俺は自由になってやる!~眼球の中を漂う口うるさい精霊から解放されるための旅~

ユウリ(有李)

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第三章

1 アラカステル自由都市の精霊

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 鉄道橋の上で抱き合っていた俺たちは、アスィの咳払いではっと我に返り、慌てて身体を離した。

 なんとか鉄道橋を渡り終えたとき、前方から走ってくる蒸気機関車が見えた。

 置き去りにした客車を迎えに戻ってきたらしい。

 話を聞くと、連結部が壊れ、あるはずの予備がなくなっていたので、一度アラカステルに行って部品を取ってきたのだとか。

 無事、地上に着いた俺たちはサリアとアスィが乗ってきた馬に跨って、アラカステルに向かった。

 アスィは剣の状態に戻り、サリアの腰に吊るされている。

 さすがに王子だっただけのことはあって、俺はどうやら乗馬もたしなんでいたらしい。

 ルークでは移動に馬を使うことが多いというサリアは、馬の扱いも上手かった。

 結果、蒸気機関車よりも早くアラカステルに到着することができた。

 アラカステル自由都市は四つの区から成る。

 一番大きく、その中心に位置しているのがアラカステル区。
 他にワクグ区、アーリント区、レノヴィ区という三つの区がある。

 アラカステル自由都市は鉄橋で有名だ。

 鉄橋は、世界中でまだアラカステルにしか存在しない。

 ここは科学と発明により発展した都市だ。

 俺たちはアラカステル区のはずれで馬を手放し、徒歩で街に向かった。

 しばらく行くと、街はずれの渓谷に弓のように反った曲線に支えられた橋が見えてきた。

 アラカステルの西に位置するこの橋は、世界で最初に建築された鉄橋らしい。

 緑の中に現れた鉄の橋に、俺は思わず足を止めて見入った。

「すごいな」

「わたしもびっくりしたよ。街中に見たこともないものが溢れてるの」

「そうなのか」

「うん。ちょっとだけ街の中を歩いてみたんだけど、精霊は見かけなかったよ。精霊の寄る辺ルチェ・シュテフスの精霊樹はいつ枯れてもおかしくないような状態で、とてもじゃないけど空気を清浄に保つほどの力は残ってないみたい」

「だろうな」

 前方の空には灰色の雲が垂れこめている。

 空へ向かって伸びる煙の柱が何本も見える。

『あまり長く滞在したい場所ではありません。精霊の集う都市ヘルル・ド・シュテフスとして全く機能していないどころか、棲みにくさでは他の都市にも勝ります』

「そういえば、アスィはこれからどうするんだ? ここまでサリアを送って来ただけなのか、それとも俺たちと一緒にペリュシェスに行くのか?」

「ご一緒します。まさか王家の血をひく者ふたりだけで旅をさせるわけにはいきませんからね。クルス様は、この世界にたったひとりだけのヴァヴァロア王族ですし」

『ふたりだけじゃない。俺もいるだろうが』

『でも、あなたは役に立たないでしょう』

 はっきり言われて、ツァルが舌打ちをする。 

「あ、あそこ……」

 俺は鉄橋の上を指差した。

『精霊だな』

 中心部に精霊がいなくても、街はずれにはこうしてまだ精霊が残っていることがある。

「行ってみようよ」

『そうですね』 

 俺たちは鉄橋に向かって歩き始めた。

 柵に白い小鳥がとまっている。

「こんにちは」

 サリアが声をかけると、小鳥がこちらを見て、小首をかしげた。

 つぶらな瞳は金色。

 頭頂部には金の鶏冠がついている。

『こんにちは。僕が見えるの?』

「もちろん」

『おまえは人間と契約してるのか?』

 ツァルが何の前置きもなく訊く。

 小鳥が俺の目を凝視する。

『僕はファロー。この鉄橋に宿った精霊です。契約は、遥か昔にこの橋で出会った女の子と交わしました』

「俺はツァル。こっちはアスィ。精霊を探して旅をしている。精霊と出会ったらペリュシェスへ行かないかと誘うようにしているんだが、どうだ? その契約は今も有効なのか?」

『契約は……有効です。少なくとも、僕はそう思っています。だから残念ですけれど、ペリュシェスには行けません。せっかく声をかけてもらったのに、すみません』

「契約を交わした相手はどうしたの?」

『流行り病で亡くなりました。でも、彼女の願いはこの橋がいつまでもここに変わらずにあることだった。ここから彼女の墓が見えるんです。僕はずっと、彼女と彼女の好きだったこの橋を守ってゆきたい』

 金の目をした小鳥は、力強く答えた。

 俺は思わず目を細めた。

 ファローのまなざしの強さに心打たれる。

 鉄橋を守る、小さな精霊。

「そうか。邪魔して悪かったな」

『いいえ。旅の無事を祈っています』

「ありがとう」

 俺たちはファローと別れ、鉄橋を渡りきる。

 ふと振り返ると、白い小鳥はある一方を見上げて静かに羽を休めていた。
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