きみ

ユウリ(有李)

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さよなら

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 ◇◇◇



 市田さんは、今日もすごく憂いを帯びた表情で窓の外を眺めている。

 いったい、なにが彼女をそうさせているんだろう?

 おれはそれが気になって仕方がない。

 席が隣同士になって以来がんばって話しかけ続けた甲斐あって、おれと市田さんはそこそこ仲良くなってきていた。

 仲良くなれている、と思う。

 ……仲良くなれてるんじゃないかな、たぶん。

 そう思ってるのが、おれだけって可能性も、なくはないかもしれないけど。

 少なくとも、市田さんはおれが話しかけたら返事をしてくれるし、時々はおれの話をきいて、ほんの少しだけれど笑ってくれるようになった。

 市田さんが笑ってくれるなんて、すごいことだ。

 市田さんがおれと話してる時以外に笑ってるところを、おれは見たことがない。

 まあ、特別な用もなく市田さんに話しかける奴がおれ以外にあまりいないからってのもあるだろうけど。

 本当は、おれ以外の誰が相手でもいいから、もっと笑顔を見せてくれたらいいのに、って思う。

 もっともっと市田さんには笑ってほしい。


 彼女の笑顔が、見たいんだ。


 その為にも、まずはおれから。

 市田さんが笑ってくれるなら、おれはどんな道化にだってなる覚悟がある。

 席が隣同士のあいだに、できるだけふたりの距離を縮めたい。

 ずっとそう思っていたけれど、タイムアップが近づいていた。

 今日は終業式。

 このホームルームが終われば夏休みに突入する。

 おれは一応バスケ部に所属していて、一年のおれはもちろんまだレギュラーになんてなれないけど、部活はほとんど毎日あるから学校へも頻繁に来る。

 でも、夏休み中の学校に市田さんはいない。

 これは由々しき事態だ。

 新学期が始まれば、また席替えがある。

 そうしたら話をする機会だって減ってしまう。

 一か月以上会わないでいれば、せっかく少しだけだけど近づけたように感じていた距離が、また遠のいてしまうような気がする。

 だからって、夏休み中、市田さんに会う機会なんて、めったにないだろう。

 かろうじて登校日が一日。

 四十日近い夏休み中、たった一日だけ? 

 そんなの耐えられない。

 とはいえ、いったいどうすれば市田さんにもっと会えるだろう。  

 そんなことを考えているあいだに、ホームルームが終わってしまった。

「いっ、市田さん!」

 おれは覚悟を決めて声をかけた。

「なに?」

 今日も市田さんの眼鏡は少しずれている。

「あっ、あのさっ、夏休みって、市田さんはどうしてんの? もし時間があるようならさ、一緒に課題やんないかな……なんて。っていうか、正直に言うと、課題手伝ってもらえると助かるっていうか……。あ、ほら、おれってばかだからさ、教えてもらえるとすごくありがたいなぁ、とか」

 咄嗟にひねり出した、おれの精一杯の口実が、それだった。

 でも……。

「ごめんなさい。こっちには、いないから」

「え、あ、そ、そうなんだ……」

 そりゃあそうか。せっかくの夏休みだし、旅行に行ったりじいちゃんばあちゃんの家に行ったりするよな。

「うん。じゃあ、さよなら」

 市田さんが鞄を手に席を立つ。

「あ、うん。じゃあ、またね」

 反射的に手を振って見送ってしまったおれは、市田さんの姿が見えなくなってからがっくりと肩を落とした。

 それから、会えないならせめて携帯の番号とかメールアドレスくらい聞いておけばよかったんじゃあ、って気づいたけど、そんなのすっかりあとの祭りだった。



 ◆◆◆



 マサトと一緒に過ごした最後の冬は、わたしたちにとって受験直前の大事な時期で、大手を振って遊ぶわけにはいかなかったけれど、それでもクリスマスには会ってプレゼントを交換したし、初詣にも待ち合わせをして一緒に合格祈願に出掛けた。

 その頃のわたしは、マサトと会う時には眼鏡じゃなくて使い捨てのコンタクトをつけるようにしていたけれど、初詣の日はたまたまコンタクトをきらしていて、すごく久しぶりに眼鏡をかけて出かけた。

 わたしは、眼鏡姿を見せるのが少し恥ずかしかったんだけど、マサトはわたしを見て懐かしそうに笑った。

「おれ、眼鏡をかけてるゆかも好きなんだよなぁ」

 なんてさらりと言われて、かあっと顔が熱くなってしまった。

 マサトは狙ってるんじゃなくて、素でそういうことを言うから困る。

 でも、マサトがそんな風に言ってくれるのなら、たまには眼鏡をかけて会ってもいいかな。

 ――って、そんな風に思った。

 でも、その『たまには』はマサトがいなくなってしまう日までに訪れなくて、結局その後、眼鏡をかけて会わないうちにマサトは死んでしまった。

 お葬式には眼鏡をかけて出かけたけれど、マサトは見てくれたかな?

 遺影のマサトは、いつものように優しく笑いかけてくれていた。
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