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第二章
10 初めての鉄道の旅
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「こんにちは。こちらの席は空いておりますかな?」
早々に客車に乗り込み、窓際の席で大勢の人が行き来するホームの様子を眺めていたら、声をかけられた。
振り向くと白髪まじりの老人が立っている。
髪はきれいに整えられ、口と鼻は布で覆われているものの、細められた目からは人柄の良さがにじみ出ている。
「こんにちは。あ、どうぞ」
「ありがとうございます。私はトルダ、よろしく」
「俺はクルス。どうも」
差し出された手を軽く握り、握手をする。
二人がけの椅子が向かい合わせに取り付けられていて、トルダさんは向かいの通路側の席に腰を下ろした。
斜め向かいに座る形になる。
「どちらまで行かれるんですかな?」
「アラカステルまで。トルダさんは、どこまで?」
「私はヴァヴァロナまで行く予定です」
「長旅だ」
鉄道を利用しても、一週間はかかるはずだ。
ここからアラカステルまでが三日だから、そのおよそ倍ほどの距離になる。
「ええ、まあね。ですが鉄道での旅など初めてなものですから、楽しみでもありますよ」
「ああ、その気持ちはわかる」
発車はもう間もなく。
俺も、実は少しだけ発車が待ち遠しかった。
鉄道というのは、いったいどんなものなんだろうと、興味がある。
『あまりうかれてんなよ』
ツァルの舌打ちが聞こえた。
「うかれてなんかっ……」
言い返そうとして、トルダさんの存在に気付いた。
目を丸くしてこちらを見ている。
「あ、すみません。ちょっと寝ぼけてて……」
「はっはっは。構いませんよ。もしかして私が起こしてしまいましたかな。申し訳ないことをしました」
「いや、そんなことは……」
もごもごと言い訳をしながら、ツァルのヤツ、と苦々しく思う。
『大人しくしとけよ。襟巻きははずすな』
わかってるよ、と心の中で言い返す。
以前までは、かろうじてツァルに聞こえる程度の声で会話をしていた。
襟巻きを巻いているから他人にはほとんど聞こえないし、聞こえても何か独り言を言ってるなと思われておしまいだ。
でもサリアと一緒に旅をするようになって、彼女にもツァルの声が聞こえるもんだから、俺も普通の声量で話す癖がついてしまった。
その癖がまだ抜けない。
俺は襟巻きの中で小さく嘆息した。
――と、けたたましい音が鳴り始めた。
なんだっ!?
腰を浮かせ、開けたままの窓から外を見る。
特に変わったものは見えない。
ホームにいる人たちにも、特に動揺は見られない。
車輌に乗り込んだ知人に手を振るのに必死で気付いていないのか?
そんな馬鹿な……。
『ど、どうしたっ!? おい、何が起こった!?』
声からツァルの動揺が伝わってくる。
「いよいよ発車ですな」
そんな俺たちの動揺をよそに、トルダさんがにこやかに言った。
「は、発車?」
「今の汽笛が、発車の合図らしいですぞ。わしが調べたところによりますとな」
トルダがほっほっと嬉しそうに笑う。
この人、本当に楽しみで仕方がないんだな、って納得できるそんな笑顔だ。
「汽笛……。なんだ、そうか」
俺はほっと安堵して腰を下ろす。
「いや、それにしても大きな音でしたな。心臓に悪い。年寄りのやわな心臓では、止まりかねませんな」
『まったくだぜ。人騒がせな……』
ツァルの長いため息までしっかりと聞こえる。
「トルダさんは、充分、元気そうに見えるけど」
「これは嬉しいことを言ってくれますなぁ」
トルダさんがほっほっ、と笑っている間に、窓の外の風景がゆっくりと動き始めた。
見送りの人が、駅舎が、どんどん後ろへ去ってゆく。
一瞬、ホームが動き出したのかと思って驚いたけれど、動くのはどう考えてもこっちだ。
さっきから、動揺しまくっている自分が少し情けない。
落ち着け、俺。
駅を出た車輌は、徐々に速度を上げる。
すごい。景色がどんどん後ろに流れてゆく。
けれど走っている間ずっと煙を吹いているのだとしたら、やっぱり俺は歓迎できない。
トルダはきっと嬉しそうに窓を外を見ているのだろうと思ってちらりと盗み見たら、真剣な表情で懐から取り出した手帳に見入っていた。
さっきまでのトルダさんとは少し雰囲気が違っていて、少し意外に感じた。
早々に客車に乗り込み、窓際の席で大勢の人が行き来するホームの様子を眺めていたら、声をかけられた。
振り向くと白髪まじりの老人が立っている。
髪はきれいに整えられ、口と鼻は布で覆われているものの、細められた目からは人柄の良さがにじみ出ている。
「こんにちは。あ、どうぞ」
「ありがとうございます。私はトルダ、よろしく」
「俺はクルス。どうも」
差し出された手を軽く握り、握手をする。
二人がけの椅子が向かい合わせに取り付けられていて、トルダさんは向かいの通路側の席に腰を下ろした。
斜め向かいに座る形になる。
「どちらまで行かれるんですかな?」
「アラカステルまで。トルダさんは、どこまで?」
「私はヴァヴァロナまで行く予定です」
「長旅だ」
鉄道を利用しても、一週間はかかるはずだ。
ここからアラカステルまでが三日だから、そのおよそ倍ほどの距離になる。
「ええ、まあね。ですが鉄道での旅など初めてなものですから、楽しみでもありますよ」
「ああ、その気持ちはわかる」
発車はもう間もなく。
俺も、実は少しだけ発車が待ち遠しかった。
鉄道というのは、いったいどんなものなんだろうと、興味がある。
『あまりうかれてんなよ』
ツァルの舌打ちが聞こえた。
「うかれてなんかっ……」
言い返そうとして、トルダさんの存在に気付いた。
目を丸くしてこちらを見ている。
「あ、すみません。ちょっと寝ぼけてて……」
「はっはっは。構いませんよ。もしかして私が起こしてしまいましたかな。申し訳ないことをしました」
「いや、そんなことは……」
もごもごと言い訳をしながら、ツァルのヤツ、と苦々しく思う。
『大人しくしとけよ。襟巻きははずすな』
わかってるよ、と心の中で言い返す。
以前までは、かろうじてツァルに聞こえる程度の声で会話をしていた。
襟巻きを巻いているから他人にはほとんど聞こえないし、聞こえても何か独り言を言ってるなと思われておしまいだ。
でもサリアと一緒に旅をするようになって、彼女にもツァルの声が聞こえるもんだから、俺も普通の声量で話す癖がついてしまった。
その癖がまだ抜けない。
俺は襟巻きの中で小さく嘆息した。
――と、けたたましい音が鳴り始めた。
なんだっ!?
腰を浮かせ、開けたままの窓から外を見る。
特に変わったものは見えない。
ホームにいる人たちにも、特に動揺は見られない。
車輌に乗り込んだ知人に手を振るのに必死で気付いていないのか?
そんな馬鹿な……。
『ど、どうしたっ!? おい、何が起こった!?』
声からツァルの動揺が伝わってくる。
「いよいよ発車ですな」
そんな俺たちの動揺をよそに、トルダさんがにこやかに言った。
「は、発車?」
「今の汽笛が、発車の合図らしいですぞ。わしが調べたところによりますとな」
トルダがほっほっと嬉しそうに笑う。
この人、本当に楽しみで仕方がないんだな、って納得できるそんな笑顔だ。
「汽笛……。なんだ、そうか」
俺はほっと安堵して腰を下ろす。
「いや、それにしても大きな音でしたな。心臓に悪い。年寄りのやわな心臓では、止まりかねませんな」
『まったくだぜ。人騒がせな……』
ツァルの長いため息までしっかりと聞こえる。
「トルダさんは、充分、元気そうに見えるけど」
「これは嬉しいことを言ってくれますなぁ」
トルダさんがほっほっ、と笑っている間に、窓の外の風景がゆっくりと動き始めた。
見送りの人が、駅舎が、どんどん後ろへ去ってゆく。
一瞬、ホームが動き出したのかと思って驚いたけれど、動くのはどう考えてもこっちだ。
さっきから、動揺しまくっている自分が少し情けない。
落ち着け、俺。
駅を出た車輌は、徐々に速度を上げる。
すごい。景色がどんどん後ろに流れてゆく。
けれど走っている間ずっと煙を吹いているのだとしたら、やっぱり俺は歓迎できない。
トルダはきっと嬉しそうに窓を外を見ているのだろうと思ってちらりと盗み見たら、真剣な表情で懐から取り出した手帳に見入っていた。
さっきまでのトルダさんとは少し雰囲気が違っていて、少し意外に感じた。
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