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第三章
4 怪しい気配と聞かない名前
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精霊を見ることのできる相手かもしれない。
油断はできない。
ツァルの声も普段と比べて幾分潜められている。
アスィの姿が掻き消え、サリアの腰に剣が現れた。
サリアがランプの火を消す。
部屋が闇に包まれる。
いや、窓の外から、細い月の微かな光が射しこんでいるおかげで、目が慣れてくれば部屋の中の様子がよく見える。
俺もサリアも、夜目がきく。
俺は武器を持たない。体術が全てだ。
女の子のほうが剣を構えているこの図ってどうなんだ、と思わなくもないけれど仕方がない。
『窓の下に二、宿の玄関に二、周辺に三、階段を上がってくるのが二』
『うちひとりは宿屋の主人ですね』
アスィが険しい声で言う。
宿屋の主人が、追っ手とつながっていた?
しかし追っ手はヴァヴァロナの連中だったはずだ。
それがどうしてアラカステルの安宿の店主と知り合いなんだ?
次々と疑問が湧いてくるけれど、考えている余裕はないようだ。
まだ宵の口。
けれど照明代を節約するために早く寝る人は多い。
できればあまり大騒ぎはしたくなかったけれど、仕方がない。
トントン、とドアがノックされた。
部屋には一応、鍵がついている。
返事はしない。
もう一度、今度は少し強めのノック。
ドアのわきに立つサリアの剣先が僅かに揺れる。
沈黙が続く。
唾を呑む音すら立てられない、そんな緊張に包まれる。
「夜分にすみません、起きていらっしゃいますか?」
店主の声が、ドアを隔てたすぐそこから聞こえる。
その時、ドアの外で人の動く気配がした。
来るっ!
身構える。
次の瞬間、ドアがすごい勢いで吹っ飛んだ。
蹴破られたドアが、そのまま部屋の壁に激突して割れるほどの破壊力だ。
俺とサリアは廊下側の壁に背をつけて待ち構えていた。
次の瞬間、部屋に踏み込んできた人影の後頭部に踵落としを決める。
人影はどさりと床に崩れ落ちた。
その隙にサリアは廊下に飛び出していた。
見ると、剣先が店主の喉もとに突きつけられている。
店主の顎を伝って汗がぽたりと落ちる。
「いったい、どういうことですか?」
サリアが落ち着いた声音で問う。
「いや、オ、オレは……」
「彼らは誰ですか?」
サリアが倒れている男をちらりと見やって言う。
黒のかっちりとした服は、どこかの制服のようだった。
「こいつらはアラカステルの……」
店主の擦れた声は聞き取りにくく、倒れた男を観察していた俺は顔を上げた。
「なんだって?」
「メ・ルトロの連中だ。今更、アラカステルの精霊の寄る辺を訪ねようなんて物好きは、最近じゃあめったにいねぇ。だから怪しいと思って、メ・ルトロに教えた。あいつらは情報を金で買ってくれる」
「メ・ルトロ?」
俺とサリアの声が重なる。
初めて聞く名前だった。
油断はできない。
ツァルの声も普段と比べて幾分潜められている。
アスィの姿が掻き消え、サリアの腰に剣が現れた。
サリアがランプの火を消す。
部屋が闇に包まれる。
いや、窓の外から、細い月の微かな光が射しこんでいるおかげで、目が慣れてくれば部屋の中の様子がよく見える。
俺もサリアも、夜目がきく。
俺は武器を持たない。体術が全てだ。
女の子のほうが剣を構えているこの図ってどうなんだ、と思わなくもないけれど仕方がない。
『窓の下に二、宿の玄関に二、周辺に三、階段を上がってくるのが二』
『うちひとりは宿屋の主人ですね』
アスィが険しい声で言う。
宿屋の主人が、追っ手とつながっていた?
しかし追っ手はヴァヴァロナの連中だったはずだ。
それがどうしてアラカステルの安宿の店主と知り合いなんだ?
次々と疑問が湧いてくるけれど、考えている余裕はないようだ。
まだ宵の口。
けれど照明代を節約するために早く寝る人は多い。
できればあまり大騒ぎはしたくなかったけれど、仕方がない。
トントン、とドアがノックされた。
部屋には一応、鍵がついている。
返事はしない。
もう一度、今度は少し強めのノック。
ドアのわきに立つサリアの剣先が僅かに揺れる。
沈黙が続く。
唾を呑む音すら立てられない、そんな緊張に包まれる。
「夜分にすみません、起きていらっしゃいますか?」
店主の声が、ドアを隔てたすぐそこから聞こえる。
その時、ドアの外で人の動く気配がした。
来るっ!
身構える。
次の瞬間、ドアがすごい勢いで吹っ飛んだ。
蹴破られたドアが、そのまま部屋の壁に激突して割れるほどの破壊力だ。
俺とサリアは廊下側の壁に背をつけて待ち構えていた。
次の瞬間、部屋に踏み込んできた人影の後頭部に踵落としを決める。
人影はどさりと床に崩れ落ちた。
その隙にサリアは廊下に飛び出していた。
見ると、剣先が店主の喉もとに突きつけられている。
店主の顎を伝って汗がぽたりと落ちる。
「いったい、どういうことですか?」
サリアが落ち着いた声音で問う。
「いや、オ、オレは……」
「彼らは誰ですか?」
サリアが倒れている男をちらりと見やって言う。
黒のかっちりとした服は、どこかの制服のようだった。
「こいつらはアラカステルの……」
店主の擦れた声は聞き取りにくく、倒れた男を観察していた俺は顔を上げた。
「なんだって?」
「メ・ルトロの連中だ。今更、アラカステルの精霊の寄る辺を訪ねようなんて物好きは、最近じゃあめったにいねぇ。だから怪しいと思って、メ・ルトロに教えた。あいつらは情報を金で買ってくれる」
「メ・ルトロ?」
俺とサリアの声が重なる。
初めて聞く名前だった。
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