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第一章
15 彼女を照らす月光
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「クルス」
呼ばれて振り向くと、サリアが少し離れた場所に立って、こちらを見ていた。
襟巻きをはずし、ローブを羽織らない身軽な格好をしている。
「いつからそこにいた?」
考え事をしていたせいか、全く気付かなかった。
「今だよ。なかなか帰ってこないから、迎えにきたの。何か考え事?」
「ああ、少しな」
俺は素直に認めて、手近な場所に倒れていた木の幹に腰を下ろした。
「隣、いい?」
「好きにすればいい」
「じゃ、少しだけ」
サリアはふわりと笑って、俺から少し離れた場所にそっと腰かける。
体重を感じさせない動き。
長い髪が背中でふわりと揺れる。
無意識のうちにサリアの動きを目で追っていたことに気付き、慌てて視線を逸らす。
何か話があるのかと思ったけれど、サリアはなかなか口を開かない。
ふたり並んで座ってからどのくらい時間が経ったころか、隣の様子をこっそりと窺った。
はっと息をのむ。
目を閉じて空を仰ぎ、月の光を浴びているサリアの姿がそこにあった。
横顔の美しさに目を奪われる。
いつもの子どもっぽい表情とは異なり、随分と大人っぽく見えた。
長いまつげ、すっと通った鼻筋、ただでさえ白い肌は、月光を浴びて透き通ってしまいそうに見える。
エスーハを発つ日、丸みを帯びた月の下で、サリアが輝いて見えたのを思い出す。
サリアの白金色の髪には、月光がよく似合う。
突然、ぱちりとサリアが目を開けた。
驚いた俺は、即座に動くことができなかった。
こちらを向くサリアと目が合う。
吸い込まれそうなほど大きな緑の瞳に、魅せられる。
時が、止まった――。
「気持ちいいね」
数度瞬きしてから、サリアが微笑みを浮かべる。
「……あ、ああ。散歩にはちょうどいい」
視線を逸らしながら、なんとか返事をする。
何故か胸が苦しい。
どうしたんだ、俺。
「一緒に散歩しない?」
動揺する俺に気付いていないのか、サリアが俺を誘う。
「それじゃあ、散歩しながら帰るか」
ここで別々に帰るのも変だからな、などと考えながら腰を上げる。
サリアもぴょこんと立ち上がった。
立つと、やっぱりサリアの頭は随分と下のほうにあって、隣に並んだ俺からはサリアのつむじしか見えなかった。
ツァルは姿を現さず、自分たちが踏みしめる地面や落葉の音、そしてどこかで鳴いている虫の音だけが耳に届く。
やがてミールの家が見えてきたとき、ふいにサリアが足を止めた。
数歩追い越したあとで、俺は立ち止まった。
「どうした?」
振り返り、立ちつくしているサリアに訊く。
「わたし、この世界のことが好きだから、クルスたちと一緒に旅に出ることにしたの。精霊が見えることが、何かの役に立つなら嬉しいなって思って。でもわたし、きちんと役に立ってる?」
サリアの目は、真剣だった。
その大きな瞳が、まっすぐに俺を射抜く。
誤魔化しは通用しない。
本当のことを言ってほしい。
そう主張している瞳だった。
「俺は世界のため、なんてのはよくわからない。でも、サリアと一緒に旅をするようになってすごく助かってる。サリアがいてくれてよかった」
思いつく限り挙げてみる。
サリアは張り詰めていた表情を緩めて、それからありがとう、と小さな声で呟いた。
「人ひとりにできることんて、たかがしれてるんだ。だから自分にできることをしっかりやればいい。そう思う」
「クルスはすごいね」
「え?」
予想外の言葉に、俺は思わず訊き返した。
「自分の過去のことが何もわからないのに、世界のために行動してる」
「強制的にやらされてるだけだ」
「でも、ツァルのことを許して、その上で一緒に旅をしてる」
「恨んでも始まらないだろ」
「それでもすごいよ。それに、優しい。わたしの質問にちゃんと答えてくれたし。ありがとう」
サリアがぺこりと頭を下げた。
礼を言われても困る。
サリアの頭を眺めながら、どうしたものかと戸惑う。
俺は、そんなたいしたことはしていない。
よほどサリアのほうがすごいし、優しいじゃないかと思う。
俺には真似できない。
俺は、自分の意思では動けないから。
そよと風が吹き抜ける。
森の木々が揺れる。
葉がさわさわと音をたてる。
夜の森はとても静かで、月光は優しかった。
俺はサリアの頭にぽんと優しく手を置いた。
サリアが顔を上げる。
「俺のほうこそ、ありがとう」
俺の言葉にサリアは一瞬目を丸くした。
その表情がゆっくりと笑顔に変わる。
まるで花の蕾がほころんだようだ。
「帰るか」
「うん」
俺たちは並んで歩き出した。
呼ばれて振り向くと、サリアが少し離れた場所に立って、こちらを見ていた。
襟巻きをはずし、ローブを羽織らない身軽な格好をしている。
「いつからそこにいた?」
考え事をしていたせいか、全く気付かなかった。
「今だよ。なかなか帰ってこないから、迎えにきたの。何か考え事?」
「ああ、少しな」
俺は素直に認めて、手近な場所に倒れていた木の幹に腰を下ろした。
「隣、いい?」
「好きにすればいい」
「じゃ、少しだけ」
サリアはふわりと笑って、俺から少し離れた場所にそっと腰かける。
体重を感じさせない動き。
長い髪が背中でふわりと揺れる。
無意識のうちにサリアの動きを目で追っていたことに気付き、慌てて視線を逸らす。
何か話があるのかと思ったけれど、サリアはなかなか口を開かない。
ふたり並んで座ってからどのくらい時間が経ったころか、隣の様子をこっそりと窺った。
はっと息をのむ。
目を閉じて空を仰ぎ、月の光を浴びているサリアの姿がそこにあった。
横顔の美しさに目を奪われる。
いつもの子どもっぽい表情とは異なり、随分と大人っぽく見えた。
長いまつげ、すっと通った鼻筋、ただでさえ白い肌は、月光を浴びて透き通ってしまいそうに見える。
エスーハを発つ日、丸みを帯びた月の下で、サリアが輝いて見えたのを思い出す。
サリアの白金色の髪には、月光がよく似合う。
突然、ぱちりとサリアが目を開けた。
驚いた俺は、即座に動くことができなかった。
こちらを向くサリアと目が合う。
吸い込まれそうなほど大きな緑の瞳に、魅せられる。
時が、止まった――。
「気持ちいいね」
数度瞬きしてから、サリアが微笑みを浮かべる。
「……あ、ああ。散歩にはちょうどいい」
視線を逸らしながら、なんとか返事をする。
何故か胸が苦しい。
どうしたんだ、俺。
「一緒に散歩しない?」
動揺する俺に気付いていないのか、サリアが俺を誘う。
「それじゃあ、散歩しながら帰るか」
ここで別々に帰るのも変だからな、などと考えながら腰を上げる。
サリアもぴょこんと立ち上がった。
立つと、やっぱりサリアの頭は随分と下のほうにあって、隣に並んだ俺からはサリアのつむじしか見えなかった。
ツァルは姿を現さず、自分たちが踏みしめる地面や落葉の音、そしてどこかで鳴いている虫の音だけが耳に届く。
やがてミールの家が見えてきたとき、ふいにサリアが足を止めた。
数歩追い越したあとで、俺は立ち止まった。
「どうした?」
振り返り、立ちつくしているサリアに訊く。
「わたし、この世界のことが好きだから、クルスたちと一緒に旅に出ることにしたの。精霊が見えることが、何かの役に立つなら嬉しいなって思って。でもわたし、きちんと役に立ってる?」
サリアの目は、真剣だった。
その大きな瞳が、まっすぐに俺を射抜く。
誤魔化しは通用しない。
本当のことを言ってほしい。
そう主張している瞳だった。
「俺は世界のため、なんてのはよくわからない。でも、サリアと一緒に旅をするようになってすごく助かってる。サリアがいてくれてよかった」
思いつく限り挙げてみる。
サリアは張り詰めていた表情を緩めて、それからありがとう、と小さな声で呟いた。
「人ひとりにできることんて、たかがしれてるんだ。だから自分にできることをしっかりやればいい。そう思う」
「クルスはすごいね」
「え?」
予想外の言葉に、俺は思わず訊き返した。
「自分の過去のことが何もわからないのに、世界のために行動してる」
「強制的にやらされてるだけだ」
「でも、ツァルのことを許して、その上で一緒に旅をしてる」
「恨んでも始まらないだろ」
「それでもすごいよ。それに、優しい。わたしの質問にちゃんと答えてくれたし。ありがとう」
サリアがぺこりと頭を下げた。
礼を言われても困る。
サリアの頭を眺めながら、どうしたものかと戸惑う。
俺は、そんなたいしたことはしていない。
よほどサリアのほうがすごいし、優しいじゃないかと思う。
俺には真似できない。
俺は、自分の意思では動けないから。
そよと風が吹き抜ける。
森の木々が揺れる。
葉がさわさわと音をたてる。
夜の森はとても静かで、月光は優しかった。
俺はサリアの頭にぽんと優しく手を置いた。
サリアが顔を上げる。
「俺のほうこそ、ありがとう」
俺の言葉にサリアは一瞬目を丸くした。
その表情がゆっくりと笑顔に変わる。
まるで花の蕾がほころんだようだ。
「帰るか」
「うん」
俺たちは並んで歩き出した。
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