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本編
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「俺はキミを愛していたよ」
「私も好きだったわ」
扉が閉まる音がすると、部屋は静けさを取り戻す。
彼が街から消えて、今出て行ったのは何人目の彼氏だったか。考えるのを放棄して冷えてしまったベッドへ戻ると毛布にくるまり瞳を閉じた。
私の名前が無かった頃、彼と知り合った。いいえ違うわ、彼に拾われたが正解ね。
貧民街の手前にある飲み屋街ではゴミを漁る子どもは野良猫と同じ扱い、私も他の子どもと同じようにゴミ漁りをしていた。
「ねぇ、お腹空いてるの?」
そう声を掛けられ見上げた先に居たのは平民の少年。しかし近くに親らしい大人も居らずよく見れば服は汚れていた。人攫いには見えず何も言えずにいると少年は私の隣に座りカビかけたパンを服から出して半分に割った。
「これ最後のパンなんだ。良かったら一緒に食べてくれる?」
少年の手からパンを奪うと貪り食う。隣には一緒に座る少年が寄り添っていた。
「名前は?」
「そんなの無い」
そうか… それだけ言うと少年は私の手を握り立ち上がった。やはり人攫いか? と手を振り払おうとしたけど少年の目があまりにも寂しそうで、ここに居る理由も無い私は手を引かれるまま少年とあるき出した。
名前が無い私へ、少年はノーラと名付けた。そして少年は自分の事をジンと名乗り私へも呼ぶように言う。
ほとんど話さない私へ、ジンは自分の事を話してくれた。12歳でやっと冒険者登録が出来るようになり、ギルドで手続きを済ませ家へ帰ろうとした所にギルド内が騒がしくなった。
聞けばジンが住む村が魔獣に襲われて討伐隊が組まれていると。
『俺の村なんだ! 一緒に連れて行ってくれ!』
冒険者達と村へ向かいジンが見た景色は魔獣に蹂躪され食い殺された村人達。
そして、ジンの母親の姿もあった。
『弔うのを手伝え』
先に到着した冒険者達に討伐された魔獣。だからこそ身体の一部だけでも残ったんだ。
一緒に来た冒険者に言われ、ジンは名前を呼びながら一人ひとり土に埋めていった。
「だからねノーラ。俺の家族も居ないんだ」
「そう。じゃあ私がジンの家族になってあげるよ」
両親もいつ産まれたかも分からない私。気付いた時には野良猫として生きてきたが今まで誰かの家族になるなんて想像出来なかった。でも、ジンが寂しそうにしてたから思わず言ってしまっただけ。
ジンが16歳になる頃には、私も冒険者登録をしてジンの村に起きた悲劇を繰り返さないように、魔獣が出たと聞けばどんなに遠くても行って退治して行く。
行く先々で私は薬師の人に頭を下げて教えを乞おた。少しでもジンの力になりたいと思っただけなのに…
私が17歳、ジンは21歳。
その頃には魔獣退治を得意とする、ジンの名声は各地で知られるようになり。それと同時に私の薬師としての名前も広がってしまった。
「ノーラ。お前はまだ幼いんだ、酒なんて飲むな」
「こんな服を着て変な奴に連れさられたらどうするんだ」
ジンは冒険者としての名声と、優しい風貌から女性達から声をかけられる。酒場では顕著で【妹】と言われる度にチクリと胸に感じる僅かな痛み。
だから、この世界で成人となる17歳になってからは宿で待つ事を止め、酒場へ向かうようになった。なのにジンは私から酒を取り上げ、近づく男たちを遠ざける。
「ジンだって女と遊んでるじゃない! なんで私はダメなのよ!」
「心配しているんだ。ノーラは俺の妹だからな」
何度も聞いた【妹】と言う言葉。いつもなら文句を言いつつも素直に宿へ帰るけど、この時は何故か無性に腹が立って言ってしまったのだ。
「もうお酒も飲める年なの! 17歳なら結婚して子どもがいる子だっているのに、いちいち指図しないで!
私はジンの妹じゃない! ジンは本当の家族じゃないのに!」
あの時のジンの顔は今でも忘れた事は無い。
「分かった」
背を向けあるき出したジンを追う事が出来ず、しかし宿へ戻ればジンが居ると私は思っていた。
明け方、酔って宿へ戻るとジンの荷物もジン本人も居なくなっていた。手紙も何も無く私は捨てられたのだ。
それでも、ジンが戻ってくるかと思い。小さな部屋を借りて毎日ギルドで薬師の仕事をしながら待つ日々。
ジンは一人で旅を続け、魔獣討伐の話はギルドで何度も聞いた。
誰も居ない部屋は寂しく、人肌を求めるようになったのは何時だっただろう。
いくら肌を重ねても、いくら愛を囁かれても、愛していると言えない私に何人もの男が去って行く。
「忘れなきゃ。だって私は捨てられたのよ。
野良猫だった私が人間になれただけで良かったじゃない」
ジンが好きだった。
ジンを愛していた。
ジンだけが欲しかった私は何を間違えたんだろう。
きっと最初から間違えていたんだ。
家族になった日。寂しそうと思った時から私にはジンだけが欲しかった。
街を出よう。妹と呼ばれる度に壊れた心だけ残して、元の野良猫に戻ろう。
******
「テリー、やっと帰ってきたわね」
「ただいまノーラ。そんなに怒るなよ、可愛い顔が台無しだぜ」
「調子良い事ばっかり言っても許さないから! 今日が何の日か分かってんの!」
頬を膨らませたノーラをテリーと呼ばれた男が堪らず抱きしめれば、ノーラは男を見上げ弾けるように笑っていた。
「あんた、ノーラちゃんの知り合いかい?」
「っ! あ、あぁ彼女の隣に居たのは」
「テリーって言ってノーラちゃんの旦那さ。元々冒険者だったが今は領主様の所で騎士団に入っているよ」
その後も、聞いていないのに近所に住むと言う女性から色々聞いて宿屋へ戻った。
最初に会った時は可哀想な子と思っただけ。家族を失い自分より弱い者が居ると少しだけ救われた気がした。だから手を差し出したのは自分の為だったと今なら分かる。
しかし、いつからかノーラは自分が守るべき者になっていった。何度か安全な街へ残るように言ったが、
『置いてかないで、ちゃんと役に立つから』
唇を噛み必死に泣くのを我慢して、何度断られても薬師達に頭を下げ。何度説得しても討伐に参加してきた。
その姿を徐々に認められ、どの街でも薬師達だけじゃなくギルドの連中にも可愛がられていった。
あの街から消えたのは、ノーラを危険な討伐に巻き込みたく無いからだ。
でも、街を離れてギルドで噂は何度も聞いていた。俺を待つノーラ…
帰ってやれ、せめて顔を見せる位してやれ、ダメなら手紙でも出せ。
そう言われる度に感じたのは仄かな喜び、やはりノーラに俺は必要なのだと安心した。
大きな討伐があり国を離れたのは、ノーラと別れてから半年経った頃。渡った国で功績をあげると人々からの賛辞だけじゃなく貴族の方々からも声を掛けられるようになった。
ノーラの事を忘れた訳じゃない。だけど高ランクになった俺は認められた事が何よりも嬉しかった。
高級な酒に女、望めば何でも手に入る日々。だけど心から楽しいと思えない。
その時、頭に浮かんだのはノーラの顔。
帰ろう。小さな家でも買って二人で暮らすのも良い、ノーラが望むなら討伐じゃなくゆっくり旅をするのも良い…
「英雄さまのお帰りだ!」
ノーラと別れた街のギルドへ入れば、昔馴染みに囲まれ見知らぬ人々からも歓迎された。
ただ、ギルドマスターだけは苦笑いをして俺の背中を叩くと二階へ連れて行った。
「活躍は聞いている。古龍を討伐したらしいな」
「運もあったんだ。それよりノーラはまだ来てないのか?」
まぁ座れ。とソファに腰掛けると俺も対面に座る。
「ノーラはここには来ない」
「まさか… 俺を追いかけたのか?」
静かに首を振ると、戸棚から酒を出してグラスに注いだ。
スッと出された酒に口を付ければ、昼間に飲むには強すぎる酒にすぐテーブルへグラスを置く。
「街を出て行った。結婚したと一年前くらいに一度だけ手紙が届いたな。
お前が居なくなって何年だ?」
「… 五年くらいだ」
ノーラが結婚?
俺の事が好きなんじゃなかったのか?
「最初に捨てたのはお前だ。ノーラを大切に思う気持ちがあるならそっとしとけ」
「俺はノーラを捨てていない! 俺はノーラに安全な場所に居て欲しかっただけだ。
大切な【妹】なんだよ」
「そうか… なら何故、手紙ひとつ出さなかった。何故会いに来なかった。妹なんだろ? 今は幸せにしているなら喜ぶんじゃないのか?
何故、お前はそんなに怒っている」
マスターの顔は真剣で、何故と問われても答えが見つからない。
「俺は…」
目の前の酒を一気に煽ると黙ってグラスに酒を注ぎ、マスターは立ち上がると肩を叩き部屋から出て行った。
ノーラが何年だろうと俺を待つと信じて疑うなんてしなかったからだ。
何故、疑わなかった?
ーノーラは俺の【妹】だから。
ー何も言わなくてもノーラなら待つのが当然だから。
幸せに暮らしているなら、良かったじゃないか。
俺が離れたのも、ノーラを危険な討伐から遠ざける為。ならば、この気持ちは何なんだ…
宿屋のベッドに腰掛け瞳を閉じた。マスターから言われた事や覗き見たノーラの顔が頭にチラつく。
渋るマスターからノーラが住む街の場所を聞き、街へ来れば居場所はすぐに分かった。
薬師として小さな店を持ち旦那は騎士団員、子どもは居ないが夫婦仲は良好。
幸せそうだったじゃないか。
ー俺に何も言わずに。
危険な事もしていないし。
ーすぐ、追いかけてくると思っていたのに。
ぐるぐる回る心から目を反らしたくて、外套を羽織りフードを目深に被ると宿屋を後にした。
路地裏にぽつりとあるバーを見つけて、誘われるように入ると店内は薄暗くボックス席でも疎らに人が居るだけ。
カウンターに座るとバーテンダーへ一番強い酒を頼む。
「相変わらずしけた店ね」
「場所が悪いからな。それよりいつもの薬は持ってきたか?」
「酒場はお得意様だから、今日はちょっと余分に持ってきたの」
カウンター奥から聞こえてきた声に、思わず身体が動く。
が、小さく息を吐き座り直した。
「あ、あの… もしかしてジンさんですか?」
まだ年若い冒険者だろう。彼の後ろには数人の若い男女がこちらを見て瞳を輝かせている。
「お、俺。ずっとジンさんに憧れてて! 宜しければお話させて頂いても…
いや、図々しいな。あの! 握手だけでもお願いします!」
「あぁ、キミ。名前は」
「アシュランです!」
若い者に囲まれ、話していると目線を感じたがすぐ無くなった。
会って話したい事があったはずなのに、ノーラと会うのが怖い。それなのに街を出る事も出来ず、バーで知り合った若い者に稽古をつけながらだらだらと居続け、気付けば一ヶ月経った。
「ジンさん! 助けてくれ!」
宿の部屋に飛び込んで来たのはアシュラン。立っているだけで今にも倒れてしまいそうな血の気が引いた顔で、よく見れば身体は震えている。
「どうした、何があったんだ」
「遺跡から魔物が次々溢れて… 俺だけ… 俺だけが逃げ出したんだ」
崩れ落ちるアシュランに、思い当たる事は一つ。
「まさか、遺物か」
「割の良い仕事があるって、誘われて… でも俺は止めたんだ! でもみんな自分たちは強くなったし他に何人も集まっているからって…」
ジンが英雄と呼ばれるようになったのは、偶然遺跡から発見された遺物を単なる宝と思った冒険者が動かし、封印が解けた為に古龍が復活した経緯がある。
封印の遺物は、見事な宝石が嵌め込まれており廃された遺物の価値は国をも動かすと言われている。
「場所は! 急がねば被害は甚大になるぞ!」
「ジンさん! 一緒に来てくれ!」
新たに現れたギルド職員と共に遺跡のある森へ向かう為、剣を掴むと床にへたり込んだまま動かないアシュランを横目で確認し小さく舌打ちをした。
街中は避難する人々でごった返していたが、それでも遺跡へ向かう冒険者たちと合流し走り続けた。
近づくにつれ濃くなる血の匂いは、魔物の物か人間の物か…
「一人になるな! 街へ逃さないように戦え!」
「こっちはもう、もたない! 引け! 引くんだ!」
悲鳴と怒声、魔物の唸り声。地獄の底に再び舞い戻った事に対しての恐怖より、この街に居るノーラを守れる喜びに身体が震える。
「腕に覚えがある者だけ、ついて来い! 死にたく無い奴は街の壁を守れ!
行くぞ!!」
次々と襲いくる魔物、いくら強くても数の力には負けそうになりながらも封印を解かれた魔物を倒さない限り生き残る術は無い。
「奴か…」
ギルド職員が見上げた先にいたのは、でかいニワトリのよう。
「まさかコカトリスか…
目を潰せ! 一気に攻めるぞ!」
魔物を屠りながら、思い切り大地を蹴る。後方に居た弓使い達が一斉に目を狙い、コカトリスの足元に潜り込んだ者は動きを封じる為に剣先を足へ突き刺す。
飛び込む俺が見えたのか、コカトリスの口が大きく開いたが。木を蹴り一気に剣を振り落とした。
「「やったぞ!!!」」
落下する首に声が上がるが、
「まだだ! 湧いた魔物を逃がすな!!」
コカトリスを落とした興奮のまま、残った魔物たちを仕留める。応援に駆けつけた騎士たちも加わり、なんとか終息を迎えた。
街へ戻ると、被害は少なかったが。やはり何人もの冒険者が犠牲となっていた。
手当てする簡易テントでは、ノーラが慌ただしく働いていた。中に入らずテントを後にすると、騎士団長から呼ばれた。
「まだ調査中だが、どうもハンターが遺物を狙ったらしい。まさかこんな場所に遺物があるとは思わなかったが、廃された遺物の回収が済み次第。一緒に王城へ行ってもらう事になる」
話を聞き終えて、宿に帰る途中。
「お前が! お前が居るから奴らは来たって言ってた!
何も無い場所に英雄がいるのは本当は意味があるからって!
何でだよ! こんな危ない物があるのを知っていたなら早くぶっ壊せば良かったんだ!
俺の兄ちゃんを返せ! お前さえ居なかった兄ちゃんが死ぬ事は無かったんだ!」
まだ幼い子供に見える少年は、俺の前に立ち塞がると声を上げ罵った。
ふと、周りを見れば突き刺すような視線をいくつも向けられる。
「そうよ… 私のあの人を返して。あなた英雄なんでしょ? まだ名誉が欲しいの? それともお金?
裕福とは言えなかったわ…
でも、私にはあの人しか居なかったの。
返してよ… 私のあの人を返してよ!」
知らなかった。ただノーラを見て話しすら出来なかったのに離れ難く街に居続けただけだ。
でも、俺を囲む人々の目から怒りや悲しみを感じ。何を言っても言い訳にしか思われないだろう…
「あんた達、バカなの? ここにジンが居なければみんな死んでいたのに。
人のせいにするんじゃないわよ!
みな、大切な人を守りたくて戦ったのに残ったあんた達がそんなんじゃ、うかばれないわね!」
華奢な背中が目の前に現れた。威嚇するように声を張り上げ辺りに緊張が走る。
「お前なんか、何も知らないくせに勝手な事いうなよ!」
「ガキが、私の何を知っていると言うの?
ジンの何を知っていると言うの?
言いなさいよ! 私と兄の何を知っているのかを!」
シン… と静まり返る。
少年は何も言えず、ノーラを見上げている。
「あんた達、言いたい事はそれだけ?」
「ノーラ、もういい。あなた達の言いたい事も分かる、だが。
神に誓って俺は遺物がある事すら知らなかった。
信じろとは言わない、行き場の無い怒りや悲しみを何処かへ向けなければやり切れない事も分かる。
俺はこの街を出て行く。すまなかった」
「はいはい、そこまで。
みんなも本当は分かってるよな、悪いのはハンターの奴らで彼じゃない。
ノーラもツンツンし過ぎ、まぁ可愛いけど」
「でも!」
「でもも、だっても無し。そして、あんたもカッコつけてんじゃないよ。
自己犠牲精神も過ぎれば嫌味だぜ」
手をパンパンっと叩くと軽く、はい。解散! とノーラの手を引き、俺を見ると一緒に来てください。と歩き出す男。
暫く歩くと、男が振り返った。
「ノーラから話は聞いている。ここはまだ人の目が多い、少し家へ来てくれないか」
「分かった」「テリー! 私は話なんて無いわ!」
俺とノーラの声が重なった。テリーと呼ばれた男は、ノーラの耳元で何か話すと頬に軽くキスをして、ノーラは俺を見る事無く、何処かへ走って行く。
「まだ怪我人が多いから、ノーラには手伝いに行かせた。
あぁ、あそこが家だ」
場所は知ったいたが、何も知らないふりをして促されるまま家の中に入った。
外観は少し年季の入った感じだったが、中に入ると無駄な物が無くきれいに掃除され古びた様子は無い。
「英雄さまと呼びましょうか? それともジンさん?
あぁ立ち話もなんだから座ってくれ。あいにく二人暮らしだから椅子は2脚しか無いけど」
「邪魔する。俺の事はジンで良い」
「ありがてえ、俺はテリーだ。ジンさん、あんた何度か家を見に来てるよな。
あぁ! そんな事は気にしないさ。ノーラが心配だったんだろ?
それとも、ノーラが未だに自分の事を待っているとでも思ってたのか?」
お互い椅子に座り向かい合う中で、さっきまでのにこやかな表情から一変。今にも斬りかかろうとしそうな殺気を感じた。
「この街に来た時は、生きる意味が分からないと。まるで死に急ぐような依頼ばかり受けていたんだ。
何度も邪険にされながらも、俺はノーラに付き纏った。ノーラが初めて笑った時は思わず抱きしめてぶん殴られたんだぜ。
それから、少しずつ過去を話してくれた…
俺はなジンさん。ノーラがあんたに会って、どうしても付いて行くと言ったら反対はしない。
心底惚れてんだ。
俺は別れようとノーラが幸せなら、他は何もいらない。
ジンさんよ、お前はノーラに何を望む?」
テリーの言葉に何も言えなくなる。俺はノーラを…
バンっと勢いよく扉が開くと、入ってきたノーラは何も言わずテリーの横顔をぶん殴った。
「バカなの!! 私の幸せは自分で決めるわ!」
「ノーラ、行ったんじゃ…」
椅子から転げ落ちたテリーが、殴られた頬を擦りながらノーラを見上げる。しかし、ノーラは俺を見るとキッと睨みつけた。
「ジン。ここはあんたの居場所じゃない。私とジンの人生は二度と交差しないの。
野良猫から人間になれたのは、ジン。いいえ兄さん、あなたのおかげよ。
でも、私達は本当の家族にはなれない。だからここでお別れ、今までありがとう。
さようなら兄さん」
そう言ったノーラの顔は笑っていた…
瞳からとめどなく溢れる涙を拭う事もせず、ただ笑っていた。
「今日、初めて俺の事を兄と呼んだね。
ノーラ、不甲斐ない兄で済まなかった。じゃあな」
椅子から立ち上がり、ノーラに背を向けると振り返りたい気持ちを手を握りしめ誤魔化し玄関の扉を開けた。
この街に来てから、何度も通った道。あの街で別れた時点で俺とノーラは別の道を歩んでいたのだと、今。気づいた。
あぁ… 俺に泣く資格なんてある訳無いのに、止められないな…
******
「良かったのか? 今なら追いかけられるぞ」
俺はノーラに、そう声をかけると。いきなり両手で自分の頬を叩いた。
「テリー。私、良い女でしょ。
この街で過去と別れ、未来はテリーあなたの隣が良いの。
必ず幸せにしてよね」
「必ず幸せにしてやるよ。最高の女を手に入れた俺が一番幸せだがな」
胸に飛び込んで来るノーラを思い切り抱きしめる。
ジンさん、俺はあんたみたいな間違いは絶対しねえ。
誰に聞かれても、大声で叫んでやるよ。
俺はノーラを愛していると。
「私も好きだったわ」
扉が閉まる音がすると、部屋は静けさを取り戻す。
彼が街から消えて、今出て行ったのは何人目の彼氏だったか。考えるのを放棄して冷えてしまったベッドへ戻ると毛布にくるまり瞳を閉じた。
私の名前が無かった頃、彼と知り合った。いいえ違うわ、彼に拾われたが正解ね。
貧民街の手前にある飲み屋街ではゴミを漁る子どもは野良猫と同じ扱い、私も他の子どもと同じようにゴミ漁りをしていた。
「ねぇ、お腹空いてるの?」
そう声を掛けられ見上げた先に居たのは平民の少年。しかし近くに親らしい大人も居らずよく見れば服は汚れていた。人攫いには見えず何も言えずにいると少年は私の隣に座りカビかけたパンを服から出して半分に割った。
「これ最後のパンなんだ。良かったら一緒に食べてくれる?」
少年の手からパンを奪うと貪り食う。隣には一緒に座る少年が寄り添っていた。
「名前は?」
「そんなの無い」
そうか… それだけ言うと少年は私の手を握り立ち上がった。やはり人攫いか? と手を振り払おうとしたけど少年の目があまりにも寂しそうで、ここに居る理由も無い私は手を引かれるまま少年とあるき出した。
名前が無い私へ、少年はノーラと名付けた。そして少年は自分の事をジンと名乗り私へも呼ぶように言う。
ほとんど話さない私へ、ジンは自分の事を話してくれた。12歳でやっと冒険者登録が出来るようになり、ギルドで手続きを済ませ家へ帰ろうとした所にギルド内が騒がしくなった。
聞けばジンが住む村が魔獣に襲われて討伐隊が組まれていると。
『俺の村なんだ! 一緒に連れて行ってくれ!』
冒険者達と村へ向かいジンが見た景色は魔獣に蹂躪され食い殺された村人達。
そして、ジンの母親の姿もあった。
『弔うのを手伝え』
先に到着した冒険者達に討伐された魔獣。だからこそ身体の一部だけでも残ったんだ。
一緒に来た冒険者に言われ、ジンは名前を呼びながら一人ひとり土に埋めていった。
「だからねノーラ。俺の家族も居ないんだ」
「そう。じゃあ私がジンの家族になってあげるよ」
両親もいつ産まれたかも分からない私。気付いた時には野良猫として生きてきたが今まで誰かの家族になるなんて想像出来なかった。でも、ジンが寂しそうにしてたから思わず言ってしまっただけ。
ジンが16歳になる頃には、私も冒険者登録をしてジンの村に起きた悲劇を繰り返さないように、魔獣が出たと聞けばどんなに遠くても行って退治して行く。
行く先々で私は薬師の人に頭を下げて教えを乞おた。少しでもジンの力になりたいと思っただけなのに…
私が17歳、ジンは21歳。
その頃には魔獣退治を得意とする、ジンの名声は各地で知られるようになり。それと同時に私の薬師としての名前も広がってしまった。
「ノーラ。お前はまだ幼いんだ、酒なんて飲むな」
「こんな服を着て変な奴に連れさられたらどうするんだ」
ジンは冒険者としての名声と、優しい風貌から女性達から声をかけられる。酒場では顕著で【妹】と言われる度にチクリと胸に感じる僅かな痛み。
だから、この世界で成人となる17歳になってからは宿で待つ事を止め、酒場へ向かうようになった。なのにジンは私から酒を取り上げ、近づく男たちを遠ざける。
「ジンだって女と遊んでるじゃない! なんで私はダメなのよ!」
「心配しているんだ。ノーラは俺の妹だからな」
何度も聞いた【妹】と言う言葉。いつもなら文句を言いつつも素直に宿へ帰るけど、この時は何故か無性に腹が立って言ってしまったのだ。
「もうお酒も飲める年なの! 17歳なら結婚して子どもがいる子だっているのに、いちいち指図しないで!
私はジンの妹じゃない! ジンは本当の家族じゃないのに!」
あの時のジンの顔は今でも忘れた事は無い。
「分かった」
背を向けあるき出したジンを追う事が出来ず、しかし宿へ戻ればジンが居ると私は思っていた。
明け方、酔って宿へ戻るとジンの荷物もジン本人も居なくなっていた。手紙も何も無く私は捨てられたのだ。
それでも、ジンが戻ってくるかと思い。小さな部屋を借りて毎日ギルドで薬師の仕事をしながら待つ日々。
ジンは一人で旅を続け、魔獣討伐の話はギルドで何度も聞いた。
誰も居ない部屋は寂しく、人肌を求めるようになったのは何時だっただろう。
いくら肌を重ねても、いくら愛を囁かれても、愛していると言えない私に何人もの男が去って行く。
「忘れなきゃ。だって私は捨てられたのよ。
野良猫だった私が人間になれただけで良かったじゃない」
ジンが好きだった。
ジンを愛していた。
ジンだけが欲しかった私は何を間違えたんだろう。
きっと最初から間違えていたんだ。
家族になった日。寂しそうと思った時から私にはジンだけが欲しかった。
街を出よう。妹と呼ばれる度に壊れた心だけ残して、元の野良猫に戻ろう。
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「テリー、やっと帰ってきたわね」
「ただいまノーラ。そんなに怒るなよ、可愛い顔が台無しだぜ」
「調子良い事ばっかり言っても許さないから! 今日が何の日か分かってんの!」
頬を膨らませたノーラをテリーと呼ばれた男が堪らず抱きしめれば、ノーラは男を見上げ弾けるように笑っていた。
「あんた、ノーラちゃんの知り合いかい?」
「っ! あ、あぁ彼女の隣に居たのは」
「テリーって言ってノーラちゃんの旦那さ。元々冒険者だったが今は領主様の所で騎士団に入っているよ」
その後も、聞いていないのに近所に住むと言う女性から色々聞いて宿屋へ戻った。
最初に会った時は可哀想な子と思っただけ。家族を失い自分より弱い者が居ると少しだけ救われた気がした。だから手を差し出したのは自分の為だったと今なら分かる。
しかし、いつからかノーラは自分が守るべき者になっていった。何度か安全な街へ残るように言ったが、
『置いてかないで、ちゃんと役に立つから』
唇を噛み必死に泣くのを我慢して、何度断られても薬師達に頭を下げ。何度説得しても討伐に参加してきた。
その姿を徐々に認められ、どの街でも薬師達だけじゃなくギルドの連中にも可愛がられていった。
あの街から消えたのは、ノーラを危険な討伐に巻き込みたく無いからだ。
でも、街を離れてギルドで噂は何度も聞いていた。俺を待つノーラ…
帰ってやれ、せめて顔を見せる位してやれ、ダメなら手紙でも出せ。
そう言われる度に感じたのは仄かな喜び、やはりノーラに俺は必要なのだと安心した。
大きな討伐があり国を離れたのは、ノーラと別れてから半年経った頃。渡った国で功績をあげると人々からの賛辞だけじゃなく貴族の方々からも声を掛けられるようになった。
ノーラの事を忘れた訳じゃない。だけど高ランクになった俺は認められた事が何よりも嬉しかった。
高級な酒に女、望めば何でも手に入る日々。だけど心から楽しいと思えない。
その時、頭に浮かんだのはノーラの顔。
帰ろう。小さな家でも買って二人で暮らすのも良い、ノーラが望むなら討伐じゃなくゆっくり旅をするのも良い…
「英雄さまのお帰りだ!」
ノーラと別れた街のギルドへ入れば、昔馴染みに囲まれ見知らぬ人々からも歓迎された。
ただ、ギルドマスターだけは苦笑いをして俺の背中を叩くと二階へ連れて行った。
「活躍は聞いている。古龍を討伐したらしいな」
「運もあったんだ。それよりノーラはまだ来てないのか?」
まぁ座れ。とソファに腰掛けると俺も対面に座る。
「ノーラはここには来ない」
「まさか… 俺を追いかけたのか?」
静かに首を振ると、戸棚から酒を出してグラスに注いだ。
スッと出された酒に口を付ければ、昼間に飲むには強すぎる酒にすぐテーブルへグラスを置く。
「街を出て行った。結婚したと一年前くらいに一度だけ手紙が届いたな。
お前が居なくなって何年だ?」
「… 五年くらいだ」
ノーラが結婚?
俺の事が好きなんじゃなかったのか?
「最初に捨てたのはお前だ。ノーラを大切に思う気持ちがあるならそっとしとけ」
「俺はノーラを捨てていない! 俺はノーラに安全な場所に居て欲しかっただけだ。
大切な【妹】なんだよ」
「そうか… なら何故、手紙ひとつ出さなかった。何故会いに来なかった。妹なんだろ? 今は幸せにしているなら喜ぶんじゃないのか?
何故、お前はそんなに怒っている」
マスターの顔は真剣で、何故と問われても答えが見つからない。
「俺は…」
目の前の酒を一気に煽ると黙ってグラスに酒を注ぎ、マスターは立ち上がると肩を叩き部屋から出て行った。
ノーラが何年だろうと俺を待つと信じて疑うなんてしなかったからだ。
何故、疑わなかった?
ーノーラは俺の【妹】だから。
ー何も言わなくてもノーラなら待つのが当然だから。
幸せに暮らしているなら、良かったじゃないか。
俺が離れたのも、ノーラを危険な討伐から遠ざける為。ならば、この気持ちは何なんだ…
宿屋のベッドに腰掛け瞳を閉じた。マスターから言われた事や覗き見たノーラの顔が頭にチラつく。
渋るマスターからノーラが住む街の場所を聞き、街へ来れば居場所はすぐに分かった。
薬師として小さな店を持ち旦那は騎士団員、子どもは居ないが夫婦仲は良好。
幸せそうだったじゃないか。
ー俺に何も言わずに。
危険な事もしていないし。
ーすぐ、追いかけてくると思っていたのに。
ぐるぐる回る心から目を反らしたくて、外套を羽織りフードを目深に被ると宿屋を後にした。
路地裏にぽつりとあるバーを見つけて、誘われるように入ると店内は薄暗くボックス席でも疎らに人が居るだけ。
カウンターに座るとバーテンダーへ一番強い酒を頼む。
「相変わらずしけた店ね」
「場所が悪いからな。それよりいつもの薬は持ってきたか?」
「酒場はお得意様だから、今日はちょっと余分に持ってきたの」
カウンター奥から聞こえてきた声に、思わず身体が動く。
が、小さく息を吐き座り直した。
「あ、あの… もしかしてジンさんですか?」
まだ年若い冒険者だろう。彼の後ろには数人の若い男女がこちらを見て瞳を輝かせている。
「お、俺。ずっとジンさんに憧れてて! 宜しければお話させて頂いても…
いや、図々しいな。あの! 握手だけでもお願いします!」
「あぁ、キミ。名前は」
「アシュランです!」
若い者に囲まれ、話していると目線を感じたがすぐ無くなった。
会って話したい事があったはずなのに、ノーラと会うのが怖い。それなのに街を出る事も出来ず、バーで知り合った若い者に稽古をつけながらだらだらと居続け、気付けば一ヶ月経った。
「ジンさん! 助けてくれ!」
宿の部屋に飛び込んで来たのはアシュラン。立っているだけで今にも倒れてしまいそうな血の気が引いた顔で、よく見れば身体は震えている。
「どうした、何があったんだ」
「遺跡から魔物が次々溢れて… 俺だけ… 俺だけが逃げ出したんだ」
崩れ落ちるアシュランに、思い当たる事は一つ。
「まさか、遺物か」
「割の良い仕事があるって、誘われて… でも俺は止めたんだ! でもみんな自分たちは強くなったし他に何人も集まっているからって…」
ジンが英雄と呼ばれるようになったのは、偶然遺跡から発見された遺物を単なる宝と思った冒険者が動かし、封印が解けた為に古龍が復活した経緯がある。
封印の遺物は、見事な宝石が嵌め込まれており廃された遺物の価値は国をも動かすと言われている。
「場所は! 急がねば被害は甚大になるぞ!」
「ジンさん! 一緒に来てくれ!」
新たに現れたギルド職員と共に遺跡のある森へ向かう為、剣を掴むと床にへたり込んだまま動かないアシュランを横目で確認し小さく舌打ちをした。
街中は避難する人々でごった返していたが、それでも遺跡へ向かう冒険者たちと合流し走り続けた。
近づくにつれ濃くなる血の匂いは、魔物の物か人間の物か…
「一人になるな! 街へ逃さないように戦え!」
「こっちはもう、もたない! 引け! 引くんだ!」
悲鳴と怒声、魔物の唸り声。地獄の底に再び舞い戻った事に対しての恐怖より、この街に居るノーラを守れる喜びに身体が震える。
「腕に覚えがある者だけ、ついて来い! 死にたく無い奴は街の壁を守れ!
行くぞ!!」
次々と襲いくる魔物、いくら強くても数の力には負けそうになりながらも封印を解かれた魔物を倒さない限り生き残る術は無い。
「奴か…」
ギルド職員が見上げた先にいたのは、でかいニワトリのよう。
「まさかコカトリスか…
目を潰せ! 一気に攻めるぞ!」
魔物を屠りながら、思い切り大地を蹴る。後方に居た弓使い達が一斉に目を狙い、コカトリスの足元に潜り込んだ者は動きを封じる為に剣先を足へ突き刺す。
飛び込む俺が見えたのか、コカトリスの口が大きく開いたが。木を蹴り一気に剣を振り落とした。
「「やったぞ!!!」」
落下する首に声が上がるが、
「まだだ! 湧いた魔物を逃がすな!!」
コカトリスを落とした興奮のまま、残った魔物たちを仕留める。応援に駆けつけた騎士たちも加わり、なんとか終息を迎えた。
街へ戻ると、被害は少なかったが。やはり何人もの冒険者が犠牲となっていた。
手当てする簡易テントでは、ノーラが慌ただしく働いていた。中に入らずテントを後にすると、騎士団長から呼ばれた。
「まだ調査中だが、どうもハンターが遺物を狙ったらしい。まさかこんな場所に遺物があるとは思わなかったが、廃された遺物の回収が済み次第。一緒に王城へ行ってもらう事になる」
話を聞き終えて、宿に帰る途中。
「お前が! お前が居るから奴らは来たって言ってた!
何も無い場所に英雄がいるのは本当は意味があるからって!
何でだよ! こんな危ない物があるのを知っていたなら早くぶっ壊せば良かったんだ!
俺の兄ちゃんを返せ! お前さえ居なかった兄ちゃんが死ぬ事は無かったんだ!」
まだ幼い子供に見える少年は、俺の前に立ち塞がると声を上げ罵った。
ふと、周りを見れば突き刺すような視線をいくつも向けられる。
「そうよ… 私のあの人を返して。あなた英雄なんでしょ? まだ名誉が欲しいの? それともお金?
裕福とは言えなかったわ…
でも、私にはあの人しか居なかったの。
返してよ… 私のあの人を返してよ!」
知らなかった。ただノーラを見て話しすら出来なかったのに離れ難く街に居続けただけだ。
でも、俺を囲む人々の目から怒りや悲しみを感じ。何を言っても言い訳にしか思われないだろう…
「あんた達、バカなの? ここにジンが居なければみんな死んでいたのに。
人のせいにするんじゃないわよ!
みな、大切な人を守りたくて戦ったのに残ったあんた達がそんなんじゃ、うかばれないわね!」
華奢な背中が目の前に現れた。威嚇するように声を張り上げ辺りに緊張が走る。
「お前なんか、何も知らないくせに勝手な事いうなよ!」
「ガキが、私の何を知っていると言うの?
ジンの何を知っていると言うの?
言いなさいよ! 私と兄の何を知っているのかを!」
シン… と静まり返る。
少年は何も言えず、ノーラを見上げている。
「あんた達、言いたい事はそれだけ?」
「ノーラ、もういい。あなた達の言いたい事も分かる、だが。
神に誓って俺は遺物がある事すら知らなかった。
信じろとは言わない、行き場の無い怒りや悲しみを何処かへ向けなければやり切れない事も分かる。
俺はこの街を出て行く。すまなかった」
「はいはい、そこまで。
みんなも本当は分かってるよな、悪いのはハンターの奴らで彼じゃない。
ノーラもツンツンし過ぎ、まぁ可愛いけど」
「でも!」
「でもも、だっても無し。そして、あんたもカッコつけてんじゃないよ。
自己犠牲精神も過ぎれば嫌味だぜ」
手をパンパンっと叩くと軽く、はい。解散! とノーラの手を引き、俺を見ると一緒に来てください。と歩き出す男。
暫く歩くと、男が振り返った。
「ノーラから話は聞いている。ここはまだ人の目が多い、少し家へ来てくれないか」
「分かった」「テリー! 私は話なんて無いわ!」
俺とノーラの声が重なった。テリーと呼ばれた男は、ノーラの耳元で何か話すと頬に軽くキスをして、ノーラは俺を見る事無く、何処かへ走って行く。
「まだ怪我人が多いから、ノーラには手伝いに行かせた。
あぁ、あそこが家だ」
場所は知ったいたが、何も知らないふりをして促されるまま家の中に入った。
外観は少し年季の入った感じだったが、中に入ると無駄な物が無くきれいに掃除され古びた様子は無い。
「英雄さまと呼びましょうか? それともジンさん?
あぁ立ち話もなんだから座ってくれ。あいにく二人暮らしだから椅子は2脚しか無いけど」
「邪魔する。俺の事はジンで良い」
「ありがてえ、俺はテリーだ。ジンさん、あんた何度か家を見に来てるよな。
あぁ! そんな事は気にしないさ。ノーラが心配だったんだろ?
それとも、ノーラが未だに自分の事を待っているとでも思ってたのか?」
お互い椅子に座り向かい合う中で、さっきまでのにこやかな表情から一変。今にも斬りかかろうとしそうな殺気を感じた。
「この街に来た時は、生きる意味が分からないと。まるで死に急ぐような依頼ばかり受けていたんだ。
何度も邪険にされながらも、俺はノーラに付き纏った。ノーラが初めて笑った時は思わず抱きしめてぶん殴られたんだぜ。
それから、少しずつ過去を話してくれた…
俺はなジンさん。ノーラがあんたに会って、どうしても付いて行くと言ったら反対はしない。
心底惚れてんだ。
俺は別れようとノーラが幸せなら、他は何もいらない。
ジンさんよ、お前はノーラに何を望む?」
テリーの言葉に何も言えなくなる。俺はノーラを…
バンっと勢いよく扉が開くと、入ってきたノーラは何も言わずテリーの横顔をぶん殴った。
「バカなの!! 私の幸せは自分で決めるわ!」
「ノーラ、行ったんじゃ…」
椅子から転げ落ちたテリーが、殴られた頬を擦りながらノーラを見上げる。しかし、ノーラは俺を見るとキッと睨みつけた。
「ジン。ここはあんたの居場所じゃない。私とジンの人生は二度と交差しないの。
野良猫から人間になれたのは、ジン。いいえ兄さん、あなたのおかげよ。
でも、私達は本当の家族にはなれない。だからここでお別れ、今までありがとう。
さようなら兄さん」
そう言ったノーラの顔は笑っていた…
瞳からとめどなく溢れる涙を拭う事もせず、ただ笑っていた。
「今日、初めて俺の事を兄と呼んだね。
ノーラ、不甲斐ない兄で済まなかった。じゃあな」
椅子から立ち上がり、ノーラに背を向けると振り返りたい気持ちを手を握りしめ誤魔化し玄関の扉を開けた。
この街に来てから、何度も通った道。あの街で別れた時点で俺とノーラは別の道を歩んでいたのだと、今。気づいた。
あぁ… 俺に泣く資格なんてある訳無いのに、止められないな…
******
「良かったのか? 今なら追いかけられるぞ」
俺はノーラに、そう声をかけると。いきなり両手で自分の頬を叩いた。
「テリー。私、良い女でしょ。
この街で過去と別れ、未来はテリーあなたの隣が良いの。
必ず幸せにしてよね」
「必ず幸せにしてやるよ。最高の女を手に入れた俺が一番幸せだがな」
胸に飛び込んで来るノーラを思い切り抱きしめる。
ジンさん、俺はあんたみたいな間違いは絶対しねえ。
誰に聞かれても、大声で叫んでやるよ。
俺はノーラを愛していると。
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seraiaさん。
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╰(*´︶`*)╯
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