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第三章
3 落ち着いたところで語る話
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尾行者のふたりはそろって俺のあとを追ってきた。
どうやら狙いは俺だったらしい。
けれど人の多い場所に紛れ込めば、ふたりくらい簡単にまくことができる。
俺は通行人を利用して尾行者をまくと、合流場所へ向かった。
目的の宿はすぐに見つかった。
店主はサリアの言うとおり親切で気のきく青年だった。
客商売ってのは、そうでないとやっていけないのかもしれないけれど。
簡単なものなら用意できるという店主の言葉に甘えて夕飯を済ませると、俺たちはそそくさと部屋に引き込んだ。
「さあ、これでゆっくり話ができるね、ツァル」
サリアがずずいと俺に詰め寄る。
寝台に腰かけていた俺は、思わず身を引いた。
「俺も色々と訊きたい事があるんだけどさ」
視界の隅にふよふよと浮いているツァルが、流れるように視界の中央に移動する。
『さっき話しただろ』
「まだ話してないことがあるでしょ?」
「あるよな?」
『あるようですね』
サリアと俺、そして部屋に入ってから人の姿になったアスィにまで言われて、ツァルがため息を吐くのが聞こえた。
『あるかもな。で? 何が訊きたんだよ』
「俺の記憶はどうなってる?」
『記憶はしっかりと封印してあるさ。王子の記憶なんてあったら、市井の臣に紛れ込むのは大変だからな。そもそも、俺は他人の記憶なんて喰わないし』
「なんだって!?」
記憶を喰うってのは、大前提じゃなかったのか?
『俺は頼まれたからおまえの子守りをしてるだけだしな』
「子守り!? いや、そもそも頼まれたって、誰に?」
『俺を従わせることができるんだ、ヴァルヴェリアスに決まってるだろうが』
「ヴァルヴェリアス!!」
偉大な守護者が、俺なんかのことを守ってやれってツァルに頼んだってことか?
『そうだ。おまえがヴァヴァロナ最後の王族になるってわかってたんだろうな。おまえが生きている限り、世界を救える可能性はあると言っていた』
「封印を解けば、クルスの記憶は戻るんだよね?」
『……戻る』
ツァルが断言する。
「本当か!?」
これまで、どれだけ欲したかわからない俺の過去の記憶。
その都度諦めてきた。
けれど本当に?
本当に戻るのか?
『俺がその気になればな』
「なんで嘘をついていたんだ!」
『喰っちまったことにしておけば、色々と説明をせずに済むからな。ついでに俺の言うことをきいてもらったほうが、おまえの身を守る上で楽だ。だから契約をしたってことにしておいた』
しておいた、って……そんな理由で!?
唖然とする。
でもそうか、俺の記憶は、無くなったわけじゃなかったんだ。
そう思うと、これまでの空虚な感情が消えてゆくような気がした。
「よかったね! クルス」
「ああ」
安堵の息を漏らす。
胸の前で拳を握りしめ、自分のことのように喜んでくれるサリアの笑顔が眩しい。
『それで? 他には?』
ツァルが俺たちの感動には全く興味なさそうに訊く。
「精霊を集めて何をするつもりなの?」
『前から言ってるだろ? 世界が滅びる前にできることをやる。この世界に残っている精霊たちの力を借りて、世界を浄化する。世界の崩壊はヴァルヴェリアスの本意じゃない』
「具体的にはどうするの?」
『精霊の塔の最上階まで上って、シュテフォーラを呼び出す』
アスィが息を呑む気配があった。
『ツァル、あなたはなんて恐れ多いことを!』
『そうでもしないと世界が滅びる。仕方がないだろうが。守護者がふたりそろっていたときですら、世界の崩壊はゆるゆると進んでいた。もう、頼れるのは創造主しかいない』
『ですが、シュテフォーラはあとのことを守護者に任せて去ったのですよ。呼ぶのなら、まずは守護者を』
『もちろん呼び出すさ。でも、うちのヴァルヴェリアスはまだ眠っている。リフシャティーヌも同じだろう。今、無理に起こしても、世界を救うだけの力はない。違うか?』
『……確かに今起こしたら、守護者だけでは世界を救うことは難しい。けれどこれ以上待っていれば、世界は滅びる。止むを得ませんね』
『他に何か……』
ツァルの言葉が不自然に途切れる。
俺たちは、はっと息をのんだ。
囲まれている?
宿の周囲に複数の人の気配があることに気づく。
正確な人数はわからないけれど、少なくはない。
いつの間に?
それに、どうしてここが?
『窓から離れろ。アスィは剣に戻れ』
ツァルが、短く命令を発した。
どうやら狙いは俺だったらしい。
けれど人の多い場所に紛れ込めば、ふたりくらい簡単にまくことができる。
俺は通行人を利用して尾行者をまくと、合流場所へ向かった。
目的の宿はすぐに見つかった。
店主はサリアの言うとおり親切で気のきく青年だった。
客商売ってのは、そうでないとやっていけないのかもしれないけれど。
簡単なものなら用意できるという店主の言葉に甘えて夕飯を済ませると、俺たちはそそくさと部屋に引き込んだ。
「さあ、これでゆっくり話ができるね、ツァル」
サリアがずずいと俺に詰め寄る。
寝台に腰かけていた俺は、思わず身を引いた。
「俺も色々と訊きたい事があるんだけどさ」
視界の隅にふよふよと浮いているツァルが、流れるように視界の中央に移動する。
『さっき話しただろ』
「まだ話してないことがあるでしょ?」
「あるよな?」
『あるようですね』
サリアと俺、そして部屋に入ってから人の姿になったアスィにまで言われて、ツァルがため息を吐くのが聞こえた。
『あるかもな。で? 何が訊きたんだよ』
「俺の記憶はどうなってる?」
『記憶はしっかりと封印してあるさ。王子の記憶なんてあったら、市井の臣に紛れ込むのは大変だからな。そもそも、俺は他人の記憶なんて喰わないし』
「なんだって!?」
記憶を喰うってのは、大前提じゃなかったのか?
『俺は頼まれたからおまえの子守りをしてるだけだしな』
「子守り!? いや、そもそも頼まれたって、誰に?」
『俺を従わせることができるんだ、ヴァルヴェリアスに決まってるだろうが』
「ヴァルヴェリアス!!」
偉大な守護者が、俺なんかのことを守ってやれってツァルに頼んだってことか?
『そうだ。おまえがヴァヴァロナ最後の王族になるってわかってたんだろうな。おまえが生きている限り、世界を救える可能性はあると言っていた』
「封印を解けば、クルスの記憶は戻るんだよね?」
『……戻る』
ツァルが断言する。
「本当か!?」
これまで、どれだけ欲したかわからない俺の過去の記憶。
その都度諦めてきた。
けれど本当に?
本当に戻るのか?
『俺がその気になればな』
「なんで嘘をついていたんだ!」
『喰っちまったことにしておけば、色々と説明をせずに済むからな。ついでに俺の言うことをきいてもらったほうが、おまえの身を守る上で楽だ。だから契約をしたってことにしておいた』
しておいた、って……そんな理由で!?
唖然とする。
でもそうか、俺の記憶は、無くなったわけじゃなかったんだ。
そう思うと、これまでの空虚な感情が消えてゆくような気がした。
「よかったね! クルス」
「ああ」
安堵の息を漏らす。
胸の前で拳を握りしめ、自分のことのように喜んでくれるサリアの笑顔が眩しい。
『それで? 他には?』
ツァルが俺たちの感動には全く興味なさそうに訊く。
「精霊を集めて何をするつもりなの?」
『前から言ってるだろ? 世界が滅びる前にできることをやる。この世界に残っている精霊たちの力を借りて、世界を浄化する。世界の崩壊はヴァルヴェリアスの本意じゃない』
「具体的にはどうするの?」
『精霊の塔の最上階まで上って、シュテフォーラを呼び出す』
アスィが息を呑む気配があった。
『ツァル、あなたはなんて恐れ多いことを!』
『そうでもしないと世界が滅びる。仕方がないだろうが。守護者がふたりそろっていたときですら、世界の崩壊はゆるゆると進んでいた。もう、頼れるのは創造主しかいない』
『ですが、シュテフォーラはあとのことを守護者に任せて去ったのですよ。呼ぶのなら、まずは守護者を』
『もちろん呼び出すさ。でも、うちのヴァルヴェリアスはまだ眠っている。リフシャティーヌも同じだろう。今、無理に起こしても、世界を救うだけの力はない。違うか?』
『……確かに今起こしたら、守護者だけでは世界を救うことは難しい。けれどこれ以上待っていれば、世界は滅びる。止むを得ませんね』
『他に何か……』
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いつの間に?
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