64 / 74
第四章
13 本来の姿で語られる顛末
しおりを挟む
どれほどそうしていたのか。
これ以上は立っていられない。
そう思ったとき、流れは唐突にぴたりと止んだ。
焦点はまだ定まらない。
けれどすぐそばに、大きなふたつの気配を感じる。
それはどちらもとても馴染みのあるもののはずなのに、その強大さに体が震えた。
『クルス、大丈夫か?』
空から降ってくるツァルの声。
『よくやってくれた』
俺を労うヴァルヴェリアスの声。
ゆっくりと目の前にあるものが見え始める。
空に浮いているのは、翼と鋭い爪を持った青緑色の竜と、まるで火の粉のように赤い羽根を撒き散らす巨大な鳥だった。
竜は青緑色の不思議な色をした鱗に体を包まれている。
トカゲのように長い尾を持ち上げ、翼を広げて灰青色の瞳で俺を見下ろしている。
一方の赤い鳥のほうは、長く鋭い嘴をもち、尾は地面まで届くほどに長い。
金色の瞳は、見覚えのあるものだった。
初めて見たその姿に俺は息をのむ。
これがヴァルヴェリアスとツァルの本来の姿……。
『お久しぶりでございます、ヴァルヴェリアス様』
『久しいな、アスィ。リフシャティーヌはどうしている?』
『大精霊の世界で眠りについていらっしゃいます。これに居りますのは、リファルディア王家の血を引く者で、サリアと申します』
アスィが頭を垂れ、ヴァルヴェリアスの問いに答える。
「いったい、どういうことなんだ、これは?」
赤い糸くずは、この巨大な体を何百倍にも縮小した姿だったことに気付く。
ツァルは自分よりも高い位置に浮いているヴァルヴェリアスに視線を向けた。
ヴァルヴェリアスが硬い鱗に覆われた首を、縦に小さく動かした。
『あの日、私が多くの友を失った日、私は何もできなかった。世界を保つために力を消耗していた私には、既に何かを変えるだけの力は残っていなかった。王家が人間の手によって滅ぼされようとしていると知り、これまで私がしてきたことはなんだったのかと虚しさに襲われたよ。この世界は滅ぶべくして滅ぶのだと、そう思った。だが、目の前におまえが現れた』
「ヴァルヴェリアス……」
ああ、そうだ。
あの夜、守護者の塔を上りきった俺の前には、悲嘆にくれるヴァルヴェリアスの姿があった。
『私にはそれが希望に思えたのだよ。900年前、共に世界の存続を誓った同士の血、それが絶えれば契約は無効となり、世界は再び崩壊へと向かうだろう。だから私はおまえと運命を共にすることを選んだ。おまえが生き延び、その時を迎えることができたなら、世界を救うことができるかもしれないと思った。だからあとのことをツァルに託し、時期がきたらペリュシェスへ行くようにという指示を与えて眠りについた』
語るヴァルヴェリアスの瞳が、哀しみの色に揺れる。
『ヴァルヴェリアスは目に見えないほど小さな姿となり、おまえの眼球の奥底で眠りについた。俺はそれを包みこむ繭を作り出し、ヴァルヴェリアスの気配を完全に封印することに成功した。その時、おまえの記憶もまとめて封じ込めた。これから市井で生きていかなければならないおまえに王子の記憶は不要だと思ったからだ』
記憶のなかった理由が明らかになる。
確かに、記憶があるのとないのとでは、その後の生き方は確実に変わっていただろう。
ツァルが続ける。
『その辺の死体を拾ってきておまえに偽装し、火をつけた。それからおまえを背に乗せて塔を脱出し、ペリュー山脈にたどり着いた。ヴァルヴェリアスを封じ続けるには、恐ろしいほどの力を消耗する。俺も力の消耗を少しでも抑えるため、おまえの中に入り込むことにしたわけだ。俺はこれでも不死の鳥と呼ばれるくらいだからな、俺がおまえの中にいればちょっとやそっとじゃ命を落とさない。一石二鳥だと思ったわけだ』
「一石二鳥って……」
そんな単純なものじゃないだろう。
「精霊の集う都市のひとつが滅び、今がその時だと思った。少しでも力を多く回復するために守護者をできるだけ長く眠らせておきたかったが、そうも言っていられなくなった。だから俺は行動を開始した」
そうして、俺とツァルの旅が始まったのか。
『そういうわけだ。クルストラには苦労をさせたな』
ヴァルヴェリアスの言葉が、胸に沁みる。
確かに、なにもかもが上手くいく、楽な日々だったわけじゃない。
けれど、記憶を失っていたから、自覚もないまま、気楽に生きていた。
自分に課された役割のことなど、全く自覚していなかったのだから。
それでも、ツァルが、サリアが、アスィが――みんながいたおかげで、ここまでたどり着けた。
みんなが、俺をここまで連れてきてくれたんだ。
胸が熱くなった。
これ以上は立っていられない。
そう思ったとき、流れは唐突にぴたりと止んだ。
焦点はまだ定まらない。
けれどすぐそばに、大きなふたつの気配を感じる。
それはどちらもとても馴染みのあるもののはずなのに、その強大さに体が震えた。
『クルス、大丈夫か?』
空から降ってくるツァルの声。
『よくやってくれた』
俺を労うヴァルヴェリアスの声。
ゆっくりと目の前にあるものが見え始める。
空に浮いているのは、翼と鋭い爪を持った青緑色の竜と、まるで火の粉のように赤い羽根を撒き散らす巨大な鳥だった。
竜は青緑色の不思議な色をした鱗に体を包まれている。
トカゲのように長い尾を持ち上げ、翼を広げて灰青色の瞳で俺を見下ろしている。
一方の赤い鳥のほうは、長く鋭い嘴をもち、尾は地面まで届くほどに長い。
金色の瞳は、見覚えのあるものだった。
初めて見たその姿に俺は息をのむ。
これがヴァルヴェリアスとツァルの本来の姿……。
『お久しぶりでございます、ヴァルヴェリアス様』
『久しいな、アスィ。リフシャティーヌはどうしている?』
『大精霊の世界で眠りについていらっしゃいます。これに居りますのは、リファルディア王家の血を引く者で、サリアと申します』
アスィが頭を垂れ、ヴァルヴェリアスの問いに答える。
「いったい、どういうことなんだ、これは?」
赤い糸くずは、この巨大な体を何百倍にも縮小した姿だったことに気付く。
ツァルは自分よりも高い位置に浮いているヴァルヴェリアスに視線を向けた。
ヴァルヴェリアスが硬い鱗に覆われた首を、縦に小さく動かした。
『あの日、私が多くの友を失った日、私は何もできなかった。世界を保つために力を消耗していた私には、既に何かを変えるだけの力は残っていなかった。王家が人間の手によって滅ぼされようとしていると知り、これまで私がしてきたことはなんだったのかと虚しさに襲われたよ。この世界は滅ぶべくして滅ぶのだと、そう思った。だが、目の前におまえが現れた』
「ヴァルヴェリアス……」
ああ、そうだ。
あの夜、守護者の塔を上りきった俺の前には、悲嘆にくれるヴァルヴェリアスの姿があった。
『私にはそれが希望に思えたのだよ。900年前、共に世界の存続を誓った同士の血、それが絶えれば契約は無効となり、世界は再び崩壊へと向かうだろう。だから私はおまえと運命を共にすることを選んだ。おまえが生き延び、その時を迎えることができたなら、世界を救うことができるかもしれないと思った。だからあとのことをツァルに託し、時期がきたらペリュシェスへ行くようにという指示を与えて眠りについた』
語るヴァルヴェリアスの瞳が、哀しみの色に揺れる。
『ヴァルヴェリアスは目に見えないほど小さな姿となり、おまえの眼球の奥底で眠りについた。俺はそれを包みこむ繭を作り出し、ヴァルヴェリアスの気配を完全に封印することに成功した。その時、おまえの記憶もまとめて封じ込めた。これから市井で生きていかなければならないおまえに王子の記憶は不要だと思ったからだ』
記憶のなかった理由が明らかになる。
確かに、記憶があるのとないのとでは、その後の生き方は確実に変わっていただろう。
ツァルが続ける。
『その辺の死体を拾ってきておまえに偽装し、火をつけた。それからおまえを背に乗せて塔を脱出し、ペリュー山脈にたどり着いた。ヴァルヴェリアスを封じ続けるには、恐ろしいほどの力を消耗する。俺も力の消耗を少しでも抑えるため、おまえの中に入り込むことにしたわけだ。俺はこれでも不死の鳥と呼ばれるくらいだからな、俺がおまえの中にいればちょっとやそっとじゃ命を落とさない。一石二鳥だと思ったわけだ』
「一石二鳥って……」
そんな単純なものじゃないだろう。
「精霊の集う都市のひとつが滅び、今がその時だと思った。少しでも力を多く回復するために守護者をできるだけ長く眠らせておきたかったが、そうも言っていられなくなった。だから俺は行動を開始した」
そうして、俺とツァルの旅が始まったのか。
『そういうわけだ。クルストラには苦労をさせたな』
ヴァルヴェリアスの言葉が、胸に沁みる。
確かに、なにもかもが上手くいく、楽な日々だったわけじゃない。
けれど、記憶を失っていたから、自覚もないまま、気楽に生きていた。
自分に課された役割のことなど、全く自覚していなかったのだから。
それでも、ツァルが、サリアが、アスィが――みんながいたおかげで、ここまでたどり着けた。
みんなが、俺をここまで連れてきてくれたんだ。
胸が熱くなった。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
契約に失敗した俺は……。
ど~はん
ファンタジー
時は西暦2445年。
世界はあらぬ方向に発展を遂げた。
天使または悪魔と契約できるようになったのだ。
人々は次々と契約し、天使や悪魔を新たな友達・家族のようにしていた。
しかし、そんな穏やかな何もない時など、続くはずもなかった……。
2450年。
それは起こった。
世界中で人々は天使や悪魔を使い、互いに争いを始めてしまった。
それから50年間、各国の政府や軍はその争いを静めようとした。
だが、天使や悪魔の力に軍の兵器などは通じるはずもなく、困難を極めた。
2501年
舞台は日本。
主人公は16歳になり、契約ができるようになった。
なんと…、失敗することのないはずなのに契約に失敗してしまった主人公。
少年の失敗が世界を救うかもしれない物語です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界でお取り寄せ生活
マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。
突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。
貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。
意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。
貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!?
そんな感じの話です。
のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。
※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません
との
恋愛
第17回恋愛大賞、12位ありがとうございました。そして、奨励賞まで⋯⋯応援してくださった方々皆様に心からの感謝を🤗
「貴様とは婚約破棄だ!」⋯⋯な〜んて、聞き飽きたぁぁ!
あちこちでよく見かける『使い古された感のある婚約破棄』騒動が、目の前ではじまったけど、勘違いも甚だしい王子に笑いが止まらない。
断罪劇? いや、珍喜劇だね。
魔力持ちが産まれなくて危機感を募らせた王国から、多くの魔法士が産まれ続ける聖王国にお願いレターが届いて⋯⋯。
留学生として王国にやって来た『婚約者候補』チームのリーダーをしているのは、私ロクサーナ・バーラム。
私はただの引率者で、本当の任務は別だからね。婚約者でも候補でもないのに、珍喜劇の中心人物になってるのは何で?
治癒魔法の使える女性を婚約者にしたい? 隣にいるレベッカはささくれを治せればラッキーな治癒魔法しか使えないけど良いのかな?
聖女に聖女見習い、魔法士に魔法士見習い。私達は国内だけでなく、魔法で外貨も稼いでいる⋯⋯国でも稼ぎ頭の集団です。
我が国で言う聖女って職種だからね、清廉潔白、献身⋯⋯いやいや、ないわ〜。だって魔物の討伐とか行くし? 殺るし?
面倒事はお断りして、さっさと帰るぞぉぉ。
訳あって、『期間限定銭ゲバ聖女⋯⋯ちょくちょく戦闘狂』やってます。いつもそばにいる子達をモフモフ出来るまで頑張りま〜す。
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
完結まで予約投稿済み
R15は念の為・・
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界は流されるままに
椎井瑛弥
ファンタジー
貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。
日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。
しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。
これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる