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第四章
5 集まった精霊たちと、誓い
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「テュッポたちも元気そうでよかった! あのあと、困ったことは何も起こらなかった?」
『ええ、何も。サリアたちにはとても感謝しています』
「ううん、感謝なんていいよ。みんなが元気でいてくれたら、それが一番だもの」
喜びを分かち合うその様子がなんとも微笑ましくて、俺も思わず表情を緩めた。
「来てくれていたんだな」
『ああ、助かる』
エスーハで会ったときと比べて、少し気配が濃くなったような気がする。
大精霊シュテフォーラが降り立った、いわば聖地とも呼べるペリュシェスには、不思議力が宿っているのかもしれない。
『それにしても驚きました。ペリュシェスから精霊がいなくなったと言われて久しいのに、いつの間にかこれほどの精霊が集っていたとは。旅の成果ですね。あ、あれはメ・ルトロで見かけた精霊ではないですか?』
アスィの視線の先を追うと、確かに、檻の中に閉じ込められていた狼のような姿の精霊が湖の水を飲みにきているところだった。
こちらに視線を向け、わずかに頭を下げる。
俺は軽く手を上げて応えた。
精霊の姿がそこかしこに見られる湖の畔。
その先に見えるペリュシェスの遺跡。
かつて、そこにあった神殿を想像する。
精霊たちは何を思い、この地を離れたのだろう。
『ペリュシェスの神殿はシュテフォーラのための神殿でした。けれどシュテフォーラがこの世界を去り、神殿の主がいなくなるのと同時に、精霊もこの地を去り始めました。シュテフォーラを追って大精霊の世界へ帰る者。守護者の支える世界に希望を抱き、ペリュー山脈を越える者。やがてペリュシェスから精霊の姿が消え、ここは遺跡と化しました』
アスィがまるで俺の考えていたことがわかるかのように言葉を紡ぐ。
『ネル・シュテフス』のシュテフスとは、大精霊シュテフォーラのことだ。
ネルは創成期に用いられていた古代言語で世界の意。
「アスィは大精霊の世界を知ってるのか?」
『もちろん。この世界にいる精霊には大精霊の世界から来た者と、この地で生まれた者のふた通りあることはご存知でしょうが、わたしとツァルは前者です』
「そうだったのか」
かつて、シュテフォーラが創造した世界に惹かれて移り棲んだ精霊が多くいたらしい。
こちらの世界で新たに生まれた精霊たちと移り棲んだ者では年季が違うから、移住した精霊のほうに力の強い者が多いという話は耳にしたことがある。
「どうりで強いわけだ」
『守護者付きですから、相応の能力は一応持っていますよ』
そう言ってにっこりと微笑むアスィからは、確かに守護者に仕えるに相応しい貫禄を感じた。
当然のように身近にいるせいで、ツァルとアスィ、このふたりが強大な力を持つ精霊だということを忘れてしまいがちだけれど、ふとした瞬間にやっぱりすごい精霊なんだなと感じる。
けれどそれは主にアスィに対してで、ツァルは未だにその力を使わない。
力を使いすぎたと言っていたけれど、それは俺をクーデターの最中から助け出したことに何か関係があるのか?
大人しくしていればそのうち力が戻ると言っていたけれど、それはいつだ?
『こんにちは』
物思いにふけっていたので、反応が遅れた。
いつの間にか俯きがちになっていた顔を上げるとそこには小さな人形のような姿の精霊が立っていた。
「君は……」
『こんにちは』
アスィが精霊に対して笑顔を向ける。
『こんにちはアスィさま。アスィさままでリファルディアを離れていらっしゃるということは、やはりこれが最後の機会なんですわね』
リファルディアの、川に浮く島の広場にいた精霊だ。
サリアの行方を教えてくれたり、他の精霊への伝言を預かってくれた。
『あんたのおかげで、リファルディアからも精霊が来てるみたいだな。感謝する』
「どういたしまして」
ツァルの言葉に、小さな精霊はつんと澄ました顔で応える。
「こんにちは。その節はどうもありがとう。君も来てくれたんだね」
遅ればせながら、俺も挨拶を返した。
『ええ。何かが起ころうとしているのだということはわかりますわ。こうも変異が続けば、平和なリファルディアに居ても、この世界の寿命が絶えようとしていることには気付きます。わたしはこの世界が好きなのです。リファルディアを愛していますわ。ですから今ここにいるのです。どうか、世界を良き方向へ導いてくださいませ』
そう言うと、小さな人形の姿をした精霊はスカートをつまみ、貴婦人のように礼をした。
契約もしていない、主従の関係にもない。
それなのに、誇り高き精霊が頭を下げたことに驚く。
俺は小さく息を吸い、握った拳を自分の胸に当てた。
「クルストラ・ディ・ヴァヴァロナの名にかけて、全力を尽くします」
それは誓いだ。
『よろしくお願いいたしますわ』
そう言い置いて、小さな精霊は姿を消した。
俺はしばらくの間動けず、その場に立ち尽くしていた。
彼女の想いに触れ、胸が熱くなる。
俺には誰も助けることができない。
それなら最初から関わらないほうがいい。
もう、他人には関わらない。
ラドゥーゼでそう心に決めた。
ツァルに言われるまま旅に出て各地を巡った。
他人とは関わらず、言葉もほとんど交わさなかった。
そんなときサリアに出会った。
なりゆきで一緒に旅をすることになって、いつしかサリアのことが気になり始めた。
サリアと別れることを決めたあとも、サリアのことが忘れられなかった。
ヴァヴァロナの王子だったとわかって困惑したけれど、記憶が戻り、自覚を取り戻した。
俺はヴァルヴェリアスと約束したことを思い出した。
――ヴァルヴェリアスの望みを叶えると。
追われたり捕らわれたり助けられたりしながらここまで来た。
俺に何ができるのか、それはわからない。
けれどツァルが、アスィが、そしてサリアが一緒なのだから、きっと大丈夫だと信じられる。
親衛隊のみんなも、精霊たちも、ここにいる。
それがとても心強い。
『さあ、行くぞ』
「ああ」
必ず、世界を救ってみせる。
ペリュシェホスの中心にそびえる精霊の塔が、俺たちを見下ろしていた。
『ええ、何も。サリアたちにはとても感謝しています』
「ううん、感謝なんていいよ。みんなが元気でいてくれたら、それが一番だもの」
喜びを分かち合うその様子がなんとも微笑ましくて、俺も思わず表情を緩めた。
「来てくれていたんだな」
『ああ、助かる』
エスーハで会ったときと比べて、少し気配が濃くなったような気がする。
大精霊シュテフォーラが降り立った、いわば聖地とも呼べるペリュシェスには、不思議力が宿っているのかもしれない。
『それにしても驚きました。ペリュシェスから精霊がいなくなったと言われて久しいのに、いつの間にかこれほどの精霊が集っていたとは。旅の成果ですね。あ、あれはメ・ルトロで見かけた精霊ではないですか?』
アスィの視線の先を追うと、確かに、檻の中に閉じ込められていた狼のような姿の精霊が湖の水を飲みにきているところだった。
こちらに視線を向け、わずかに頭を下げる。
俺は軽く手を上げて応えた。
精霊の姿がそこかしこに見られる湖の畔。
その先に見えるペリュシェスの遺跡。
かつて、そこにあった神殿を想像する。
精霊たちは何を思い、この地を離れたのだろう。
『ペリュシェスの神殿はシュテフォーラのための神殿でした。けれどシュテフォーラがこの世界を去り、神殿の主がいなくなるのと同時に、精霊もこの地を去り始めました。シュテフォーラを追って大精霊の世界へ帰る者。守護者の支える世界に希望を抱き、ペリュー山脈を越える者。やがてペリュシェスから精霊の姿が消え、ここは遺跡と化しました』
アスィがまるで俺の考えていたことがわかるかのように言葉を紡ぐ。
『ネル・シュテフス』のシュテフスとは、大精霊シュテフォーラのことだ。
ネルは創成期に用いられていた古代言語で世界の意。
「アスィは大精霊の世界を知ってるのか?」
『もちろん。この世界にいる精霊には大精霊の世界から来た者と、この地で生まれた者のふた通りあることはご存知でしょうが、わたしとツァルは前者です』
「そうだったのか」
かつて、シュテフォーラが創造した世界に惹かれて移り棲んだ精霊が多くいたらしい。
こちらの世界で新たに生まれた精霊たちと移り棲んだ者では年季が違うから、移住した精霊のほうに力の強い者が多いという話は耳にしたことがある。
「どうりで強いわけだ」
『守護者付きですから、相応の能力は一応持っていますよ』
そう言ってにっこりと微笑むアスィからは、確かに守護者に仕えるに相応しい貫禄を感じた。
当然のように身近にいるせいで、ツァルとアスィ、このふたりが強大な力を持つ精霊だということを忘れてしまいがちだけれど、ふとした瞬間にやっぱりすごい精霊なんだなと感じる。
けれどそれは主にアスィに対してで、ツァルは未だにその力を使わない。
力を使いすぎたと言っていたけれど、それは俺をクーデターの最中から助け出したことに何か関係があるのか?
大人しくしていればそのうち力が戻ると言っていたけれど、それはいつだ?
『こんにちは』
物思いにふけっていたので、反応が遅れた。
いつの間にか俯きがちになっていた顔を上げるとそこには小さな人形のような姿の精霊が立っていた。
「君は……」
『こんにちは』
アスィが精霊に対して笑顔を向ける。
『こんにちはアスィさま。アスィさままでリファルディアを離れていらっしゃるということは、やはりこれが最後の機会なんですわね』
リファルディアの、川に浮く島の広場にいた精霊だ。
サリアの行方を教えてくれたり、他の精霊への伝言を預かってくれた。
『あんたのおかげで、リファルディアからも精霊が来てるみたいだな。感謝する』
「どういたしまして」
ツァルの言葉に、小さな精霊はつんと澄ました顔で応える。
「こんにちは。その節はどうもありがとう。君も来てくれたんだね」
遅ればせながら、俺も挨拶を返した。
『ええ。何かが起ころうとしているのだということはわかりますわ。こうも変異が続けば、平和なリファルディアに居ても、この世界の寿命が絶えようとしていることには気付きます。わたしはこの世界が好きなのです。リファルディアを愛していますわ。ですから今ここにいるのです。どうか、世界を良き方向へ導いてくださいませ』
そう言うと、小さな人形の姿をした精霊はスカートをつまみ、貴婦人のように礼をした。
契約もしていない、主従の関係にもない。
それなのに、誇り高き精霊が頭を下げたことに驚く。
俺は小さく息を吸い、握った拳を自分の胸に当てた。
「クルストラ・ディ・ヴァヴァロナの名にかけて、全力を尽くします」
それは誓いだ。
『よろしくお願いいたしますわ』
そう言い置いて、小さな精霊は姿を消した。
俺はしばらくの間動けず、その場に立ち尽くしていた。
彼女の想いに触れ、胸が熱くなる。
俺には誰も助けることができない。
それなら最初から関わらないほうがいい。
もう、他人には関わらない。
ラドゥーゼでそう心に決めた。
ツァルに言われるまま旅に出て各地を巡った。
他人とは関わらず、言葉もほとんど交わさなかった。
そんなときサリアに出会った。
なりゆきで一緒に旅をすることになって、いつしかサリアのことが気になり始めた。
サリアと別れることを決めたあとも、サリアのことが忘れられなかった。
ヴァヴァロナの王子だったとわかって困惑したけれど、記憶が戻り、自覚を取り戻した。
俺はヴァルヴェリアスと約束したことを思い出した。
――ヴァルヴェリアスの望みを叶えると。
追われたり捕らわれたり助けられたりしながらここまで来た。
俺に何ができるのか、それはわからない。
けれどツァルが、アスィが、そしてサリアが一緒なのだから、きっと大丈夫だと信じられる。
親衛隊のみんなも、精霊たちも、ここにいる。
それがとても心強い。
『さあ、行くぞ』
「ああ」
必ず、世界を救ってみせる。
ペリュシェホスの中心にそびえる精霊の塔が、俺たちを見下ろしていた。
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