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ゆか
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◆◆◆
マサトのことを恋愛対象として意識し始めたのは、つきあう一年くらい前だと思う。
両親の離婚がきっかけで引っ越すわたしのことを知って、汗だくで走ってきてくれたマサトを見た時。
わたしを真っ直ぐに見て、必死に話してくれた。
わたしなんかの為に一生懸命になってくれたんだと思うと、素直に嬉しかった。
それまでにも、マサトの優しさには何度も救われていたから、マサトのことはいい人だとずっと思ってたんだ。
引っ越してからは、メールや電話のやりとりをするようになったけど、マサトのことを意識してしまったわたしからはなかなか連絡することができなくて、結局いつもマサトのほうから連絡をくれた。
引っ越して半年経った頃から、時々会って話をするようになった。
会う度にぐんぐん背が伸びていくマサトは、いつの間にか声変りもしていて、わたしはマサトのそんな変化にいつもどきどきしてた。
でもマサトの優しさはずっと変わらなかった。
マサトの弾けるような笑顔は、いつもわたしに元気をくれた。
わたしはマサトの笑顔が大好きだった。
中一の春、同じクラスになって以来、わたしはマサトにたくさん助けてもらったんだ。
わたしがマサトに返せたものはあったのかな。
わたしとつきあって、マサトは幸せだったのかな。
そう考え始めると不安になる。
けれどもう訊けない。
答えをくれる人はもういない。
――いないんだ。
◇◇◇
おれの体に異変が起きたのは、映画から帰ってきて、少し経った頃だった。
家族はまだ帰っていなくて、家にはおれひとり。
母親が用意してくれていた夕飯をレンジで温めながら、ゆかとメールのやりとりをしていた。
デートを早く切り上げて来なきゃならなかったことを後悔しながらも、今日のゆかの可愛さを思い出して自然と緩む頬を緩みっぱなしにしたまま、温め終えた皿と、冷蔵庫に入ってた炭酸のペットボトルを持って、自分の部屋のある二階へ上がった。
開けっ放しのドアから自分の部屋に入って、両手がふさがってたから足でドアを閉めた瞬間、携帯をキッチンのテーブルの上に置いてきたことを思い出したんだ。
皿を机の上に置いて一階へ引き返そうとした時、急に胸が締め付けられるように苦しくなった。
え、なにこれ――。
そう思ったのもつかの間。
それまでに一度も経験したことのない痛みに、おれはただ床に蹲ることしかできなかった。
誰か――。
痛みに耐えながら、救急車、と思ったけど、携帯はキッチン、家の電話は子機が廊下の突き当たりにあるけれど、そこまでたどり着くことすら厳しかった。
「ゆか……」
目を閉じたおれは、さっき別れたばかりのゆかの笑顔を思い浮かべた。
ゆかが笑ってくれていれば、おれはいつだって幸せなんだ。
ゆかがおれのバスケの試合を応援に来てくれた時、おれたちのチームが勝ったら自分のことのように喜んでくれて、負けた時には泣くのをぐっとこらえていたゆか。
わたしなんかより、マサトのほうがずっとずっと悔しいでしょ。
そう言って、肩を震わせていたゆか。
ゆかに笑っていてもらう為にも勝たなきゃいけない、なんて、おれは結構本気で思ったんだ。
ゆかはいつもおれの気持ちをわかろうとしてくれていた。
おれになんて、そんなに気を使わなくていいのに。
そう思いながらも、ゆかがそんな風におれのことを気にかけてくれているってのは、やっぱり嬉しかった。
ゆか……。
ふうっと意識が遠のいてゆく。
おれは瞼の裏に浮かぶゆかの笑顔につられるように、笑っていたと思う。
マサトのことを恋愛対象として意識し始めたのは、つきあう一年くらい前だと思う。
両親の離婚がきっかけで引っ越すわたしのことを知って、汗だくで走ってきてくれたマサトを見た時。
わたしを真っ直ぐに見て、必死に話してくれた。
わたしなんかの為に一生懸命になってくれたんだと思うと、素直に嬉しかった。
それまでにも、マサトの優しさには何度も救われていたから、マサトのことはいい人だとずっと思ってたんだ。
引っ越してからは、メールや電話のやりとりをするようになったけど、マサトのことを意識してしまったわたしからはなかなか連絡することができなくて、結局いつもマサトのほうから連絡をくれた。
引っ越して半年経った頃から、時々会って話をするようになった。
会う度にぐんぐん背が伸びていくマサトは、いつの間にか声変りもしていて、わたしはマサトのそんな変化にいつもどきどきしてた。
でもマサトの優しさはずっと変わらなかった。
マサトの弾けるような笑顔は、いつもわたしに元気をくれた。
わたしはマサトの笑顔が大好きだった。
中一の春、同じクラスになって以来、わたしはマサトにたくさん助けてもらったんだ。
わたしがマサトに返せたものはあったのかな。
わたしとつきあって、マサトは幸せだったのかな。
そう考え始めると不安になる。
けれどもう訊けない。
答えをくれる人はもういない。
――いないんだ。
◇◇◇
おれの体に異変が起きたのは、映画から帰ってきて、少し経った頃だった。
家族はまだ帰っていなくて、家にはおれひとり。
母親が用意してくれていた夕飯をレンジで温めながら、ゆかとメールのやりとりをしていた。
デートを早く切り上げて来なきゃならなかったことを後悔しながらも、今日のゆかの可愛さを思い出して自然と緩む頬を緩みっぱなしにしたまま、温め終えた皿と、冷蔵庫に入ってた炭酸のペットボトルを持って、自分の部屋のある二階へ上がった。
開けっ放しのドアから自分の部屋に入って、両手がふさがってたから足でドアを閉めた瞬間、携帯をキッチンのテーブルの上に置いてきたことを思い出したんだ。
皿を机の上に置いて一階へ引き返そうとした時、急に胸が締め付けられるように苦しくなった。
え、なにこれ――。
そう思ったのもつかの間。
それまでに一度も経験したことのない痛みに、おれはただ床に蹲ることしかできなかった。
誰か――。
痛みに耐えながら、救急車、と思ったけど、携帯はキッチン、家の電話は子機が廊下の突き当たりにあるけれど、そこまでたどり着くことすら厳しかった。
「ゆか……」
目を閉じたおれは、さっき別れたばかりのゆかの笑顔を思い浮かべた。
ゆかが笑ってくれていれば、おれはいつだって幸せなんだ。
ゆかがおれのバスケの試合を応援に来てくれた時、おれたちのチームが勝ったら自分のことのように喜んでくれて、負けた時には泣くのをぐっとこらえていたゆか。
わたしなんかより、マサトのほうがずっとずっと悔しいでしょ。
そう言って、肩を震わせていたゆか。
ゆかに笑っていてもらう為にも勝たなきゃいけない、なんて、おれは結構本気で思ったんだ。
ゆかはいつもおれの気持ちをわかろうとしてくれていた。
おれになんて、そんなに気を使わなくていいのに。
そう思いながらも、ゆかがそんな風におれのことを気にかけてくれているってのは、やっぱり嬉しかった。
ゆか……。
ふうっと意識が遠のいてゆく。
おれは瞼の裏に浮かぶゆかの笑顔につられるように、笑っていたと思う。
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