俺は自由になってやる!~眼球の中を漂う口うるさい精霊から解放されるための旅~

ユウリ(有李)

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第三章

13 囚われの精霊たち

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「無茶言うなよ。ついさっきまで昔の自分のことすら忘れていた俺に、何ができるって?」

『なんでも、だ。サリアが同行することになったのも、きっと偶然じゃない。ペリュシェスにふたつの王家の者と、守護者付きの精霊が集う。それが何を意味するのか考えろ』
『失礼します』

 空気に溶け込んでしまいそうに細い声が聞こえてそちらを見ると、出入り口にひとりの少女が立っていた。

 いや、少女の姿をした精霊だ。

 外見からはサリアと同じくらいの年齢に見える。

 紺青色の髪が顎のラインで切り揃えられ、瞳は燃えるような赤色をしている。

『マーサンさまのご命令により、参りました』

「怪我を治療できるのか?」

『はい、できます』

「それが君の能力?」

『はい』

 そこでいったん会話は途絶え、精霊が、すいとこちらに近づいてくる。

 まるで宙を飛んでいるようだった。
 髪が微かに揺れる。

 すぐ傍まできて足を止めた精霊が、俺の顔を凝視する。

 赤いふたつの瞳が、俺の目を捕らえて放さない。

 近すぎる! いったいなんなんだ!

 少し顔を後ろに引いて、距離をとる。

 俺の動きにはっと我に返ったらしい精霊が、少しおどおどとした仕草で視線を俺の足に向ける。

『火器ですか』

「銃で撃たれた」

『お気の毒です』

「弾は残っていないはずだから、大丈夫だとは思うんだけど」

『わかりました。少々失礼いたします』

 軽く頭を下げ、俺の足もとに膝をつく。

 銃創の上に小さな手をかざすと、その手から霧のようなものが出てくるのがわかった。

 それが太ももにからみつき、傷を覆い隠す。

 小さな声で、何か歌を口ずさんでいるのが微かに聞こえた。

 やがてその霧は俺の上半身まで上ってきた。

「おい」

『マーサンさまからは歩けるようにしてくれればいいと言われていますが……ツァルさまのご同行者ということなので、特別です。他の場所の怪我を治すなとは言われていませんから』

「ツァルを知ってるのか?」

『昔、ヴァヴァロナのはずれにあるラウラの森でお会いしました』

『そう……だったか?』

『はい。守護者さまのご命令で、視察にみえました。僅かながら協力させていただきましたら、お礼にと少し、力を分け与えてくださいました』

『ああ、思い出した。あのときの青い鳥か』

『そうです。そういうご縁ですから、すぐにわかりました』

『そうだった。確か名前は……ポーチェ』

 精霊が嬉しそうに笑顔を浮かべて頷く。

 そうこうしている間も、霧は俺の体を包んでいた。

 やがて体中の痛みがひいてゆくのを感じた。

 試しにちょっと身じろぎしてみたけれど、肋骨の痛みが消えている。

 それを察したように霧が薄くなり始めた。

 太ももに巻きつけられていた布を取り、足の傷を見ると、銃弾によって開いたズボンの穴から傷のない肌がのぞいている。

「すごいな。ありがとう」

『いいえ。マーサンさまのご命令ですから』

『なんで、マーサンなんかと契約を交わしてる?』

「森にメ・ルトロの者たちがやってきて、無理やり連れ去られたのです。精霊を閉じ込めるという恐ろしい檻に入れられ、逃げられませんでした。そして何日も経ち、精神的にも存在的にも弱ったところで、助けてやるという甘言で惑わし強引に契約をするのです」

『精霊を閉じ込めるだと?』

『はい。アラカステルの技術者が発明したらしいです。檻は精霊のこの体をもってしても通り抜けることができず、中にいる限り精霊としての力も発揮できないのです。仲間がたくさん捕らわれています。どうぞ、助けてください』

 ポーチェが頭を下げる。髪が揺れる。

「まだか!?」

 出口から見張りの者に声をかけられ、ポーチェがはっと顔を上げた。

『もう終わりました! 今行きます』

 見張りは出入り口に立ち、ひとつ頷いた。

 どうやらあの見張りも精霊を感じることができるらしい。

 では、と短い別れの言葉だけを残し、彼女は来たときと同じ様にすべるように去って行った。

 あとには微かに森林の木々のにおいが残っているような気がした。

『精霊を閉じ込める檻だと。おそろしい世の中だ。なんでもありだな』

 ツァルが憎々しげに言う。

「そんなものどうやったら作れるんだ?」

『そりゃあ、捕まえる精霊よりも力の強い精霊を利用するんだろう』

「つまり、そのくらい強い力をもつ精霊が今の俺たちの相手だってことか?」

『さあな。どんな契約を交わしているのかわからない以上、なんとも言えない。でも、捕らわれた精霊は絶対に解放する』

「わかってる」

 精霊の力を理不尽な方法で搾取する団体、それがメ・ルトロなのだ。

 なんとしても精霊を助け出す。

 決意を固めて立ち上がる。

 二本の足がしっかりと床を踏みしめ、体を支える。

 思うように体が動くことが、こんなに嬉しいとは思わなかった。

『いけるな?』

「もちろん」

 俺はしっかりと頷いた。

 精霊を助け出したら、一刻も早くサリアのところに向かわなければならないのだから。
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