上 下
16 / 74
第一章

15 彼女を照らす月光

しおりを挟む
「クルス」

 呼ばれて振り向くと、サリアが少し離れた場所に立って、こちらを見ていた。

 襟巻きをはずし、ローブを羽織らない身軽な格好をしている。

「いつからそこにいた?」

 考え事をしていたせいか、全く気付かなかった。

「今だよ。なかなか帰ってこないから、迎えにきたの。何か考え事?」

「ああ、少しな」

 俺は素直に認めて、手近な場所に倒れていた木の幹に腰を下ろした。

「隣、いい?」

「好きにすればいい」

「じゃ、少しだけ」

 サリアはふわりと笑って、俺から少し離れた場所にそっと腰かける。

 体重を感じさせない動き。
 長い髪が背中でふわりと揺れる。

 無意識のうちにサリアの動きを目で追っていたことに気付き、慌てて視線を逸らす。

 何か話があるのかと思ったけれど、サリアはなかなか口を開かない。

 ふたり並んで座ってからどのくらい時間が経ったころか、隣の様子をこっそりと窺った。

 はっと息をのむ。

 目を閉じて空を仰ぎ、月の光を浴びているサリアの姿がそこにあった。

 横顔の美しさに目を奪われる。

 いつもの子どもっぽい表情とは異なり、随分と大人っぽく見えた。

 長いまつげ、すっと通った鼻筋、ただでさえ白い肌は、月光を浴びて透き通ってしまいそうに見える。

 エスーハを発つ日、丸みを帯びた月の下で、サリアが輝いて見えたのを思い出す。

 サリアの白金色の髪には、月光がよく似合う。

 突然、ぱちりとサリアが目を開けた。

 驚いた俺は、即座に動くことができなかった。

 こちらを向くサリアと目が合う。

 吸い込まれそうなほど大きな緑の瞳に、魅せられる。

 時が、止まった――。

「気持ちいいね」

 数度瞬きしてから、サリアが微笑みを浮かべる。

「……あ、ああ。散歩にはちょうどいい」

 視線を逸らしながら、なんとか返事をする。

 何故か胸が苦しい。

 どうしたんだ、俺。

「一緒に散歩しない?」

 動揺する俺に気付いていないのか、サリアが俺を誘う。

「それじゃあ、散歩しながら帰るか」

 ここで別々に帰るのも変だからな、などと考えながら腰を上げる。

 サリアもぴょこんと立ち上がった。

 立つと、やっぱりサリアの頭は随分と下のほうにあって、隣に並んだ俺からはサリアのつむじしか見えなかった。

 ツァルは姿を現さず、自分たちが踏みしめる地面や落葉の音、そしてどこかで鳴いている虫の音だけが耳に届く。 

 やがてミールの家が見えてきたとき、ふいにサリアが足を止めた。

 数歩追い越したあとで、俺は立ち止まった。

「どうした?」

 振り返り、立ちつくしているサリアに訊く。

「わたし、この世界のことが好きだから、クルスたちと一緒に旅に出ることにしたの。精霊が見えることが、何かの役に立つなら嬉しいなって思って。でもわたし、きちんと役に立ってる?」

 サリアの目は、真剣だった。

 その大きな瞳が、まっすぐに俺を射抜く。

 誤魔化しは通用しない。

 本当のことを言ってほしい。

 そう主張している瞳だった。

「俺は世界のため、なんてのはよくわからない。でも、サリアと一緒に旅をするようになってすごく助かってる。サリアがいてくれてよかった」

 思いつく限り挙げてみる。

 サリアは張り詰めていた表情を緩めて、それからありがとう、と小さな声で呟いた。

「人ひとりにできることんて、たかがしれてるんだ。だから自分にできることをしっかりやればいい。そう思う」

「クルスはすごいね」

「え?」

 予想外の言葉に、俺は思わず訊き返した。

「自分の過去のことが何もわからないのに、世界のために行動してる」

「強制的にやらされてるだけだ」

「でも、ツァルのことを許して、その上で一緒に旅をしてる」

「恨んでも始まらないだろ」

「それでもすごいよ。それに、優しい。わたしの質問にちゃんと答えてくれたし。ありがとう」

 サリアがぺこりと頭を下げた。

 礼を言われても困る。

 サリアの頭を眺めながら、どうしたものかと戸惑う。

 俺は、そんなたいしたことはしていない。
 よほどサリアのほうがすごいし、優しいじゃないかと思う。

 俺には真似できない。
 俺は、自分の意思では動けないから。

 そよと風が吹き抜ける。

 森の木々が揺れる。

 葉がさわさわと音をたてる。

 夜の森はとても静かで、月光は優しかった。 

 俺はサリアの頭にぽんと優しく手を置いた。

 サリアが顔を上げる。

「俺のほうこそ、ありがとう」

 俺の言葉にサリアは一瞬目を丸くした。

 その表情がゆっくりと笑顔に変わる。

 まるで花の蕾がほころんだようだ。

「帰るか」

「うん」

 俺たちは並んで歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

処理中です...