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第四章
13 本来の姿で語られる顛末
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どれほどそうしていたのか。
これ以上は立っていられない。
そう思ったとき、流れは唐突にぴたりと止んだ。
焦点はまだ定まらない。
けれどすぐそばに、大きなふたつの気配を感じる。
それはどちらもとても馴染みのあるもののはずなのに、その強大さに体が震えた。
『クルス、大丈夫か?』
空から降ってくるツァルの声。
『よくやってくれた』
俺を労うヴァルヴェリアスの声。
ゆっくりと目の前にあるものが見え始める。
空に浮いているのは、翼と鋭い爪を持った青緑色の竜と、まるで火の粉のように赤い羽根を撒き散らす巨大な鳥だった。
竜は青緑色の不思議な色をした鱗に体を包まれている。
トカゲのように長い尾を持ち上げ、翼を広げて灰青色の瞳で俺を見下ろしている。
一方の赤い鳥のほうは、長く鋭い嘴をもち、尾は地面まで届くほどに長い。
金色の瞳は、見覚えのあるものだった。
初めて見たその姿に俺は息をのむ。
これがヴァルヴェリアスとツァルの本来の姿……。
『お久しぶりでございます、ヴァルヴェリアス様』
『久しいな、アスィ。リフシャティーヌはどうしている?』
『大精霊の世界で眠りについていらっしゃいます。これに居りますのは、リファルディア王家の血を引く者で、サリアと申します』
アスィが頭を垂れ、ヴァルヴェリアスの問いに答える。
「いったい、どういうことなんだ、これは?」
赤い糸くずは、この巨大な体を何百倍にも縮小した姿だったことに気付く。
ツァルは自分よりも高い位置に浮いているヴァルヴェリアスに視線を向けた。
ヴァルヴェリアスが硬い鱗に覆われた首を、縦に小さく動かした。
『あの日、私が多くの友を失った日、私は何もできなかった。世界を保つために力を消耗していた私には、既に何かを変えるだけの力は残っていなかった。王家が人間の手によって滅ぼされようとしていると知り、これまで私がしてきたことはなんだったのかと虚しさに襲われたよ。この世界は滅ぶべくして滅ぶのだと、そう思った。だが、目の前におまえが現れた』
「ヴァルヴェリアス……」
ああ、そうだ。
あの夜、守護者の塔を上りきった俺の前には、悲嘆にくれるヴァルヴェリアスの姿があった。
『私にはそれが希望に思えたのだよ。900年前、共に世界の存続を誓った同士の血、それが絶えれば契約は無効となり、世界は再び崩壊へと向かうだろう。だから私はおまえと運命を共にすることを選んだ。おまえが生き延び、その時を迎えることができたなら、世界を救うことができるかもしれないと思った。だからあとのことをツァルに託し、時期がきたらペリュシェスへ行くようにという指示を与えて眠りについた』
語るヴァルヴェリアスの瞳が、哀しみの色に揺れる。
『ヴァルヴェリアスは目に見えないほど小さな姿となり、おまえの眼球の奥底で眠りについた。俺はそれを包みこむ繭を作り出し、ヴァルヴェリアスの気配を完全に封印することに成功した。その時、おまえの記憶もまとめて封じ込めた。これから市井で生きていかなければならないおまえに王子の記憶は不要だと思ったからだ』
記憶のなかった理由が明らかになる。
確かに、記憶があるのとないのとでは、その後の生き方は確実に変わっていただろう。
ツァルが続ける。
『その辺の死体を拾ってきておまえに偽装し、火をつけた。それからおまえを背に乗せて塔を脱出し、ペリュー山脈にたどり着いた。ヴァルヴェリアスを封じ続けるには、恐ろしいほどの力を消耗する。俺も力の消耗を少しでも抑えるため、おまえの中に入り込むことにしたわけだ。俺はこれでも不死の鳥と呼ばれるくらいだからな、俺がおまえの中にいればちょっとやそっとじゃ命を落とさない。一石二鳥だと思ったわけだ』
「一石二鳥って……」
そんな単純なものじゃないだろう。
「精霊の集う都市のひとつが滅び、今がその時だと思った。少しでも力を多く回復するために守護者をできるだけ長く眠らせておきたかったが、そうも言っていられなくなった。だから俺は行動を開始した」
そうして、俺とツァルの旅が始まったのか。
『そういうわけだ。クルストラには苦労をさせたな』
ヴァルヴェリアスの言葉が、胸に沁みる。
確かに、なにもかもが上手くいく、楽な日々だったわけじゃない。
けれど、記憶を失っていたから、自覚もないまま、気楽に生きていた。
自分に課された役割のことなど、全く自覚していなかったのだから。
それでも、ツァルが、サリアが、アスィが――みんながいたおかげで、ここまでたどり着けた。
みんなが、俺をここまで連れてきてくれたんだ。
胸が熱くなった。
これ以上は立っていられない。
そう思ったとき、流れは唐突にぴたりと止んだ。
焦点はまだ定まらない。
けれどすぐそばに、大きなふたつの気配を感じる。
それはどちらもとても馴染みのあるもののはずなのに、その強大さに体が震えた。
『クルス、大丈夫か?』
空から降ってくるツァルの声。
『よくやってくれた』
俺を労うヴァルヴェリアスの声。
ゆっくりと目の前にあるものが見え始める。
空に浮いているのは、翼と鋭い爪を持った青緑色の竜と、まるで火の粉のように赤い羽根を撒き散らす巨大な鳥だった。
竜は青緑色の不思議な色をした鱗に体を包まれている。
トカゲのように長い尾を持ち上げ、翼を広げて灰青色の瞳で俺を見下ろしている。
一方の赤い鳥のほうは、長く鋭い嘴をもち、尾は地面まで届くほどに長い。
金色の瞳は、見覚えのあるものだった。
初めて見たその姿に俺は息をのむ。
これがヴァルヴェリアスとツァルの本来の姿……。
『お久しぶりでございます、ヴァルヴェリアス様』
『久しいな、アスィ。リフシャティーヌはどうしている?』
『大精霊の世界で眠りについていらっしゃいます。これに居りますのは、リファルディア王家の血を引く者で、サリアと申します』
アスィが頭を垂れ、ヴァルヴェリアスの問いに答える。
「いったい、どういうことなんだ、これは?」
赤い糸くずは、この巨大な体を何百倍にも縮小した姿だったことに気付く。
ツァルは自分よりも高い位置に浮いているヴァルヴェリアスに視線を向けた。
ヴァルヴェリアスが硬い鱗に覆われた首を、縦に小さく動かした。
『あの日、私が多くの友を失った日、私は何もできなかった。世界を保つために力を消耗していた私には、既に何かを変えるだけの力は残っていなかった。王家が人間の手によって滅ぼされようとしていると知り、これまで私がしてきたことはなんだったのかと虚しさに襲われたよ。この世界は滅ぶべくして滅ぶのだと、そう思った。だが、目の前におまえが現れた』
「ヴァルヴェリアス……」
ああ、そうだ。
あの夜、守護者の塔を上りきった俺の前には、悲嘆にくれるヴァルヴェリアスの姿があった。
『私にはそれが希望に思えたのだよ。900年前、共に世界の存続を誓った同士の血、それが絶えれば契約は無効となり、世界は再び崩壊へと向かうだろう。だから私はおまえと運命を共にすることを選んだ。おまえが生き延び、その時を迎えることができたなら、世界を救うことができるかもしれないと思った。だからあとのことをツァルに託し、時期がきたらペリュシェスへ行くようにという指示を与えて眠りについた』
語るヴァルヴェリアスの瞳が、哀しみの色に揺れる。
『ヴァルヴェリアスは目に見えないほど小さな姿となり、おまえの眼球の奥底で眠りについた。俺はそれを包みこむ繭を作り出し、ヴァルヴェリアスの気配を完全に封印することに成功した。その時、おまえの記憶もまとめて封じ込めた。これから市井で生きていかなければならないおまえに王子の記憶は不要だと思ったからだ』
記憶のなかった理由が明らかになる。
確かに、記憶があるのとないのとでは、その後の生き方は確実に変わっていただろう。
ツァルが続ける。
『その辺の死体を拾ってきておまえに偽装し、火をつけた。それからおまえを背に乗せて塔を脱出し、ペリュー山脈にたどり着いた。ヴァルヴェリアスを封じ続けるには、恐ろしいほどの力を消耗する。俺も力の消耗を少しでも抑えるため、おまえの中に入り込むことにしたわけだ。俺はこれでも不死の鳥と呼ばれるくらいだからな、俺がおまえの中にいればちょっとやそっとじゃ命を落とさない。一石二鳥だと思ったわけだ』
「一石二鳥って……」
そんな単純なものじゃないだろう。
「精霊の集う都市のひとつが滅び、今がその時だと思った。少しでも力を多く回復するために守護者をできるだけ長く眠らせておきたかったが、そうも言っていられなくなった。だから俺は行動を開始した」
そうして、俺とツァルの旅が始まったのか。
『そういうわけだ。クルストラには苦労をさせたな』
ヴァルヴェリアスの言葉が、胸に沁みる。
確かに、なにもかもが上手くいく、楽な日々だったわけじゃない。
けれど、記憶を失っていたから、自覚もないまま、気楽に生きていた。
自分に課された役割のことなど、全く自覚していなかったのだから。
それでも、ツァルが、サリアが、アスィが――みんながいたおかげで、ここまでたどり着けた。
みんなが、俺をここまで連れてきてくれたんだ。
胸が熱くなった。
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