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なまえ
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◇◇◇
市田ゆか。
って名前だってことくらいは、同じクラスだからおれだって知ってる。
あと、いつも本を広げているから、読書が嫌いじゃないんだろうなとは思う。
でも、他人を遮断する為の手段として本を読むポーズをしているだけかもしれないから、本当のところはわからない。
能天気なおれだって、そのくらいのことは考えるんだ。
部活には入っていなくて、委員会もやっていない。
授業中に当てられれば、小さな声でだけど、ちゃんと答えている。
いつも正解だから、頭がいいんだろうなと思う。
そんな彼女と席が隣になったのは、中間テスト明けの席替えの時だった。
「よろしく、市田さん」
なにごとも最初が肝心。
そう思って声をかけてみた。
ちょっと声が裏返ったことに気づかれたかな?
どきどきしながら反応を待っていると、窓の外を眺めていた市田さんがくるりとこちらを振り返った。
眼鏡の下の大きな瞳が、ぱちぱちと瞬きを繰り返している。
眼鏡が少しずり落ちているのが、可愛く見えてどきりとする。
遠くから見ているのと、近くで顔を合わすのとじゃあ、全然違う。
「あの、おれ……」
もしかして市田さんはクラスメイトになんか興味ないんじゃないか?
おれのこと、知らないんじゃ……?
と思って名乗ろうとした時だった。
「……よろしく、向坂くん」
いつものように小さな声だったけれど、市田さんがそう言った。
おれの名前を口にした。
覚えてくれていたんだ。
それだけで、おれは嬉しくなる。
名前、あってるよね? というように小首を傾げる動きが、可愛い。
制服の着こなしとか、髪形とか、そんなのはどうでもいい。
おれは、市田さんのことが好きなのかもしれない。
市田さんと隣同士になったその日、おれは彼女への気持ちに気づいた。
◆◆◆
マサトがいないなら、外見に気を使う必要なんてない。
見た目を気に掛ける気力もない。
必要最小限のことさえしてあれば、それでいい。
合格が決まって制服の採寸をしに行った時、お身本として制服を着させられていたマネキンそっくりに制服を着て、髪も校則通り束ねただけ。
多少寝癖がついたままだって、校則違反してるわけじゃないんだからどうってことはない。
そのまま家を出る。
こんな今のわたしの姿を見たら、マサトはなんて言うだろう。
昔に逆戻りだな、って言って笑うかな?
マサトのことを意識するようになるまでのわたしは、確かに、自分の外見には無頓着だったから。
でも、笑われてもいいから、マサトに会いたい。
わたしは今でも、マサトのことばかり考えてる。
少し色素の薄いさらさらの髪も、やんちゃそうなきりりとした眉も、小さな時に怪我をしたっていう目の傍の小さな傷跡も、全部覚えてる。
マサトの、片頬にえくぼのできる笑顔が、いつも瞼の裏に浮かんでる。
マサトの、耳に心地よい、元気だけど優しい声は、今も耳の奥に残ってる。
わたしの中は、今でもマサトでいっぱいだ。
それでも、やっぱり寂しいよ。
マサト――。
その名前を口にすると、泣きそうになる。
マサトに会いたくて、マサトの声が聞きたくて。
マサト以外の、誰かの笑顔とか、誰かの声じゃ、ダメなのに。
なんでマサトは、もうわたしの前に現れてくれないんだろう。
学校へ向かう駅までの道、電車の中、校門へ続く坂道。
こんなにたくさんの人がいるんだから、その中にマサトがいたっていいはずなのに。
わたしは唇をぎゅっと噛みしめた。
市田ゆか。
って名前だってことくらいは、同じクラスだからおれだって知ってる。
あと、いつも本を広げているから、読書が嫌いじゃないんだろうなとは思う。
でも、他人を遮断する為の手段として本を読むポーズをしているだけかもしれないから、本当のところはわからない。
能天気なおれだって、そのくらいのことは考えるんだ。
部活には入っていなくて、委員会もやっていない。
授業中に当てられれば、小さな声でだけど、ちゃんと答えている。
いつも正解だから、頭がいいんだろうなと思う。
そんな彼女と席が隣になったのは、中間テスト明けの席替えの時だった。
「よろしく、市田さん」
なにごとも最初が肝心。
そう思って声をかけてみた。
ちょっと声が裏返ったことに気づかれたかな?
どきどきしながら反応を待っていると、窓の外を眺めていた市田さんがくるりとこちらを振り返った。
眼鏡の下の大きな瞳が、ぱちぱちと瞬きを繰り返している。
眼鏡が少しずり落ちているのが、可愛く見えてどきりとする。
遠くから見ているのと、近くで顔を合わすのとじゃあ、全然違う。
「あの、おれ……」
もしかして市田さんはクラスメイトになんか興味ないんじゃないか?
おれのこと、知らないんじゃ……?
と思って名乗ろうとした時だった。
「……よろしく、向坂くん」
いつものように小さな声だったけれど、市田さんがそう言った。
おれの名前を口にした。
覚えてくれていたんだ。
それだけで、おれは嬉しくなる。
名前、あってるよね? というように小首を傾げる動きが、可愛い。
制服の着こなしとか、髪形とか、そんなのはどうでもいい。
おれは、市田さんのことが好きなのかもしれない。
市田さんと隣同士になったその日、おれは彼女への気持ちに気づいた。
◆◆◆
マサトがいないなら、外見に気を使う必要なんてない。
見た目を気に掛ける気力もない。
必要最小限のことさえしてあれば、それでいい。
合格が決まって制服の採寸をしに行った時、お身本として制服を着させられていたマネキンそっくりに制服を着て、髪も校則通り束ねただけ。
多少寝癖がついたままだって、校則違反してるわけじゃないんだからどうってことはない。
そのまま家を出る。
こんな今のわたしの姿を見たら、マサトはなんて言うだろう。
昔に逆戻りだな、って言って笑うかな?
マサトのことを意識するようになるまでのわたしは、確かに、自分の外見には無頓着だったから。
でも、笑われてもいいから、マサトに会いたい。
わたしは今でも、マサトのことばかり考えてる。
少し色素の薄いさらさらの髪も、やんちゃそうなきりりとした眉も、小さな時に怪我をしたっていう目の傍の小さな傷跡も、全部覚えてる。
マサトの、片頬にえくぼのできる笑顔が、いつも瞼の裏に浮かんでる。
マサトの、耳に心地よい、元気だけど優しい声は、今も耳の奥に残ってる。
わたしの中は、今でもマサトでいっぱいだ。
それでも、やっぱり寂しいよ。
マサト――。
その名前を口にすると、泣きそうになる。
マサトに会いたくて、マサトの声が聞きたくて。
マサト以外の、誰かの笑顔とか、誰かの声じゃ、ダメなのに。
なんでマサトは、もうわたしの前に現れてくれないんだろう。
学校へ向かう駅までの道、電車の中、校門へ続く坂道。
こんなにたくさんの人がいるんだから、その中にマサトがいたっていいはずなのに。
わたしは唇をぎゅっと噛みしめた。
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