その辺にある悪意

江波広樹

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2019年 パート1

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 荒川桜はいつもの癖でスマホであの事件を検索していた。画面にはおよそ10年前に書かれた記事が並んでいる。検索の上位にくるものはほとんど全て読んだ。しかしいくら読んでもこの事件の真相にはたどりつけていないように思えた。犯人は全員捕まっているし、世間からすればもう終わった事件なのだろう。

 時計の針は8時前を指している。荒川はスマホを通学用のカバンにしまい、部屋を出た。高校までは歩いて5分だ。ホームルームが始まるぎりぎりまで家でのんびりできる。外に出ると空気は思ったよりも冷えていた。11月下旬。この季節は彼女にとっては最も寒さを感じる時期だった。 

 通学途中もあの事件のことが頭をよぎった。一人の青年が殺害され、一人の少女が拉致された事件。

 犯人の一人は「僕がやったのは事実だが、しかし、これは僕の意思とは関係がない。だから仕方がない。そもそも人間には自由意志というものはない。だから犯罪だろうが、なんだろうが罪はない。もちろん、人間に自由意志がないのだから、裁判官が僕を裁くのも悪くはない。自由にしてくれ。いや、自由、ではなく、すでに決まっていることを述べてくれ。自分の意思ではなく、ありとあらゆる物事に影響されて無意識に導き出した答えをね」と言った。

 初めて聞いたときはまったく意味が理解できなかった。もちろん16歳になった今なら理解できる。運命論というやつだ。予定説ともいうのかもしれない。まあ、ようするに人間に自由意志はなく、自分のとっている行動は前々から決まっているというやつだ。もう一つ運命は一本道でなくランダムだという説もあったが、どちらにせよ人間に自由意志がないことには変わりない。寂しいことだが、現在の最先端の科学ではどうやら人間の自由意志はないということらしい。

 その事実は荒川の人生に多かれ少なかれ影響を与えた。もちろんすべてを信じているわけではない。いまの科学が完璧というわけではないし、そもそも人間がこの世界のことを正確に認識できるとは思えない。そこまで人間の目と脳は優れていないと荒川は考えている。人間の目に写る物と、この世界にある物の本当の色と形は違うかもしれない。そんなことを言ったら友達の香月は「あなた変なこと考えるのね」と言って笑うだろう。香月はいつも荒川の話を笑って聞いた。

「自由意志はない? あってもなくても変わらないでしょ? 私はどっちでもいいや」

 香月は常に自由だった。少なくとも荒川の目にはそう写った。

「でも、自分の今までの選択がすべて自分の意思とは関係がなかったとしたら、寂しいとは思わない? 何をやっても無駄だとは思わない?」

「この物語はフィクションです、って言われても寂しくはならない」

 香月は少し笑いながら言った。荒川は彼女の笑顔が好きだった。それは自分にはつくれないタイプの笑顔だからだ。

 荒川はあの事件の真相に深く興味があった。真相、というよりは犯人の犯行理由だ。どうしてあんな事件を起こしたのか、それに興味があった。もし荒川が直接あの犯人たちに聞いたとしてもきっと「理由はない。ただこの世界がそういう風にできているだけだ。まったく同じ世界があったら、まったく同じようにあの男を殺しているだろう」と言うかもしれない。きっと似たようなことを言うだろう。しかし荒川には何かしらの理由があるように思えたのだ。何の理由もなく人を殺すだろうか? しかも単独犯ではなく複数犯なのだ。何か目的があったと考えた方がいいはずだ。 

 犯行理由を犯人たちはいっさい言わなかった。ただ「人間に自由意志はないのだから、この殺人に理由はない」と言うだけだった。もし本当にそうだとしたら、殺害されたあの青年が可哀想すぎる。彼は子どもがおもちゃを壊すのと同じように殺されたということになる。 荒川は空を見上げた。ここ数日は曇ってばかりだ。太陽を4日ほど見ていないような気がする。きっと天気が悪いからあの事件のことばかり考えてしまうのだろう。

 彼女は足下に転がっていた小石を蹴飛ばした。小石は物理法則にしたがって道路の端の水溜まりに落ちた。荒川はそこで自分が傘を持ってくるのを忘れたことに気がついた。
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