民として生きさせて下さい』
娘の家から教会へ行くと、神父は俺に深々と頭を下げられた。
神父から女の墓を聞くと、道端で女が好きだと言った花を一輪摘んだ。
俺は今、墓の前に立つ。
ハンナ・クリプトン
「俺は… 俺は今もお前を愛していると伝えても良いのか」
恋も愛も全てお前へ捧げる。
愛しているって言ってくれ…
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